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#008 Private Studio International

先日リットーミュージックさん刊行の音楽雑誌"Sound and Recording"2021年1月号にて、ノイジークロークの遠隔オーケストラレコーディングプロジェクトである"Private Studio Orchestra"(以下PSO)の特集が組まれました。その特集内で、私が主担当である派生プロジェクト"Private Studio International"(以下PSI)にも少し触れて頂きましたので、ぜひお手に取ってみてください。

今回はそのPSIについて、紙面では触れられなかった細部も含めて少し書いてみようと思います。

1.PSIの概要

PSIは、"PSプロジェクト"派生プロジェクトで、その中心であるPSOでは奏者全員自宅にいながらにしてフルオーケストラの収録を可能にする、というプロジェクトですが、PSIは世界の民族・伝統音楽"をターゲットにしています。伝統音楽を取り入れた楽曲を、一線級の演奏家と作り上げるという命題のもと、遠隔レコーディング技術等を駆使し、遠方・海外問わず、移動を伴わない収録・ディレクションを可能にしました。

この手法により、本来であれば海外収録にかかる費用、もしくは招聘にかかる費用(渡航費、滞在費、通訳費用など)を必要とせず、また移動も伴わないため、費用の低減コロナ禍における移動の制限にも対応しつつ、国内では難しい、珍しい伝統・民族楽器の収録を、本場の演奏家にオファーすることができます。

2.PSIを立ち上げたきっかけ

そもそもなぜ、海外アーティストに目を向けるのか。それは単純に、ゲームという媒体がワールドワイドなものになってきているという現代において、その開発に携わるクリエイターを、開発国のみの人間に限定する必要がないからです。ゲームはどんどん多様化されてきており、世界的なゲームデベロッパーは積極的に様々な人種・国籍・宗教などを持つスタッフを採用し、開発現場から常に一種の異文化交流を図っています。この異文化交流というものは、クリエイティブな仕事には欠かせないものです。

それは何も海外のデベロッパーに限ったことではなく、国内のデベロッパーでもこういう体制が増えてきつつあります。社員として正式に採用という例もあれば、プロジェクトごとに、という形でもありますが。

ノイジークロークの主業務である音楽制作・効果音制作・サウンド実装の中において、特に私自身の主業務である音楽制作という範疇では、国内に加えて海外の人材にも目を向け、そのエッセンスを取り入れたり共に取り組んでいくことで、よりゲームサウンドが表現できるものの幅を広げることができると思っています。

発端はPSOの立ち上げでした。弊社代表の坂本の発案で、コロナ禍の今、いかにして音楽制作、特に録音業務を継続していくかという、一種のBCPの一つの考え方に起因したもので、比較的ゲーム音楽では需要の高いオーケストラ収録にフォーカスしたものです。私自身もそのプロジェクトのサブメンバーとして遠隔レコーディングの手法の選定や各種ソフトウェアの検証等を試していく中で、そもそも従来のレコーディングのようにスタジオ収録を前提としないならば、その場所が国内在住の方の自宅だろうが、海外在住の自宅やスタジオだろうが変わりはないのではないか、という考えを持つようになったことが、PSIの立ち上げのきっかけになります。

また、ゲーム音楽は実に多様な音楽ジャンルを呑み込んでいて、クラシック・ロック・メタル・EDM・ジャズ・伝統音楽等、そのゲームのテイストやジャンル等によって、いくらでも取り入れられる複合的な性質を持っています。そして、それぞれの楽曲のクオリティを上げていく中で、生楽器を想定した楽曲に生の楽器演奏を取り入れていくというのは必然的な流れです。だからこそ、ゲームの音楽であっても、ハリウッド映画にも引けを取らないようなフルオーケストラで収録することもあれば、一線級のジャズプレイヤーに演奏依頼をすることもあるわけです。

こうした中で、私が個人的にまだまだ国内では発展途上にある、と思うのが伝統音楽を取り入れたものになります。

例えば、アイリッシュ音楽などは昨今日本でも市民権を得つつあり、ゲーム音楽のみならずよく取り入れられています。こうした伝統楽器演奏家というのは国内にももちろんいらっしゃいますが、中には国内では極めて演奏家の少ない珍しい楽器や、ソフト音源でも存在しないような楽器などもあります。このプロジェクトを通して、そういったものをゲーム音楽に取り入れていければ、更にゲーム音楽の表現の幅が広がり、ひいては互いに、伝統音楽の分野の人にゲーム音楽をゲーム音楽の分野の人に伝統音楽に興味を持ってもらうことができるチャンスを広げていけるのではないかと考えます。

