【問】前髪を巻くのにかかる時間と、巻きが取れるまでの時間を求めよ。(配点10)

7:30

2度目に聞いたアラームよりも力強い雨音に叩き起される。あー、雨か。観劇に行く服装を昨日から考えていたのに計画は全て台無しになった。最悪な気持ちで体を起こし、仕込んでおいた二重まぶたの状態を確認する。夜中に泣き腫らしたせいで満足いく形ではない。まあ、及第点といったところか。
アイプチを落とし、軽く化粧をすませ、伸ばしっぱなしの前髪をアイロンで雑に巻く。微塵も着るつもりではなかった洋服に重い腕を通し、全く使う予定ではなかったリュックサックを引っ張り出す。財布、携帯、化粧ポーチ、折りたたみ傘を乱暴にリュックサックへ放り込む。

8:30

開場まで、あの化粧品を探さなければ。田舎ではお目にかかれなかったシロモノも、きっと大都会になら一つや二つ転がっているだろうと、雨に濡れた前髪を気にしながら久々の東京に思いを馳せ、電車に乗り込む。

10:00

駅ビルの開店を待つ。タイムリミットは2時間。12:30には浅草に居なければならない。それまでに絶対にあれだけは手に入れるぞと意気込み、1つ、2つと足早に心当たりのある店に駆け込んだ。

11:00

タイムリミットは2時間のはずだった。私の化粧品探しの旅は靴擦れと腰痛を悪化させただけの虚しい結果に終わった。踵と腰を庇いながら浅草行きの電車に乗り込む。お腹がすいた。そういえば朝から何も食べていない。

11:30

仲見世通りは人が多くてうんざりするので足早に通り過ぎる。通り過ぎたは良いが何にせよ会場の場所をすっかり忘れていた。本当に3歩進んで2歩下がるを実施している人間など傍から見たら異常でしかないが、今の私には周りにどう見えてるかなど考えている余裕はない。ここで道に迷って劇場までたどり着けずに終演を迎えようものなら私はただ新たな靴ズレを生成し椎間板を虐めただけのアホになってしまう。そんな事態になってたまるか。

12:40

一般的に方向音痴の勘は信じてはいけないとされているが、私は違う。適当に歩いていたら着いていたということが何度もある。予期していない形で一番乗りに劇場に着き、なんのためらいも恥じらいもなく最前列のド真ん中を陣取る。相変わらず腰は痛いが、芝居に集中していれば気にはならないであろうことを信じてファンタジーの世界に入り込むとしよう。

13:30

まさか腰痛よりも尿意が上回るとは予想外だった。おしっこしたい以外の感情が無い。非現実の世界を覗きたくてもパンパンになった膀胱がそれを許してはくれなかった。ていうか覗いている場合ではないし何よりこの切羽詰まった状況がファンタジーであってほしいと願いながらトイレへ行くタイミングを伺っていると、役者がかなり目の前で芝居をしてくるためびっくりして危うく放尿しそうになった。もう話の内容などほとんど覚えていない。トイレに行かせてくれ。

13:45

ああ。コーヒーだ。小腹を満たしたかったためにコーヒーゼリー飲料をついさっき飲み干したんだった。と便器に座りながら観劇者としてあるまじき行動を振り返る。トイレの個室に漏れてくる役者のセリフが、妙に切なく聞こえた気がした。

16:00

ドトールで朝食兼昼食兼夕食をすませる。
下り列車に揺られ、バイト先へ向かう。腰痛が限界に来ているためどうすればまともな理由でバイトを休めるか考えている間に最寄り駅に到着する。そういえば今日バイト私一人だった。絶対に休めない理由を見つけてしまい、最高に大きなため息を吐き出す。もう既にこだわりのカールをつけた前髪はへこたれた直毛になっていた。帰りたい。

22:30

地獄のような腰痛に耐えながら4時間のレジ打ちを終えて帰宅する。やや乱暴に化粧を拭き取り、ベッドに倒れ込む。特に何の成果も残せていないのに、とても大きな仕事を片付けてきたかのような疲労感がのしかかってきた。明日の授業なんだっけ。課題とか無かったよな。あのセリフ良かったな。私ならこんな芝居するけどな。うつ伏せになりながらそんな事を考えているうちに私の一日は終わっていった。


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