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MSワラントは悪なのか?

 今回は何かと個人投資家の皆さんに敵視されがちな、MSワラント(Moving Strike Warrant, 行使価格修正条項付新株予約権)について考えていきます。

Ⅰ.結論

 もろもろ詰め込んだ結果長くなってしまいましたので、結論から。

 今回、MSワラントを行使した企業の、発表後の株価の動向について調べてみた結果、以下の結論になりました。

 ○一年以内という時間軸で考えた場合、既存株主にとっては、MSワラントはやはり悪である

  ⇒短期的には10%、長期的には15%の下げ、これに加えて希薄化の影響もあり、保有価値は大きく毀損する

  ⇒ただし、一定ルール(特に自己資本比率)で選別した銘柄群では、長期的な株価は回復していく傾向にある

 ○外部者にとっては、MSワラントには投資妙味がある

  ⇒一定ルールで選別した銘柄群では長期で10%程度のリターンにつながっており、"ワラントショック"は投資妙味になりうる。

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 MSワラントは"悪魔の増資"とも呼ばれ、他の増資ができないくらいに財務状態の悪化してしまった企業がとる最後の手段と認識されています。

 既存株主が短期的に損をするのは間違いないのですが、とはいえ、MSワラントを行使した企業が、その後必ず株価の下落基調に転じているという訳ではなさそうです。

 以下に背景から検証結果まで記しますので、長いですがおつきあい下さい。

(うるせえ簡潔に教えろ!というせっかちな人は、目次から"Ⅳ.結果"にお進みください。できれば"Ⅲ-3"も読んでおいた方が良いかも。)


Ⅱ.背景

 Ⅱ-1.発端:グッドパッチ、突然のMSワラントが話題に

 グッドパッチという企業をご存じでしょうか?2020年6月30日に新規上場を果たした、UI/UXデザインを主要事業とする企業です。

”グッドパッチは2011年9月1日に設立された。顧客企業に対し、Web・スマートフォンサービス等のデジタルプロダクトに関わる様々なデザインについて、サービスを提供している。サービスの内容は、Experience Design(UI/UX)領域(プロダクト)、Brand Experience領域(コーポレート・組織)、Business Design領域(戦略・ビジネスモデル)の3つの領域にまたがっている。” ”UI/UXデザイン市場は当面2ケタ成長が続くとみられている。”

 新進気鋭の企業のようです。自己資本比率70%弱、流動比率200%超と好財務のグッドパッチですが、2021年 1月 22日、突如MSワラントの行使を発表します。

 市場での受け取られ方の参考として、Twitter株式投資クラスター(通称:株クラ)の反応は、こちらのまとめが分かりやすいです。タイトルのとおり、阿鼻叫喚だった模様。私も勝手ながらフォローさせていただいているてんどん(@magic_tendon)氏 と 五月(@hakureifarm)氏がアツいバトルを繰り広げておられます。

"本当にいい会社だと思っているなら、この値段で10%の希薄化がそれほど気になるのかなと思います。純利益が2億しかないのだから、ここで得た20億でPER20倍の会社を買ってこれたらEPSは1.5倍になるわけです。それって既存投資家も得する話なんじゃないですかね。" (五月氏)
"MSワラントなんて引き受け先が儲かって既存株主が存する奴なんだから既存株主やら個人投資家が切れて当然でしょって思う。会社はそれは自社に取って自由に適切な資金調達の手段を用いるだろうけど、市場参加者が切れるのは普通でしょっていう。"(てんどん氏)  

(なお前日にはこんな↓予想もあったよう...好調な決算発表から、今後の業績向上が有望視されていたことがうかがえます。)


 Ⅱ-2. MSワラントとは?何がダメ?

 前述のとおり、数ある資金調達も手段の中でも、MSワラントは悪魔の増資と言われています。詳細は他の解説サイト様に任せますが、簡単には以下の論理で、行使する企業は危険視されているようです。

 A.引受先が必ず儲かる、有利な条項がついている

 →財務状態の悪い企業でも資金調達がしやすい仕組みである

 B.引受先は手に入れた株式をすぐに市場に売ってしまう

 →発表時よりも株価が下がってしまう

 これにより、既存株主にとっては以下のデメリットが発生します。

  ①少なくとも短期的に、保有する株式の株価が下がってしまう

  ②保有する株式の価値が希薄化してしまう

   (グッドパッチのケースでは7%程度希薄化してしまったようです)

  ③保有する株式が、MSワラントを行使するような株主軽視の会社のものだと市場に認識されてしまう

 上記のような三重苦が発生してしまう訳で、たしかに既存株主にとっては許容できないですね...。特にグッドパッチのような、自己資本比率60%超と財務の苦しいわけではない企業に関して、せめて公募増資にしろよ!と怒る既存株主の気持ちもわかります。

 (なお、実際にグッドパッチがMSワラントではなく公募増資ができたか?というと、諸説あるようです。)

 Ⅱ-3. 検証してみよう!

