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コモンズとは何か ~宇宙コモンズの検討に向けて~

はじめに


宇宙事業の主体が国から民間へと世界的にシフトしている現在、宇宙空間や宇宙資源の使い方やルールメイキングも国家間だけでなく、国と企業、企業と企業、あるいは民間団体との対話も必要な時代になってきました。そのような中、地上社会では政府でもなく、民間でもなく、その双方の特性をあわせもつ共有財「コモンズ」という考え方が未来の社会を開く概念(ソート)として活用されています。本note宇宙マガジンでは、地上のコモンズと比較しながら、宇宙コモンズの可能性を探り、その未来像や課題を発信していきます。本稿では、まず「コモンズ」について概説します。


コモンズとは何か


最近、社会や個人のウェルビーイングやサステナビリティなどの文脈で「コモンズ」という言葉を耳にするようになってきました。「コモンズ」とは、エリノア・オストロム※によれば、「共有資源(common-pool resource)」のことで、「有限であり、ある人が使うと他の人が使える量が減る資源」といいます[1]。
※コモンズ研究で2009年にノーベル経済学賞受賞

コモンズには自然資源と人工資源があり、自然資源は、牧草地、水資源、漁業資源や森林などがあり、人工資源は、居住空間や都市空間、医療サービス、景観などがあります[2]。

コモンズ論の最も有名な論文の1つは、アメリカの生物学者ギャレット・ハーディンが1968年に「サイエンス」誌に発表した「コモンズの悲劇(Tragedy of the Commons)」です。ハーディンは、誰でも使える牧草地は、個人は自分の利益を最大化するために家畜数を増加させ、共有地としての牧草地は荒廃し、全体的には不利益を受けることを指摘しました[3]。牧草地のような地域コミュニティだけでなく、各国が国益を求めて、地球環境がプラネタリー・バウンダリーの限界を超えつつある今の状況も「コモンズの悲劇」として、たとえられます。

これに対し、コモンズは必ずしも荒廃するものではなく、適切な利用方法やルールを整備することで持続的に保全されるという多くの反論がありました。それは農学者や、文化人類学者、社会学者など様々な分野から反論され、分野横断的にコモンズ論の研究が大きく発展しました。そのような観点も含めて、ハーディンの功績は非常に大きいと言えます。反論した研究者の一人がノースウエスタン大学教授(当時)のキャロル・ローズです。

ローズは、「コモンズの喜劇」という論文を1986年に発表しました。ローズは、海や川、空気や水は、国有財産でも私有財産でもないが、森での薪拾いや小川での魚釣りなどは慣習的に長らく行われ、社会生活に必須と見なされていることに着目します。また、コモンズは、森林や海のサステナビリティという価値だけでなく、レクレーションによるウェルビーイングの向上などもコモンズの価値と考え、参加者が増えることでコモンズの価値は上がると考えました。そして、「”the more the merrier(人多ければ楽しみ多し)”という慣用句がいうように、コモンズは悲劇ではなく、喜劇である」と主張します[4]。まさに、インターネット登場後の新しいコモンズは、ローズが言うように参加者が増えると規模の利益によって経済資本とともに、ウェルビーイングのような社会関係資本も拡大しているといえます。

コモンズ・ルネッサンス


「コモンズの喜劇」の発表から4年後の1990年に上述のオストロムがコモンズのガバナンスに関する著書[5]を出版しました。オストロムのコモンズ論への最大の貢献は、自主的なルールによりコモンズを保全管理する「セルフガバナンス」の可能性を実態調査と理論研究で示したことです。世界全体で数千の実態調査を行い、成功しているコモンズの多くは、「政府」か「民間」のどちらかではなく、双方の特性をあわせもつ「自主的組織」でルールを運用していることを発見しました。またそれをゲーム理論に組み入れ、理論的にも「コモンズ」の保全管理が成立することを実証しました。さらに、コモンズの保全管理に成功する条件として、表1の8つの原則を挙げました。これらの多くが整うと、共同体で信頼や協力関係が醸成され、うまくいくといいます。

