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壊れそうな我が家のはなし(11)

認知症の実父のトラブル話をすると、ほぼ「行方不明」の話に終始する。殴る・蹴るなどの暴力沙汰になる認知症もあるらしいので、そこはまだ幸いだったのかもしれない。

この「行方不明」も、タクシーで出掛けるのを防ぐために財布を取り上げると、自転車での徘徊が続き、自転車を処分するに至ったわけだが、この自転車も少々曰くつきだった。

ある時、実父が自転車を購入してきたのだが、それは「クロスバイク」と言われる、ロードレース用の自転車だった。
知人の自転車屋で購入したというが、70代の老人に、クロスバイクを売るような知人に心当たりはなく、返品するわけにもいかない。
サドルにまたがるのも大変なそんな自転車に実父は、何度もこけては乗り続けていたものの、最終的には危険なので、その種の自転車を乗りこなす別の知人に譲渡した。
まだ家族のだれもが「認知症?」とハテナを付けて感じていたころのことだ。

しばらくして、今度は防犯登録もされていなければ、ギアもない、俗にいう「ママチャリ」を持ってきた。それも誰かに譲ってもらったそうだが、誰からなのか聞くと「いいじゃないか」と激高した。それが2度の警察に行方不明事件として届けることになった自転車だ。実際に私も乗ったことがあるが、ギアがないので本当に乗りづらい。坂道の途中にある我が家周辺では乗れても、いったん坂を下ると上るのに大変苦労する代物だった。実父を乗せないと決めた後、何度か個人的に使ってはみたものの、やはり使い続けるのは難しく、破棄することになった。
そんな自転車なのに、よくもまぁ実父は長距離を走ったものだ。
「疲れ」も認知症では感じないものなのだろうか。

自転車を処分して以降は、とにかくふらりと出掛けて、家族が探すということが多くなった。
幸い、近所には線路も大きな川もないので、線路に迷い込んでの事故や、川に落ちるなどという可能性は低かった。
それでも、実父には子供用の携帯を持たせることにした。

元々実父は電話嫌いで、固定電話にもほぼ出ることはなかった。以前、実母と実父にも携帯電話をプレゼントしたが、「オレはこんなものは使わん」と言って、父は一度も使うことがなく、そのまま解約したことがある。そんな実父に子供用の携帯を持たせるのは至難の業だった。「はじめてのおつかい」ではないが、玄関で靴を履いている実父に気が付くと、家族の誰かが「お守りだから」と子供用の携帯を実父の首から下げる。それが電話だとバレないように細心の注意を払った。実父をひとりで外に出すのは若干の不安があったが、足腰が弱ってきている実母を、行くあてのない実父と一緒に動かすのはかなり難しいという事情があり、やむを得ないことだった。

実父にとってみれば、子供用携帯の小さくてつるんとしたフォルムが電話だとは思えなかったようで、そのまま普通に首から下げていたが、これが案外役に立った。「行方不明」とまではいかないが、出掛けたまま少し時間が経ったなと思うと現在地を検索する。すると大まかな場所がわかるので、そこに迎えに行く。見つけ次第「さあ帰るよ!」というと意固地になって、まだ帰らないとか、行くところがあるとか言い出すので、奇遇を装い「あ、お父さん、こんなところで何してるの?」と話しかける。すると大体、家に帰る途中だと言い、お前はどうしたんだ?と聞かれるので、「今、仕事帰り。一緒に帰ろうか」などと、実父を探していたことを全く口に出さずに促すと、足が家に向く。

認知症の父を少しずつコントロールできる、そんな気がしていた。

でも、そんなことはなかったのだ。

(続く)

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