 この件を受けて、FFのハル(@haru_investing)氏がこんなツイートをされました。

このツイートを受け、私はこのように思いました。

「そもそも資金調達をしているなら、長期的な業績は向上するのでは?」

「市場では全て悪とされがちだが、良いワラントと悪いワラントが混在しているのでは?市場が悲観的すぎる可能性もある?」

「もしそうなら、悪いワラントの風評被害によって、良いワラントをした銘柄は、実態以上に株価にダメージを受けるのでは?」

「市場が悲観的すぎるならば、その超過分だけ、"ワラントショック"の歪みによる投資妙味が出てくるのでは?」

 ここで参考に、MSワラント前後のグッドパッチの株価推移をみてみましょう。チャートを見れば、発表後はしばらく下げ、その後低調が続きましたが、行使完了前後で上昇基調に転換していることがわかります。当然のことながら、MSワラント後に必ず下げ続けるわけではないようです。

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 ここである考えが浮かびます。

 他の銘柄では、発表後どのような値動きになっているのか調べれば、それらから、前述の疑問の答えが見えてくるのでは?

 ⇒検証してみよう!!!

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Ⅲ.検証方法

 Ⅲ-1.そもそも”良い” ”悪い”とは?

 個人投資家にとっての投資の価値は、やはりリターンが得られることではないでしょうか。MSワラントをしようが何をしようが、持ち株の価値が上昇すれば、投資家にとっては(基本的には)何も文句はないわけです。

 なお今回は簡単化のため、配当等のインカムゲイン諸々は無視して、株価の上下によるキャピタルゲインのみで考えています。

 Ⅲ-2.検証方法

 ○期間と銘柄選択について

 今回は、MSワラント発表後の1年間の値動きを確認しました。

銘柄は財テクLIFE.com 様↓を参考にさせていただきました。

 2019年1月1日~2019年12月31日までにMSワラントを発表した銘柄から、一年後までの株価推移を比較しました。(銘柄リストは後述:Ⅳ章)

 データはバフェットコード様(https://www.buffett-code.com/download)より、株価ダウンロード機能からCSVを落として集計しました。(半人力...)

 Ⅲ-3."ミソ"になる観点-因子Xを探す

 「"良いワラント"、"悪いワラント"を分けうる因子Xを探す」

 後程結果とともに詳述するわけですが、今回はこれをポイントとしました。この因子Xがわかれば、良いワラントのみを抽出でき、ワラントショックの中で自分だけが、MSワラント後も伸びる銘柄をガチホできるわけです。

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Ⅳ.結果 

 Ⅳ-1.データ総観と、因子Xの候補について

 まず銘柄群と各データの表を示します。下表の通りです。

 (備考のとおり、2191 テラは株価操縦疑いのため、9973 小僧寿しは発表時点で既に債務超過のため、6628オンキヨーの2回目・3回目に関しては、今回は参考とするデータから省いています)

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 今回は因子Xの候補として、①ROE、②売上高純利益率、③自己資本比率 の3指標に基づいて検証、グラフにしました。

 ①ROE:資産を有効に使える企業ならば、調達資金を有効活用できるとも考えられるため。(ROICの方が良かったかなぁ...) 

  前述した銘柄について、MSワラント発表後、翌日/1週間後/1月後/1年後の株価騰落率をグラフにプロットしています。

  グラフから...◇□△で示した短期的な点は概ね均等にマイナスにあるのに対し、赤●で示した長期的な騰落率は、なんとなーく、横軸ROEに相関があるのが見えます。

  と考えると、ROEは有力な因子Xの候補になりそうですが、ここである懸念が出てきます。直感的にはより参考にすべきともいえるROEプラスの銘柄群が右側で団子状にかたまっている(ROEは一般的に20%で優良と言われるので当然)のに対して、マイナスの銘柄群の寄与が強すぎることです。よって、ROEは没...。

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  ②売上高純利益率:利益率は優秀な企業の選別指標として一般的であるため。(経常利益率の方が良かったかも...)

