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壊れそうな我が家のはなし(9)

これから天気が悪くなるのを、頭が痛くなったり、古傷が痛んだりでわかる人がいるが、アルツハイマー型認知症の実父の場合、天気が悪くなる前には怪しい行動に出た。

夜中に階下の両親の部屋から何やら大きな声がするので、階段を下りてみると、ポロシャツに着替えて今から外出するような姿の実父と、パジャマ姿の実母が言い争っていた。
実父は今から家に帰るのだと言い、実母は「ここがお父さんの建てた家」だと言い続けている。住んでいる家を建てて20年を超えるのに、そして、住宅ローンも父母で一生懸命繰り上げて返したというのに、そのことは実父の記憶には全く残っていなかった。そして、そういう「深夜の不毛な論争」が起こるのは、翌日天気が悪くなる日に多かった。

認知症の診断をしてくれた病院から、「ショートケアに来ませんか?」と誘われ、実母は週に2度ほど、実父をショートケアの迎えの車に乗せ、送り込むことになったのはこのころ。
午前中の短い時間が、実母にとって、実父がいる間にできないことをこなす時間になったが、それでも、天気が悪い時は行きたがらないこともあった。

天気がいい日は、覚えていないなりに、そんなに悪い状態でもなかった。
日の当たる場所の椅子に座り、膝の上に猫を乗せ、なでながらうつらうつらし、そのうちいびきをかいて寝ていることも多かったぐらいなのだが、風が強い日や、これから天気が悪くなるという時は、落ち着かないのか、ずっと家の中を歩き回ったり、家の外に出ては、家の外観や周辺を眺めていた。

やがて実父の認知症はじわりと悪化。ショートケアに行っていない昼間はうたた寝をしていたので、夜は目が覚めている。そして天気が悪いと、決まって騒ぎ出す。
家に帰る、帰らないの話はいつものことだったが、ある夜、実父が新たにこんなことを言い出した。

「墓が倒れている」。

先祖が眠る墓が、倒れているという。

短時間、眠りに落ちた父が見た、一瞬の夢。
夢も現実も区別がつかない実父は、倒れた墓を元通りにしに行くという。
時計の針は0時をはるかに越えている。
着替えて出かけようとする実父だが、免許証は取り消され、行く手段は当然ない。それでも、駄々っ子のように墓に行くと言ってきかない。

手段なく、私が実父を墓まで車で連れて行こうとすると、実母に制された。
「私が連れて行く」と母は言う。私が翌日、仕事で早いのを知っている実母は、そうして、実父を助手席に乗せ、車で20分ほど離れた墓地まで、深夜のドライブに出かけてしまった。

やはり、風が強い日だった。

それ以降、風の強く、雨戸がガタガタいうような日に、実父は家に帰るとか、墓が倒れていると言い、墓の場合はそのたびに実母は実父を助手席に乗せ、墓地まで出かけて行くようになった。

実母によると、実際には実父にとっては、自分の両親も兄弟もみな健在という意識だったので、その墓に誰が眠っているかはわかっていないようだという。
しかし、墓の無事を確認しては、安心して帰路についていたという。

果たして、墓は誰の墓という意識だったのか。
それを現在の実父に尋ねてももうわからない。
そして、実父の「帰る家」はどこだったのか。
それについては、後々、類推できる事件が起こる。

(続く)

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