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京都大学 広井教授に聞く「生物多様性と経済」

こんにちは、国際社会経済研究所(IISE)の篠崎裕介です。ネイチャーポジティブとデジタルの可能性について情報発信をしています。

この記事では、2023年7月4日にFabCafe Kyotoでロフトワーク社主催のもと開催された「シリーズ|生物多様性と経済Vol.1 多種共存の資本主義社会を予測する、ゲスト:広井良典(京都大学 教授)」に参加して感じたことを発信します。


ネイチャーポジティブ

2022年12月に、生物多様性条約(CBD)第15回締約国会議(COP15)において、気候変動におけるパリ協定にあたる、昆明・モントリオール生物多様性枠組が採択されました。生物多様性の損失を止め、自然資本を回復させる”ネイチャーポジティブ”の考え方が示されました。

気候変動の問題と、自然資本(生物多様性も含まれます)の劣化の問題は互いに密接に関係しています。カーボンニュートラル(脱炭素)だけでなく、ネイチャーポジティブも同時に解決していく社会・経済の在り方への進化が求められています。

日本においては、2023年3月に生物多様性国家戦略をおよそ10年ぶりに改訂し、生物多様性国家戦略2023-2030を閣議決定しました。その中でも、生物多様性損失と気候変動の「2つの危機」への統合的対応、ネイチャーポジティブ実現に向けた社会の根本的変革を強調しています。

出典:環境省(こちら

生物多様性と資本主義

社会がネイチャーポジティブに舵をきることを求められる中、今回参加したセミナーでは、京都大学「人と社会の未来研究院」教授の広井良典氏が公共政策と科学哲学を専攻する中で、20年以上に渡り提唱してきた「定常型社会=持続可能な福祉社会」を下敷きにした生物多様性と経済のお考えについてうかがいました。

以下は、セミナーで聴講した内容と、2023年4月に出版された広井先生の書籍「科学と資本主義の未来」などの内容をもとに篠崎にて再構成したものでありセミナーの内容そのものではないこと、あらかじめご了承ください。

価値軸が変わる資本主義と生物多様性

広井先生は、いま資本主義は、スーパー資本主義とポスト資本主義の2つの価値軸のせめぎあいの状態にあるといいます。スーパー資本主義は、いわゆるグーグル、アップル、アマゾンといったビッグテック企業がリードする競争・効率を追求するもの。一方でポスト資本主義は、持続可能性・共助・分配の公正・豊かさを再考しようとするもの。

経済システムの進化と科学の関係

このせめぎあいの先にはどのような社会がまっているのでしょうか?それを説明するにあたって経済システムの進化と科学の関係の変遷について語られました。いわゆる物々交換の市場経済(科学の基本コンセプトは「物質」)が、産業革命以降は、工業化社会(科学の基本コンセプトは「エネルギー」)へと移行し、IT革命を経て情報化社会(科学の基本コンセプトは「情報」)へと突入しました。

この間、資本主義は、場所・コミュニティを離れて、グローバルにひたすら拡大・成長をし続けてきました。一方で、その資本主義の内側から、場所・コミュニティに根付いた経済の在り方が広がってきており、資本主義自体を変容させようとしているのではないか、といいます。

情報化社会の次、場所・コミュニティに根付いた経済、とはどのようなものなのか?ここで、ウェルビーイング(幸福)という概念が言及されます。

マズローの再評価と幸福(ウェルビーイング)

これからの資本主義を考えるうえでのキーワードは「生命」と「時間」の2つだといいます。科学の基本コンセプトが「情報」から「生命」に移行し、生命とのつながりを回復するとともにいかに充実した時間を過ごすか、その中でクリエイティビティを発揮できるか、が重要になる。

その際に、マズローの欲求階層説を取り上げられます。広井先生自身、過去はこの説をあまり評価していなかったそうですが、自己超越の段階がウェルビーイングにつながっていることに気づき再評価しているそうです。

マズローの欲求階層説を説明する広井教授(左)と、モデレーターのロフトワーク浦野氏(右)

広井先生自身、ソーシャルビジネスに取り組む卒業生から、「自己実現というよりも世界実現がしたい」という言葉を聞くことがあったといいます。若い世代の一部にみられる社会貢献意識とは、「自己超越」に通底するのでしょう。

モノがあふれ、情報があふれる中で、自分自身の時間をより豊かな体験のためにつかいたい、という考えに向かっていく。これを広井先生は「地球倫理」と呼び、「地球環境の有限性や多様性を認識しつつ、個人を超えてコミュニティや自然、生命、その根源にあるものとつながる」ような志向だとしています。