  グラフから...うーん、点は全体に分散しており、これはあまり参考にならなそうです、没。

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  ③自己資本比率:財務状態が悪い時に、その場しのぎで行うMSワラントは特に批判の対象になりがちですが、財務状態の良い企業では、そのようなMSワラントを行う可能性が低いとも考えられるため。

  グラフから...◇□△で示した短期的な点は概ね均等にマイナスにあるのに対し、赤●で示した長期的な騰落率は、横軸自己資本比率に相関があるのが見えます。と、いうのはROEと同じですが、各点が横軸方向に概ね均等に分散しており、ROEよりも特定領域の点群だけに強い影響を受けにくいと言えそうで、これは秀でているでしょう。

  よって自己資本比率は、"良いMSワラント" "悪いMSワラント"を選別しうる、因子Xの最有力候補(3つの中でだけど...)と言えそうです。

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  ところで、赤●のうち、右下の領域に団子状にかたまっている銘柄群...自己資本比率が最も高く、かつ騰落率も大きくマイナスとなっている点群、気になりませんか?くだけた言い方をするとこいつらは、自己資本比率が因子Xたるためには邪魔な訳です。

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 Ⅳ-2.バイオと自己資本比率について

 この部分に団子状にかたまっている4点は何でしょうか?下記の通りです。共通点は...そう、バイオベンチャーです。

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 一般的にバイオベンチャーは、事業が成功した場合のロイヤルティ収入によるリターンの大きさから、個人投資家の人気が高く、ゆえに新株予約権などの資金調達がしやすいため、自己資本比率が高まる傾向にあるとのこと。実際、自己資本比率ランキング20社のうちの7社をバイオベンチャーが占め、更にそのうち黒字企業が1社のみという状態です。バイオ銘柄の自己資本比率がいかに特異的であるか、ご理解いただけるでしょうか。

"ランキング掲載20社のうち、半数の10社が直近本決算で当期純損失を計上していた。その多くは研究開発型のベンチャー企業だ。"  最新版「自己資本比率の高い会社」トップ20社ランキングー上位には赤字企業が並ぶ https://shikiho.jp/news/0/416547
"特に自己資本比率の高いアンジェスという医薬品会社をみてみましょう。同社の業績を見ると、赤字が続きキャッシュフローをみても典型的な業績不振型です。"  "にも関わらず、なぜ同社は自己資本比率が高いのでしょうか。その理由は、新株発行予約で資金調達を行い、自己資本が潤沢にあるからです。株主からの資金が集まれば自ずと自己資本比率が上昇します。" では、業績不振な企業になぜ投資家が集まるのでしょうか"  "新薬が発表されれば、国内だけでなく海外にも水平展開が期待され、そのロイヤルティ収入は莫大なものとなり、株価にも影響します。投資家はそれを期待しています。"  自己資本比率と収益性が必ずしも連動しない理由 https://www.mytaikiblog.com/entry/2019/05/07/233516

  つまり、今回の自己資本比率を因子Xとしてみるためには、バイオ銘柄は天敵になるわけです。というわけで、今回はバイオ銘柄を(前述4点だけでなく全て)除いて考えます。なお実際のトレードには、バイオ銘柄を投資対象から除くことで反映できます。

 (この理論でいけば他にも同じ傾向のセクターは存在しうる...例えば今回の銘柄群で見ると、自己資本比率70%上限で切ってしまった方がパフォーマンスが向上するようです。ただ、あまりに複雑な選別は、理論の頑健さが失われて環境によってワークしづらくなると考えますので、今回はバイオ銘柄だけを除外することとします。) 

 Ⅳ-3.因子X ー 自己資本比率による銘柄選別

 再び、結果に戻ります。MSワラント発表から、一週間後、一か月後、一年後の各データについて、線形近似によってその傾向を確認します。するとグラフに示す通り、経過日数が長くなるほど、自己資本比率に対して近似直線が上向いてくる傾向が見られます。つまり、MSワラント発表後は、短期的には等しく下げるが、長期的には、自己資本比率の高い銘柄ではこれが是正されてくる、ということを示しています。

