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多重人格商店街 「あなたを愛さない男」

◆NEFNEに関わる人たちによる自由連載《汽水域の人々》
雑貨屋&フリースペースのお店「NEFNE」で交わるひとびと。多様な執筆陣がリカバリーストーリーをはじめ、エッセイ、コラム、小説など好きなように書いています。

気に入った手触りの
紙になんと書こうかな

呪詛を書こうか
ありきたりの言葉で埋め尽くされた
あらん限りの恨みつらみを
認めようか
そうすればきっといつか
わたしがこれまで
どれほど綺麗な人間として振る舞い
生きていたかをわかってもらえるだろうか

悲劇を書こうか
結ばれるはずだった恋人のなりかけを
ぐちゃぐちゃに引き裂いて
ミンチのように叩いてやろうかな
そうすればきっといつか
わたしが独りで生きていくしかないと
さびしく思う心を
わかってもらえるだろうか

劣情を書こうか
口にするには憚るような
ホルモンの作用を
自分のヘキとやらを
あからさまな言葉で埋めつくしてやろうか
そうすればきっといつか
わたしが長年拗らせた偏見と欲望を
正してくれる相手のないどうしようもなさを
わかってもらえるだろうか

わたしは立派に生きてきて
経済の苦を乗り越えて
ふさわしいだけの地位を手に入れて
後に続く若者どもに
助言をくれてやった
早朝から社訓を読み上げ読み上げさせて
やる気のない者に活を入れ
明かりを消して残業し
休憩室で夜を明かすことは稀でなかった

同じような生き方をしていた奴も
全く違う奴も
伴侶と日々を送っていた
わたしの寝床でわたしを必要とし
わたしなしでは生きられず
よく気が利き
食卓には五品は用意して
体の相性がよく恥を忘れないうぶなままで
わたしの話に耳を傾け興味深げに学び
わたしをやわらかな胸で受けとめる
そんな伴侶が欲しかった


気に入った手触りの
紙になんと書いてしまったか
わたしがどうしようもないことはわかっているのに
わたしを正しくさせてくれる女がいない
わたしを認め
癒す女がいない
わたしが不幸なのは女がいないからだ
ここには皺の入った
気難しく頑固で古臭く
幸福を手にすることに失敗した
憎くてたまらない男がいる


【今回の執筆担当者】
青嵐柘榴(あおあらし・ざくろ)/20代。人生の3分の2ほど思い出しだくないけれど、今は人との縁に恵まれました。偏りがすごい。柘榴は誕生石の柘榴石から。尖ったものからネチネチ系、ほのぼの、祈りまで色々書きたいです。本作りたい!


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