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宇宙コモンズの探索

前号(リンク参照)では、コモンズとは何かを紹介いたしました。コモンズは、「国有」でも「私有」でもなく双方の特性をあわせもち、適切に管理されることで長く保全され、社会と個人にサステナビリティとウェルビーイングをもたらします。この考え(ソート)は、オストロム※により数千の実例と理論で実証され、未来を切り拓く新しいソートとして、コモンズ・ルネッサンスをもたらしました。その後、ニューコモンズも現れ、その1つである「グローバル・コモンズ」に南極や大気、海洋とともに「宇宙」がマッピングされました。本稿では、コモンズ成功の8つの原則との比較や、宇宙コモンズのマッピングを通して、コモンズとしての宇宙の可能性を探索していきます。

※コモンズ論で2009年にノーベル経済学賞受賞


グローバル・コモンズとしての宇宙空間


オストロムは、「グローバル・コモンズは巨大かつ複雑であるが、伝統的なコモンズの成功例を参考にできるところもある。」といいます。宇宙空間は、ナビや天気予報、オリンピックの衛星中継など我々のウェルビーイングな暮らしに欠かせないものとなり、関係者は地球全体だと数十億人となります。そのため、代表団の組織化、ルールの合意形成、文化の共通理解、専門性の違いなどチャレンジングな課題がたくさんあります。それでも「コモンズの成功事例は、いずれも極めて深く幅広いコミュニケ-ションや情報共有、信頼がカギとなっており、たくさんの失敗例も含めて多様なコモンズを参考にすることがグローバル・コモンズを成功させるカギとなる。」とオストロムは言います[1]。 

グローバル・コモンズとしての宇宙空間は、長らく、冷戦型の国家間による宇宙開発競争や宇宙同盟などの安全保障の文脈で議論されてきました。しかし、今や、人類が宇宙を使い始めてから60年が経ち、スターリンクなど民間企業が数万機規模の衛星コンステレーション(リンク参照)を運用する時代となり、地球の周りにはたくさんの衛星や使用済みのロケットなどが周回しています。このような中、公共政策学者である鈴木一人は、宇宙デブリ(リンク参照)や宇宙空間認識について、かつての「宇宙クラブ」のルールである「宇宙の国際行動規範」を新規参入者にどう認知させるのか、ガバナンスをどう徹底していくのか、その役割を誰が担うのか、拘束力のない「行動規範」でよいのかなどを考える時が来たと述べます[2]。これらの課題を考えることは、まさにオストロムのコモンズ成功の8つの原則(表1)を考えることにつながります。

宇宙ビジネスの世界市場は2023年の6300億ドルから2035年には1.8兆ドル(約280兆円:1ドル=155円)にまで拡大すると予測されています[3]。ますます国家だけでなく民間による宇宙事業が拡大する今、人類の共有資源である「コモンズ」としての宇宙の利用方法について、様々なステークホルダーと協力しながら考えるときがきています。

コモンズ成功の原則と宇宙コモンズ

 
オストロムの原則の観点から、グローバル・コモンズとしての「地球近傍の宇宙空間」の利用状況を考えてみます。

①範囲・メンバーについては、宇宙は高度何kmからという明確な定義はありませんが、地球周回衛星は軌道や高度が決まっており、その位置やアクセス範囲は明確といえます。また、参加メンバーは国に加えて民間企業、宇宙旅行者などの個人も入ってきましたが、国連の宇宙物体登録条約(1976年発効)によって、打上げ国は、打ち上げ日や軌道を登録することが義務になっています。 

②便益・負担のルールというと、宇宙空間の使用料や負担のようなルールはありませんが、周波数(軌道位置を含む)の割り当てのルールはあります。国際電気通信連合(ITU:International Telecommunication Union)が通信間の電波干渉(リンク参照)が発生しないように無線通信規則(RR:Radio Regulations)を定め、周波数(軌道位置を含む)の審査を行っており、紛争解決方法も規定しています。また、国際調整にあたっては、各国の主管庁(日本は総務省)が実施し、⑧の入れ子構造も見えます。

一方、宇宙デブリについては、国連がガイドライン(デブリ・衝突の制限・回避、運用終了後の廃棄など)を2007年に設定し、NASAや欧州宇宙機関、JAXAなどが国際基準に合致した標準を整備していますが、法的拘束力はなくガイドラインに留まっています。民間宇宙事業が活発になっている今、衝突が起きたときの制裁・賠償額、衝突回避のルール、デブリ除去の負担・責任など、オストロムの原則②-⑧に対応した国際的な議論を具体化していくときがきました。

