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アクション苦手な人のためのFF16

 「アクションが苦手で、ソウルもモンハンも余りやってない」という人。或は「俺様を満足させられるアクションが有るの?」との疑念が拭えない褪人諸兄。双方を取り零すまいという意志がFF16には強く見られる。


楽しさと低難易度の両立

 本作はアクションゲームとしてはかなり難易度が低い。なのに敵に相対するとちゃんと緊張があり、ギリギリまで追い込んでくれる敵も居り、お使いクエも含めて最後まで作業感が無い。これは敵のHPや攻撃力等の数値よりも、モーションの設計で難易度を下げる工夫が施されているからだ。(リトライ時に回復アイテムが全ストックされるフェイルセーフもあるが、そこまで世話になる事は稀)


 敵の動きに一定のリズムがあり、回避ボタンを押すべきタイミングは直感的に判る。面攻撃は範囲が可視化され、判断時間の猶予も多すぎず少なすぎず。ガチャブレイを許容するのでなく、適切なムーブへプレイヤーが自然に導かれて行く様に設計にされている事が、本作の敷居の低さの担保だ。派手でスタイリッシュな演出を楽しんでいる間に、気が付けば敵の捌き方が身についている


 より良いムーブを自然と選び取っていく様に仕向ける敵の設計。モンハンが与ダメを可視化する事で効率的なムーブをプレイヤーに意識させたのと同種の手法だ。これによりアクションが苦手な人への敷居を下げつつ、ボタン連打だけでクリア出来る様な寒い戦闘になる事も避けている。


 召喚獣(特殊技セット)によるオリジナルコンボがプレイヤー側の伸びしろを確保している事も相まって、アクション初心者には優しいアクションと確かな手応えを、経験者には派手さを楽しみつつ選択肢と効率を追求する楽しさを一本のゲームで提供している。

 


アトラクションとしての召喚獣戦

 本作の華である召喚獣戦。その楽しさを担保したのは、プレイヤーの興奮度合いの推移を設計し、ゲームプレイとムービー鑑賞を配分、配置した職人技だろう。良く言えば体験出来る映画。ゲームと映画のブツ切りでなく、双方が混ざり合って一体となったインタラクティブアニメに仕上がっている。一見リプレイ性は低く思えるが、単純な完成度が高いという力業で「もう一周ぐらいして良いか」とプレイヤーに感じさせている。


 QTEが気になる人も居ようが、FF16はQTEが嫌われる要素だけを排除しており、プレイヤーがムービーにシンクロするための『儀式』として活用されている。QTEがストレスを生む原因は、大別すると
押すボタンが判り辛い
失敗時のペナルティが大き(小さ)過ぎる
突然始まってプレイが寸断される
だ。FF16のQTEは、
・押す冪ボタンはシチュエーションから察せられ、入力猶予も程よい
・失敗時のペナルティは「やっちまった」と印象に残るが、致命傷にもならない程良い大きさ
・映像の見せ方で自然にQTEへ雪崩れ込み、『体験』を崩さない
…等の配慮が行き届いている。結果、儀式としてのQTEとして上質であり、『体験』の重要なパーツになっている。


 なお、召喚獣バトルにはAsura's Wrathを思い出した人も居ただろう。或いはNinja Bladeか。大雑把に言えば召喚獣バトルだけで出来た様なゲームだ。クソゲー扱いされていたが、ゲハに乗せられずにアレの良さを見抜いていた人には、是非FF16もやってみて欲しい。



 腕前への間口の広さアトラクションの充実によって、初心者と上級者双方への満足を確保している。「ムービーシーンは合計〇〇時間!!」という意味不明な自慢にNot for meと萎えた人は多いだろう。だがムービーは用途に応じて細分化されてプレイに溶け込んでいる。確かにARPGに混ざる物としては長めではあるが、少なくとも「MGS4みたいになってるんじゃないの?」という心配は杞憂だ。「自由度の高さ」というレベルデザインを放棄するための建前にウンザリしている人なら、有象無象の悪評判をスルーして手に取る価値は有りそうに思える。