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何もしたくない


今日は昼頃にベッドを出た。

冷蔵庫に残った昨日の夕飯の米を目掛けて歩いていると、リビングにいた犬が目に入った。
「おや」っと思って冷蔵庫の扉越しにリビングを覗くと、いつもソファに座っているはずのホストマザーがいないことに気がついた。

今日は犬を連れて行っていないので、きっと買い物に行っているのだろう。そう辺りをつけて、皿に盛った米を電子レンジに入れてスイッチを押した。米が温められている間に、トイレに行く。

トイレから出た後、止まっていた電子レンジから米を取り出し、用意していたスプーンで米を口に運んだ。
「まだ冷たいな」温まるには十分な時間だったはずなのになぜだろうと不思議に思いながら、もう一度電子レンジに皿を戻しスイッチを入れようとすると、いつも鳴るピッという小気味良い音が聞こえなくて、弾かれたように電子レンジを見た。電源が切れている。

不思議に思い、今度は電子レンジの下にあるストーブについている時計を見やると、そちらも電源が切れていた。
「えっ」と心なしか焦りを覚えながら電気をつけっぱなしにしていた自室を見やると、電気が消えているのが見えた。
そこまで確認して、私は「どうやら停電しているらしい」という結論を得た。石橋を叩いて渡っているように慎重な確認だ。

仕方がないので、食べようとしていた米を電子レンジに置き去りにして、キッチンに置いてあったブラウニーを手に取る。
三欠片ほど食べて、冷蔵庫から取り出したミルク(冷気が逃げないようサッと取り出すことを意識した)を飲んで、暗くなった自室に向かう。

自室に放置していたスマホを確認すると、案の定WiFiも切れている。動画を見ようと思っていたのに、これじゃあ見れないじゃないか。
ため息をついて、私は文字を読み始めた。

数時間が経って、AmazonからあるDVDが届いた。先日、空港でふと思い立ち購入したものだった。
多少気分が上がりながら、初回購入特典でついてきた小説と漫画を読んだ。

読み終わった時も、電気はまだ落ちたままだった。

私は外を見やり、「あともうすぐで復活するな」と思った。理由はない、思いつきだった。
電気は数分後に戻った。

電気が戻って、見ようと思っていた動画を見た。
つい昨日まで旅行をしていたので、見たい動画が溜まっていた。

次々と動画を見ながら、「やる気が出ないな」と思っていた。
何もやりたくない。

昨日の夜、報告だけで済ませてしまったnote。
社会科学的なnoteも、異常心理学的なnoteも、なんなら映画レビューだって、ネタはたくさんあるのに、それでも一文字も書く気が起きなかった。
サポーターさんの報告だって止まってしまっているのに、報告のひとつもする気が起きない。

旅の後半からずっと、虚無感と絶望感を持て余していた。
月に何度かある、そういう時期だ。

経験上、こういう時は数日後から、溢れるように色々なことができる時期に移行するので、今は、何もしない時を、ただ少しの焦燥感と共に過ごすことしかできない。

なにもやらなくて良い訳ではない。
インプットをしていないといけない。
経験上、それも知っていた。

ただこういう時は、人が作ったものを受け入れることも難しくなっている時期なので、すべてが上滑りしてしまう。

それでも、根気強く何かを鑑賞し続ける。
時折浮かんでくる「何かがしたい」という焦燥を抑えつけて、ただただ何かを入れ込む。
「何かがしたい」をこの時点で昇華してしまうと、「何もしたくない」の時期がうまく抜けられなくなるから。

ふと、「孤独は大切だよ」と言った人のことを思い出す。
「何かがしたい」は孤独のようなものだと、誰かが言っていた。

「何かがしたい」を溜め込む。

きっと数日すると、今度は抑えきれなくなった「何かがしたい」に流されて、何かをし始める。
拙いものを、途切れ途切れで書き留めるようになる。
それを繋げて、形あるものを作ろうとする。
そうして、私はまた何かをし始めるのだ。

だからまぁ、今日はなんの意味もない文章を書き連ねたけど、そういう時期だってことで許してほしい。

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