コモンズの失敗・成功例として、フィリピン・ボホール州の灌漑システムがあります。失敗している地域では、個人が受け取る用水量と負担(徴収料金・労働提供)の間に不公平感があったり、水路の清掃をサボったときなどの制裁がなくフリーライダーが横行していたり、発言権が不公平などの事象が見られます。一方でうまくいっているブサオ共同灌漑システムでは、灌漑面積(26ha)やメンバー(145名)が明確で、負担(収穫米の10%)は公平感あり、紛争はあっても容易に解決され、近隣31地域で唯一メンバーからの費用徴取率が100%となっています。ルール決定への発言権やコミュニケーションも公平であるため、参加者も貢献に意欲的となり、コモンズがうまく機能しています[6]。このようにオストロムの8つの原則を多く備えているコモンズは、参加者もやりがいを感じ、信頼や協力関係が醸成され、社会と個人がウェルビーイングでサステナブルな形でコモンズが機能し、数世代にわたって安定的に運用されています。

コモンズに対するオストロムの考え(ソート)は、世界のコモンズ研究にうねりを起こし、「コモンズ・ルネッサンス」[7]をもたらしました。コモンズ・ルネッサンスによって、コモンズへの関心が非常に高まるとともに、森林や、漁場、農場、土地、水などの自然資源にかかわる「伝統的コモンズ」以外の「ニューコモンズ」も着目されるようになります。

ニューコモンズとして、文化や交通、教育、医療などにもコモンズの概念を取り入れることにより、「政府」と「民間」という二分法ではなく、双方の特性をもった自治的な方法で、社会と個人にとってサステナブルでウェルビーイングな運営方法・未来像を探索されるようになりました。

「ニューコモンズ」は、オストロムと共同研究をしていた、ヘス・シャーロットにより以下の7つにマッピングされています[8]。
・文化コモンズ
・近隣コモンズ
・インフラストラクチャーコモンズ
・知識コモンズ
・医療・健康コモンズ
・市場コモンズ
・グローバル・コモンズ

上記7つのコモンズの下位概念をマッピングしたものを図1に示します。このマッピングのグローバル・コモンズに「宇宙」が入っています。シャーロットは、テクノロジーの進化に伴い、手に届くことになったニューコモンズとして、宇宙、深海、南極、ヒトゲノム、インターネット、周波数帯域などを挙げています。

さらに現在では、著作権の範囲内でデジタルコンテンツを共有するクリエイティブ・コモンズや、ブロックチェーンを用いたコモンズの管理など新しいテクノロジーとあわせた概念も出現し、人類の新しい創作活動や、世界規模で協力しあう未来社会などが模索されています。

宇宙ビジネスの時代に突入した今、宇宙コモンズについては、国家間だけではなく企業や民間団体も入れたルールメイキングが必要になってきています。また多様な宇宙活動の拡大により、「グローバル・コモンズ」としての宇宙だけでなく、「知識コモンズ」や「インフラコモンズ」「文化コモンズ」としての宇宙も議論するときがやって来ました。次号では、宇宙コモンズをマッピングし、コモンズとしての宇宙の可能性を探っていきます。宇宙コモンズのルネッサンスを目指して。

文:IISEソートリーダーシップ推進部 佐野 智

佐野 智
JAXAに長年勤務し社会課題解決に向けた新規宇宙事業創出に尽力。内閣府(衛星を利用した社会実装プログラムを推進)を経て現職。博士(理学)。

参考文献


[1] Elinor Ostrom, Swiss Political Science Review 6(1):29-52 “Reformulating the commons
[2] 三保学、法社会学2010(73),148-167 “コモンズ論の射程拡大の意義と課題
[3] Garett Hardin, Science, 1968, Vol.162, 3859, 1243-1248
[4] Carl Rose, 1986, Univ. Chicago Law Review, Vol.53, 3 “The Comedy of Commons
[5] Elinor Ostrom, 1990, “Governing the Commons: The Evolution of Institutions for Collective Action, Cambridge University Press
[6] 角田宇子、2018、灌漑プロジェクトの成否の要因、ARDEC59号、
[7] Clippinger, John, and David Bollierm, 2005, A Renaissance of the Commons:, Massachusetts Institute of Technology
[8] Hess, Charlotte,2008, Mapping the new commons, Social Science Research Network