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十字路に立っていたのは、、

「乗せてくれてありがとう、トニーだ」

「ノーカントリー」の大ヒットとアカデミー4部門受賞で、もはや時代を代表する監督の一人(兄弟だから二人ですね)といっていいコーエン兄弟が監督の、「オー・ブラザー!」2000年作。当時はあまり音楽面は謳われておらず、それでつい見逃していたのですが(僕が油断していただけですが、、)、見てみると音楽に関してもかなり深い考証がなされていて、ロードムービーであると同時に、立派な音楽映画でした。

物語は監獄を脱走した三人の男たちが道中で巻き起こすドタバタ劇ですが、じつはホメロスの「オデュッセイア」が下敷きに(囚われた主人公の不在で、妻が求婚され、復讐)なっていたりと、ふざけているようでよく考えると深い、見終わった後に何かずしん、としたものが残る、いかにもコーエン兄弟らしい作品です。

音楽に関してですが、まず劇中、最初に逃げ込んだ家で流れるラジオ。

「覚えてて、クッキーやビスケットを作るときは冷えたきれいな水とパピー印の小麦粉を」

とDJが語るのですが、これはアーカンソー州ヘレナのラジオ局から当時デルタ一円に向けて放送されていた「King Biscuit Time」のパロディであることに間違いないでしょう(こちらも、スポンサーは小麦粉の会社)。また、中程、ジョージ・クルーニーが焚き火に新聞をくべるシーンがありますがよく見るとその日付はしっかり1937年となっています。これはロバート・ジョンソンが亡くなる前年です。

途中三人は十字路に佇む、ギターを持った黒人を拾います。これはもちろんロバート・ジョンソンの「クロスロード伝説」のパロディな訳ですが、冒頭でも書いた通り、黒人青年は「トニーだ」と名乗ります。これはロバート・ジョンソンよりもひと世代上のやはりブルースマンだったトミー・ジョンソン(1896–1956)のことだと思われますが、このクロスロード伝説は現在では、トミージョンソンのことだったという説が有力です。安易に「ロバート」としないところが、流石です。もっとも、例えば

(ハウリン)ウルフはトラクターの運転手だったんだ。知ってるかぎりの話じゃ、洞窟から、まったく人里離れた場所から、まる一週間休んだあと這い出てきて、おれたちに演奏してみせた。あいつは魔術師だって思ったね”

ジョニー・シャインズ/ロバート・ジョンスン-伝説的ブルーズマンの生涯

これはジョニー・シャインズがハウリン・ウルフについて語った言ですが、このように、「しばらく見ないと思ったら突然現れ、凄腕のブルースマンになっていた」というのはこの時期のブルースマン達の、ある種の共通したイディオムだったと思われますので、似たような話は当時、いくらでもあったのかもしれません。

また、焚き火を囲むシーンで、トミージョンソン役(クリス・トーマス・キング)によって歌われるブルースは、スキップ・ジェイムス(1902-1969)の"Hard Time Killing Floor Blues"が使われているところも、渋い。上の動画は本人の晩年のものです。後にCreamが取り上げる"I'm So Glad"で彼はロックファンにも名が知れました。また、劇中の最後で主人公らは、意図せずに上記の「パピー印」という会社の社長でもあり、知事選挙に立候補しているパピー・オダニエル(チャールズ・ダーニング)の選挙協力をしてしまうのですが、これも、そもそもブルースの最初のローカルヒットはW.C.ハンディの「メンフィス・ブルース」だった訳ですが、これは1908年(出版されたのは1912年)にメンフィス市長だったエドワード・クランプの為の選挙応援ソングだった、ということを踏襲しているのかもしれません。

といったように、さすがコーエン兄弟、物語自体も当然ですが、その使われる音楽に関しても精緻に考証され、考え抜かれています。もはや「ブルース映画」と言ってしまっても良いほど、音楽ファンを納得させる内容の映画でした。まだ未見の方は、ぜひ。

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