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背中に乗った不毛な夜

楽しい夜を過ごした。
赤い血のようなナポリタンは、油がたっぷりのたんこぶだらけのチーズを時々身に纏って、
目の前のあの人の唇も、左側のあの人の唇も
右側のあの人の唇も、それから私の唇も、生命力の限り赤く塗り尽くした。
現世のどうでも良い紙切れの話は、
きっと本当にどうでも良い事なのだと知らしめたかったのか。バカみたいに笑う私たちが心底バカだと腹を蹴られたのかもしれない。

見えないからって堂々と「それ」は体内へとするりと身勝手に、合図も何もせず身体の細胞に味の消えたガムのように張り付いたのだ。獰猛で下品な息遣いは、私たちには聞こえなかったし、果たして敵視するのも違うような。でも、味方でもない。

ほどなくして、「いる」ことを伝えてきた。
胸のあたりから、背中に移動したそれは、波打つように苦しみを与えてきた。版画のように私の背中の肉を削り何かを表現して、眠る事さえ許されなかった。黒い夜にただそこだけが煌々ときらめき、クリスマスの日の街の窓灯りのように、辺りを照らしていた。

朝。寒さに怯えた。
それからの事は、ただ周囲の人間がどうにかしてくれたのだと思う。白い薬を沢山飲んで何日か眠ったのだ。死んだおばあちゃんと友人が、交互に夢に現れては笑っていた。

あと数日もすれば、きっと忘れて行く。また、ふりだしに戻るのかもしれない。バカみたいに呑気に人の気も知らず自分のことばかり考えるような日々へ。

私の背中に乗った不毛な夜は何も言わずに
私を苦しめた。良いとか悪いとかじゃない。
そんな夜が訪れたという小さな事実をひとつ、ポケットに入れただけなのだ。

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