その中で、日本政府は国連と宇宙デブリ問題に関する共同声明(2020年)を出すとともに[4]、「国際社会における議論を先導していき、衝突防止に関する国際枠組みの確立を目指す。」としています(2024年)[5]。宇宙ベンチャーの上場も相次ぐなど、日本国内の宇宙事業の機運が高まっている今、デブリ問題や周波数帯域問題などの宇宙コモンズに関する議論、ルールメイキングをオールジャパンで国際的に先導していきたいところです。

図1 地球低軌道のデブリ(Credit: NASA)

上記で見てきましたようにグローバル・コモンズとしての宇宙空間も、オストロムの成功8原則と照らすことで、検討すべき課題を洗い出すことができます。また過去のコモンズの成功事例や失敗事例と照らすことで、解決への糸口や新しい枠組みについて検討することもできます。

宇宙コモンズのマッピング

 
「グローバル・コモンズとしての宇宙」については、上述の通り宇宙空間やデブリなどについて議論が拡大しつつありますが、「グローバル・コモンズ」以外のニューコモンズ、例えば、文化コモンズや知識コモンズとして宇宙については、議論があまりなされていません。しかし、宇宙市場の拡大により、既に新しい宇宙コモンズも出現してきています。前号で紹介したシャーロットのコモンズマッピング(前号URL参照)にならって、筆者が宇宙コモンズをマッピングしたものを図2に示します。

これを見ますと、「グローバル・コモンズ」としての宇宙空間だけでなく、「文化コモンズ」や「知識コモンズ」など様々な観点で宇宙コモンズの可能性があることがわかります。将来、低軌道や月への宇宙旅行が活発になることによって、宇宙文化コモンズや宇宙医療コモンズなどのニューコモンズも顕在化してきます。
 
例えば、図1に宇宙景観コモンズがあります。地上では、高層マンション建設や遺跡保全などの際に「景観コモンズ」が議論されています[6, 7]。宇宙コモンズでの景観の観点では、例えば、美しい地球や夜空を見ることを目的に宇宙旅行に来てみたけど、デブリがいっぱいで景色が美しくないとか、大規模宇宙ステーションや衛星コンステレーションが陰になって地球や夜空がよく見えないなどという問題が出てくる可能性があります。そこへの対応は、地上の「景観コモンズ」の考え方、ルールメイキングが参考になるでしょう。
 
このような様々な宇宙コモンズを考える際には、オストロムが指摘するように国際的な深く幅広いコミュニケーション、信頼構築なくして、また、社会と個人のウェルビーイングとサステナビリティなくして、効果的かつ実効性のあるルールメイキングは困難だと考えます。次回からコモンズとしての宇宙の可能性について、地上のコモンズと比較しながら、具体的事例を上げ、ケーススタディとして探っていきます。宇宙コモンズのルネッサンスを目指して。

文:IISEソートリーダーシップ推進部 佐野 智

佐野 智
JAXAに長年勤務し社会課題解決に向けた新規宇宙事業創出に尽力。内閣府(衛星を利用した社会実装プログラムを推進)を経て現職。博士(理学)。

※記事は執筆者の個人的見解であり、IISEの公式見解を示すものではありません。

参考文献

[1] E. Ostrom, et. Al., 1999, “Revisiting the Commons: Local Lessons, Global Challenges”, Science, Vol284, No.5412, 278-282
[2] 日本国際問題研究所、2014年、グローバル・コモンズ(サイバー空間、宇宙、北極海)における日米同盟の新しい課題
[3] World Economic Forum, 2024 April, Space: The $1.8 Trillion Opportunity for Global Economic Growth
[4] 外務省 報道発表、2020年2月7日、「国連宇宙部とのスーペースデブリ問題に関する共同声明の署名」
[5] 内閣府、2024年3月26日、 宇宙交通管理に関する関係府省等タスクフォース大臣会合 第2回 配布資料2-1 「軌道利用のルール作りに関する中長期的な取組方針(改定案)」
[6] 角松生史、2015年、「コモンズの景観の特質と景観法・景観利益」、研究ジュリスト15号26-33
[7] J. Davis, G. Hess, “From landscape resources to landscape commons: fucussing on the non-utility values of landscape”, Int. Jour. Of the Commons, Vol.11, No.2, 708-732

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