MBTI

韓国で人気のMBTI診断の結果を、自己レビューしてみます。

僕は「建築家」型でした。
この診断は「当たり過ぎてゾッとする」らしいですが、僕もまさにでした。

"建築家"型の性格

この上なく孤独、そして最も希少で戦略に長けている性格タイプのひとつで、建築家型の人達自身、これをすべて痛いほど感じています。

MBTI診断結果

「この上なく孤独」
診断結果が、最初にこれから始まるのどうかと思うんですが、、、全くその通りです。

去年「スマホを持たずに島に行く」というデジタルデトックス旅行をやってみたのですが、3泊4日の間、誰とも連絡とらず、帰宅して溜まった連絡を返そうとスマホを見たら、誰からもLINEが来ていなくて、1人でドン引きしました…汗

想像力が豊かな一方で決断力があり、野心に溢れている反面、引っ込み思案で、驚くほど好奇心がありますが、エネルギーを浪費しません。

MBTI診断結果

この一句一句がその通りだなと思います。

「想像力が豊か」
周りの人に見えないものでも、想像できていたりもします。例えば、企画の構想を聞いただけで完成形をイメージできて、仕様書に落とし込んで行けたりします。
道を歩いていても、周りを見ずに自分の頭の中でストーリーがどんどん進んでいたりするので、同僚から「さっき、道玄坂をニヤニヤしながら歩いてたね」と言われたりしたこともありました…

「引っ込み思案」「決断力がある」
確かに、この両面があります。
どちらかというと慎重派ですが、ある一定考えたら決断して、実行していくタイプです。決められずにグズグズしているのは耐えられないかもしれないです。「実行しなかったら世の中何も変わらないやん」と思ってしまいます。

「好奇心があるがエネルギーを浪費しない」
仕事ではエネルギーを浪費しないかもしれません。新しい環境や分野に行くことに抵抗がなく、エネルギーを浪費どころか、逆に湧いてきます。

正しい心構えを持てば、必ず目標達成できる

生まれつき知識欲が強く、それは若年期に現れ、子どもの頃に、よく「本の虫」と呼ばれています。また、持ち前の知識を喜んで他人と共有する一面もあり、その分野の中で、見事な計画を立てて実際に役立てることを好みます。

「持ち前の知識を喜んで他人と共有する」
学んだことを体系化して、人に教えるのは好きです。
高校生の頃は、テストで点を取ることに特化したわかりやすい参考書を手書きで作って、プリントを友達に配っていました(ねぎプリ)
サイバーエージェント在籍中も、子会社の執行役員とマネジメント読書会をやったりしていました。

「見事な計画を立てて実際に役立てる」
研究・哲学のような自己満足ではなくて「実際に役立てたい」という欲求はかなり強いなと思います。

主義のためには岩のように立ち上がれ

自信と謎に満ちたオーラを放ち、持ち前の鋭い観察力や独創的なアイデア、驚異の論法を活かして、確固たる意志と腹芸で変更を成し遂げます。

「自信に満ちたオーラ」
「最終なんとかできる」という根拠のない自信があります。
例えば、仕事で難しい課題にぶつかって、周りの人が「無理だ…」と思う状況でも「なんとかできるはず」とひるまないことが多いなと感じます。

「持ち前の鋭い観察力」「独創的なアイデア」
目の前で起こる物事が、他の人が気にしないところでも引っかかることがあるな〜と感じます。
例えば、港区女子みたいな先輩が「もやしが好き」と言っていたのが引っかかって頭の引き出しに入り、スマホアプリでなめこ栽培のようなゲームを作ろうとした時にそれを思い出し、「もやしびと」というゲームを作りました。
他にも、サイバーエージェント時代、新しく担当した組織で、コミュニケーションが生意気でチームでハマらず契約を切られそうになっていた業務委託の方が、合理的で生意気だけど根っこが熱くて引っかかり、ちょうど他の人がやれない独立的なミッションにしたらバリューを発揮し、今では子会社の役員になりました。
そういうことがよくあるなぁと感じます。

「驚異の論法」
自分の中から出てくるものだと、独特な論法になっているかもしれません。それによってブレイクスルーが起こったり、何も起きず終わったりします。
「右腕は価値が高い」という論法も、自分の中では自然と出てききたのですが、論法としては独特で理解され難いかもしれないです。

「確固たる意志と腹芸」
腹芸っていうのが謎ワードですが「腹で覚悟を決める」みたいなことは合ってるなと思います。やると決めたらブルドーザーのように押し進めます。
筋トレや食事制限も、やると決めたらアンドロイドかのように徹底できてしまい、ベンチプレスが3〜4ヶ月で40kg→100kgに上がってトレーナーに驚かれました。

こうした過程についていけるだけの才能がない人や、さらに悪いことに、その趣旨を理解できない人は、すぐに、そして永遠に建築家型の人達に対する敬意を失います。

20代の頃は特に、周りがついてこれなくことは多かったです。
自らブルドーザーのように突き進む割には「ついていけない」と言われると傷つく矛盾した性格が辛かったです。

自分の説明力の無さや人間的魅力の無さがそれを助長していました。人間的魅力はもう諦めましたが、説明力は徐々についてきたので、最近は昔のようなハレーションは減りました。

規則や制限、伝統は、建築家型の人達が忌み嫌うものです。あらゆる物事は、疑問視され再評価される余地があるべきだと考えていて、
機会を見つけると、論理的に優れ、時には配慮に欠けた、そしてほぼ例外なく型破りな自らの方法やアイデアを一方的に成立させます。

「あらゆる物事は、疑問視され再評価される余地がある」
これもその通りで、例えば、新規事業をつくる時も既得権益に風穴を開けたくなったり、みんなが惰性で続ける非効率なワークフローに、メスを入れたくなってしまいます。
再評価される余地のない環境だと「ここに自分がいる必要がない」と本能的に感じているのかもしれないです。


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