生物多様性と経済

自己超越の先に、生命・自然、その根源につながろうとする。今回のテーマである生物多様性と経済につながりました。

広井先生は、生物多様性国家戦略2023-2030の中から、以下の印象的な文章を引用した上で、ご自身が取り組む鎮守の森コミュニティ・プロジェクトを取り上げます。

近年我が国では本格的な少子高齢化・人口減少社会を迎えており、特に地方においては農林業者の減少等により里地里山の管理の担い手が不足し資源が十分に活用されないことが、 国内の生物多様性の損失の要因の一つになっている。同時に、海外の資源に依存することで海外の生物多様性の損失にも影響を与えている。すなわち、本来活かすべき身近な自然資本を劣化させながら、その変化を感じ取りづらい遠く離れた地の自然資本をも劣化させている。

出典:生物多様性国家戦略2023-2030, 環境省
太字は、IISEによる

日本全国に、古来から存在してきた「鎮守の森」は、ローカルなコミュニティと自然、そして信仰が一体になった場所であり、その意義を再発見・再評価していくことが、現代社会の様々な問題の解決や、伝統に根ざした新たな創造につながると考え、以下のプロジェクトを進めているといいます。

1)鎮守の森・自然エネルギーコミュニティ構想
2)鎮守の森セラピー(森林療法)
3)祭りと地域再生・活性化

人類は、過去にも資源や環境性の危機に直面するたびに想像性を発揮し、乗り越えてきた。現在、経済をはかる指標として一般的に使われているGDPも出てきたのはここ数10年。新たな指標が現れる余地はあるだろう、とし、本シリーズのイベントの次回に向けて、以下の問いを投げかけました。

広井先生からの問いかけ

気候変動に比べ、生物多様性への企業の対応はまだこれからのようにみえるが、どのような取り組みが考えられるか?
生物多様性あるいは生態系の保全と、短期的な利潤拡大が求められる企業行動との間にはどうしてもギャップが生じると思うが、今後そうした点はどう展開していくと考えるか。

Editor’s Opinion

広井先生の投げかけは、「生物多様性の喪失という課題に、企業はどう取り組むべきか?」というものです。NECグループの活動をご紹介します。

国内IT企業として初のTNFDレポートの開示

NECでは、2023年7月10日に国内IT業界で初めて、生物多様性を含む自然資本に関わる事業リスクや機会を開示するTNFD*レポートを発行しました。(*TNFD:Taskforce on Nature-related Financial Disclosure, 自然関連財務情報開示タスクフォース)

このレポートの中では、TNFDが提言するバリューチェーンの区分に則り、NECのオフィスや生産拠点を「直接操業」、電子部材の調達先などを「上流」として捉えて情報開示を行いました。また、NECが提供するハードウェアやソフトウェアをご利用いただくお客様をNECのバリューチェーンにおける「下流」と捉え、デジタル技術が企業の自然資本に関する課題を解決する可能性を開示しました。

「直接操業」と「上流」に関しては、通信機器製造業の生産拠点における自然資本への依存と影響を拠点の場所ごとに評価しました。「下流」に関しては、デジタル技術が水不足、洪水、動植物保全に貢献する可能性について、世界の状況とNECのデジタル技術を合わせて説明しています。

NEC のデジタル技術 が貢献する可能性があるセクターと自然資本(出典:NEC)
ユースケースの例(出典:NEC)

政策立案支援サービス

一例として、「政策立案支援サービス」を取り上げます。このサービスでは、「蓄積したデータを活用できない」「政策課題の分析に時間がかかる」「政策の有効性の説明が難しい」といった政策立案のプロセスにおける課題をデータ活用で解決する支援サービスを提供しています。

データ分析に必要な「コンサルティング」「アンケートデータ収集」「 AI 分析( causal analysis 因果分析ソリューション)」のプロセスをトータルで提供することで、客観的データに基づいた政策立案を支援します。例えば、過去に実施した施策で、どれが最も有用なのか過去に蓄積したデータを分析することで生活者ニーズに沿った政策立案と現状政策の定量評価が実現できます。

(出典:NEC)

生物多様性国家戦略2023-2030では 2030 年のネイチャーポジティブの実現に向け、 5 つの基本戦略と、基本戦略ごとに状態目標(あるべき姿)(全 15 個)と行動目標(なすべき行動)(全 25 個)が設定され、この 25 の行動目標ごとに、関係府省庁の関連する施策が計画されています。これらの施策の立案・意思決定・政策実行・政策評価においても、政策立案支援サービスでデータ活用を支援いたしていくことができるでしょう。

広井先生の問いかけを受けて

広井先生からの投げかけに対して、NECグループのシンクタンク機能を担う国際社会経済研究所(IISE)は、ネイチャーポジティブに対して、デジタルテクノロジーが果たすべき役割や、それによってどのような新たな社会価値の創造が可能なのか未来を構想し、社会への実装を目指すべく、このような場も活用しながら情報を発信していきたいと思います。

参考:国際社会経済研究所『GX-VISION 地球と共生して未来を守る』(2023年6月)

「生物多様性と経済」の第2回イベント

ロフトワーク社の本イベントの第2弾は、以下となります。


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