日記7/13 シャトーブリアン

 今日はいつも通りの休日のはずだった。

 Youtubeによる無意味な時間の浪費は携帯の充電切れという外部的な要因によって中断され、ふと時計を見るともう6時を過ぎていた。母が帰って来る前に洗濯物を畳んでおかなくてはと思い、タオルをたたみ、棚に持っていく、その時事件はおきた。

 脱衣所の棚にタオルを入れ、ドアから出ていこうとしたその時、右肘を壁にぶつけてしまった。

「いってー、シャトーブリアン」

 一瞬、自分の言っていることの意味がわからなかった。人は意識的に「いってー」などと言ったりはしない。そういうのは、脳の預かり知るところではなく、もっと神経とかそういうので「意識」をスキップして口から出るものだったと思う。たしか理科でやった。しかし、今回は「シャトーブリアン」も無意識のうちに口から出てしまった。

 私は、これを最期の言葉にしようと思った。

 私は、この後に何を話そうとも今日の、今の自分を超えられない気がした。むしろこの口を他の言葉で上塗りして汚すのは自分に失礼だとも思った。失礼というか、もはや不可能な気さえした。私の唇はもうすでにとても硬い南京錠でロックされていると思えた。

 これから私には様々な苦難があるだろう。まず、もうそろそろ母が帰って来る。母はいつもどおり私にただいまと言うだろうが、そこに待っているのはもう私ではない。挨拶も返事もできなくなった私は、病院に連れて行かれるだろうか。もしくは背中をとんとんと擦られ私が話せるようになるのを待ってくれるだろうか。

 私はまだ若い。今日一日が無事にいこうとも、まだあと数十年は残されている。学校、卒業式、面接、仕事など、声を出さなければいけないタイミングはいくらでも存在する。しかし声を出さないどころか口さえ開けようとしない私を、受け入れる隙間は世界に残されているのだろうか。

 南京錠の鍵はさっき飲み込んでしまった。誰か、助けてください。

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