 つまり、自己資本比率で銘柄の選別ができることになります。大きなリターンが得られそうな、[1週間後]ー[1年後]の近似直線の交点(自己資本比率:51%)を境目に選別することにします。

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 すると、全銘柄/選別後のパフォーマンスの差は、グラフの通りになりました。全銘柄まとめた結果では、長期的なパフォーマンスは下降トレンドを描きます。一方で、適切な銘柄選別を行えば、株価は長期的に是正されていく傾向にあることがわかります。

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 これより、視点別に書いていきます。なぜなら、発表時に保有していたかどうか(つまり、発表時の下げをくらってしまったかどうか)により、見方が大きく変わってくるからです。

 ○既存株主視点:発表前日からの価値の比較

 文章冒頭と同じく、以下二つのことが言えそうです。

 ・短期的には10%、長期的には15%の下げ、これに加えて希薄化の影響もあり、保有価値は大きく毀損する

 ・ただし、一定ルール(特に自己資本比率)で選別した銘柄群では、長期的な株価は回復していく傾向にある

 全銘柄平均で、一年間マイナス圏に沈んでいるのは逃れようのない事実です。よってやはり、一般的に言われている通り、「既存株主にとってはMSワラントは悪である」と言えそうです。

 行使する企業側は、既存株主にこれらの"痛み"を与えることを覚悟の上、より長期での価値向上が見込めるビジョンを持った上で、実行するべきであることは間違いないでしょう。

 ▼株価下落・希薄化のダブルパンチ!MSワラントのご利用は計画的に。

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 ○外部者視点:発表一週間後からの価値の比較

 こちらも文章冒頭と同じく、下記のことが言えそうです。

 ・一定ルールで選別した銘柄群では長期で10%程度のリターンにつながっており、"ワラントショック"は投資妙味になりうる。

 選別した銘柄群の中では、株価は発表から1週間後が底値になり、そこからは上昇トレンドに転じています。よって、底値でInすれば、その後の上昇をとることができるわけです。

 これはやはり、日本の投資家たちのMSワラントへの悲観が値動きに織り込まれているのではないでしょうか。銘柄の性質やビジョンを全てひとまとめに悲観視してしまうことが、全銘柄で等しく短期的な株価下落が起きているところに表れているかと思います。

▼悲観後の底値をとる!ある意味ハイエナ...?

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Ⅴ.まとめ

○結論として

 冒頭と結果にて示した通りです。

 企業側としては...「MSワラントは悪!」と既存株主から批難を浴びることを覚悟したうえで、キチンとビジョンを持って行使しましょう。(とはいえ債務超過の危機の場合は、なりふり構っていられないでしょうが...。)

 既存株主としては、食らってしまったものは仕方ないので、MSワラントの意図と企業の体質を考え、以降ホールドするかを決めましょう。

 外部の投資家にとっては、チャンスかもしれません。企業体質の精査と、有望な資金調達であるという判断ができれば、1週間後ごろに表れる傾向にある底値を狙って買い向かうのも良いでしょう。(←これがこのnoteの目玉なのでした。)


○考えておかなければいけないこと

 ①今回の検証は、2019年の発表分のみ、更に1年間の値動きに限って行っています。このため、正直に言うと時間的な分散はあまりできていません。発表の時期にズレがあるとはいえ、似たような市場環境のサンプルから論じており、環境変化に耐える手法かは不明です。またサンプル数も充分とは言えないかもしれません。

 ②1年間の値動きに限定しましたが、素直に考えれば、調達資金の効果が実際に経営実態に効いてくるのは1年後以降でしょう。よって、銘柄選別後の底値から上昇は、その期待の織り込みや、純粋な値ごろ感によるものが大きいのではないかと思います。率直に言うと、"良いワラント"があるとすれば、それは一年目以降に株価に表れてくるであろうから、本当は1年後以降の値動きも見た方が良いとは思います。とはいえ、じゃあいつまで?の判断も難しく(セクター等によってもその時期は異なってくる)、長期ほど様々なイベントが挟まってくるため、今回は1年で区切りました。


 前置きから蛇足まで長くなってしまいましたが....ここまでお読みいただきましてありがとうございました。普段は専ら、新しいテクノロジーに関するニュース・リリース...例えば、EVとかエレクトロニクスとか...についてつぶやいておりますので、よろしければそちらもご覧ください。




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