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図書館という場所

※以下この記事は、中島京子さんの小説『夢見る帝国図書館』の物語の核心部分に関するネタバレを含みます。

その点をご了解いただいた方のみ、先にお進みください。

























先日『夢見る帝国図書館』の読書会をやった。とてもおもしろかったのだが、実はそこで、おそるおそる出してみた仮説がある。

喜和子さんは上野の図書館で何を読んでたのか?という問題である。

本作に登場する喜和子さんは、上野の図書館が好きで、そこに思い入れがあって、建物にも足を運んでいたけど、実は本読むのは嫌いでは無いけど普通で、読書が趣味みたいな人ではなかったのではないか、という仮説だ。

芥川龍之介の作品にせよ、喜和子さんは上野が舞台の小説は内容をよく覚えている。ふとしたときに私に披露して見せるレベルで『一葉全集』も一部暗記してる。自宅に本もいっぱいある。しかし、それでも、作中、喜和子さんが上野公園のベンチとかで文庫本を開いてわたしを待ってるみたいな場面はたぶん一度もないのだ。

それは喜和子さんが書いてみた、樋口一葉の文体に明らかに影響を受けた小説を読んでも感じられることだ。いわゆる活字中毒みたいな人が書いた小説なら、いくら一葉が好きでも、あの形にはならないのではないか。レポートと小説はもちろん違うが、ライティングとかの授業をやってる私の直観であった。

喜和子さんは確かに読んでみたいと探している本があった。だけどそれを見つけたのは古本屋のオヤジである。図書館ではない。先祖調べ、聯隊史調査、暗号解読にストーリーレファレンスとデジタルコレクションの利用などなど、図書館のレファレンスサービスの鉄板ネタが展開されるが、喜和子さんは図書館のレファレンスカウンターに行かなかったし、そんなことができると知らなかった。


同じような感想が見当たらないので、ちょっと自信なかったのだが、示してみたら、喜和子さんは自分のアイデンティティを確認するために上野図書館に通っており、本が読みたいのかといえばそこまでではない気がすると、他の人の賛同も得られた。

で。私が思ったのは、図書館てそういう場所としても機能しているのだ、ということだ。

傷ついて何にもしたく無い人が、ふらっと来て、資料を借りるでもなく、本と、本にアクセスできる環境の中に静かに身を置いて、自分は何かを得るわけではないんだけど、なんとなく知的な気分になって、そこから興味を持てた本があれば踏み出せばいいし、そのままでもいい。

図書館に心があったら、という仮定は本作屈指の仕掛けであるが、まさに図書館に心があったら、傷ついた者を受け入れて休ませる場所にしても良いよ、というのでは無いか。そして喜和子さんはそのようにして、幼少期のつらかった経験を上野体験で上書きしつつ、自分を取り戻していったのではないか……

以上が私の仮説である。
何でこんなことを思ったかといえば、私もそうやって図書館に救われた人間だからだ。

自分は読書家ではないが、大学の頃通った母校の図書館はすごく居心地がよかった。

あそこで覚醒してもっと効率的に勉強してればよかったと思うことは今もあるが、ともかくも読みきれないくらいたくさんの本があること、読もうと思えばそれにアクセスできること、それを決めるのは自分だということ、その一つ一つが、あの頃、何をしても中途半端で「自分で自分を育て直す」ことにつながっていた気がするのだった。

すぐ調子に乗ってしまう私に、お前いい気になるなよ、といってはまだ読んだこともない世界の入り口を見せつけてくる。それがいかに自分は小さな人間であることを自覚させてくれたか。そうかと思うと、そんなに強い自己嫌悪を覚えていると、まずここの本読んで自分を変えてみろよって応援してくれたりするような感覚。これは語っても語っても真に本好きな人には通じないんだろうなあ、と思う。まあそれは私と図書館の関係性の問題なのだからしょうがない。

一つ一つの本でなくて、図書館がそこに存在してくれることがありがたかったのだ。で、その点がおそらく私と喜和子さんが共有できる図書館への思いなんじゃないかと思ったりした。

数年前になるが、夏休み明け、学校が死ぬほどつらいときは図書館へおいでという図書館のツイートがバズったことがあったが、あれだ。

場所としての図書館というのは、もうかれこれ四半世紀以上前に、電子図書館のこれからが論じられるなかでセットで議論されたコンセプトと思うが、デジタル送信が始まり、一つの資料と個人の結びつきが強化されるなかで、また見直されるときも来るのではないか。

大学生が図書館を使わないなんてもったいないよ、といつも言っている。本好きだから行くのではない、自分自身がそのなかに静かに身を置いてこれからの成長な起点をきちんと見据えるために、行かないともったいないのだ、と。

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