それ自体は、もちろん、海外で収録する、あるいは演奏家を招聘する、といったことをすれば現在でも可能ですが、課題がいくつもあります。

3.海外演奏家を起用する際の課題

まず、何と言っても費用がかさむことです。渡航費用滞在費用、これは行くにしても招くにしてもかかってくるものですし、そこに当然演奏家へのギャランティもあるので、比較的バジェットに余裕のある案件でしか行えないというのが現状です。また、今回のコロナウイルスのように世界的な苦境下では、そもそも渡航そのものが難しくなっています。

また、人材発掘契約回りレコーディング時の双方向の意思伝達など、言語の違いに起因する問題の解決も必要になります。海外エージェントや通訳を挟んだり、国際業務に明るいライツの管理者の確保、そしてレコーディングで最も重要な「作家」と「演奏家」のディレクションなど。

こうした課題を踏まえると、なかなか気軽にはできない、ということになってしまいます。

私自身、これまで「この場面にはこの楽器を使いたい!」と思ったことが何回もありました。しかし、そもそも国内に演奏家がいない、もしくは打ち込み制作のための音源がない、あるいは音源があったとしてもちょっと仕事では使えそうにない、などを理由に、それらを断念してきたこともあります。これは、もちろん与えられた予算の中でいかにできる限り最高のものを提供するか、という理念も働かせますが、それでも、どうやっても表現したいものに到達できない、ということもあります。

それらをクリアするために立ち上げたのがPSIです。

4.PSIのメリット

まず、PSIであればお互いに移動することがないので、渡航費滞在費が一切かかりません。

また、私は楽曲制作を主業務にしていますが、英語・フランス語・スペイン語などを話しますので、上述の人材発掘契約回りレコーディング時の双方向の意思伝達などの言語に起因する問題に対して有利に動くことができ、間にエージェントや通訳を介することなく、直接やりとりができます。

海外の演奏家は、確かに多くの人が英語を話しますが、それでもお互いに母国語ではない言語での意思疎通には齟齬がつきもので、レコーディング時や契約時などにおいて、様々な障害を起こしかねません。そういったものを最大限排除するために、なるべく相手の言語に合わせて意思の疎通を図る、ということを目標としています。

更に言えば、仮に通訳を介したとしても、もちろん費用もかかる上、その多くの方々は音楽制作の専門家ではありませんので、いわゆる業界用語スタジオワークでの慣習などに不慣れである危険性が高く、スピード感が落ちてしまいます。

それを私が直接、演奏家さんとやり取りをすることで、スムーズに、双方が気持ちよく制作ができる環境を構築していくということをしていきます。

現在、フランス在住の伝統音楽の分野界隈では著名な演奏家2名を中心に、様々な案件に対応できるように地盤を構築しており、ゆくゆくはスペインやアイルランドなどにもコネクションを拡げていきたいと考えております。

5.PSIの実用例

そこで、このPSIを利用して、ひとつのデモ楽曲を制作しました。

アイリッシュ・ジグスタイルのセット風オリジナルインスト楽曲です。これにゲーム音楽的なアプローチやアレンジを加えることで、あまりプリミティブ過ぎることなく、しかし本場の演奏を感じて頂けるかと思います。

参加アーティスト・スタッフは以下の通りです。

●作曲・編曲
藤岡竜輔(ノイジークローク)
●アイリッシュフルート・ティンホイッスル・イーリアンパイプス
Sylvain Barou(シルヴァン・バルー)
●シターン
Ronan Pellen(ロナン・ペレン)
●フィドル
Soazig Hamelin(ソアズィグ・アムラン)
●アコーディオン
Jaouen Le Goic(ジャウアン・ル=ゴイク)
●バウロン・スプーンズ・ボーンズ
上沼健二
●ブズーキその他楽器
藤岡竜輔(ノイジークローク)
●ミックスエンジニア
込山拓哉(ノイジークローク)

上記2名のSylvain Barou、Ronan Pellen両氏に私がお声がけし、両氏にその他の楽器演奏家の斡旋を行って頂き、収録もフランス人演奏家4名についてはSylvain氏の自宅スタジオで収録を行っています。上沼健二氏については、私がお声がけし、同じく自宅スタジオで収録を行って頂きました。

今回のデモ楽曲の演奏にかかる契約回りも、フランスでのフリーランス演奏家の慣習や税の仕組みなどをヒアリングした上で、私が窓口となり締結しましたので、法務的にもクリアになっております。

6.まとめ

PSIの利点をまとめますと、一番大きなポイントはやはりコストが大きく削減できること。そして制作面はもちろん、対応の難しい契約面や条件面などもノイジークロークで代行しますので、譜面や収録に必要なセッションデータをご用意頂ければ、ディレクションなどの際に連絡を取り合うことはもちろん発生しますが、基本的には楽曲制作に集中することができます。また、スタジオワークの経験がない方や、海外とのやり取りが不安に感じられる方にもご活用頂けます。

私はこのプロジェクトを通して、日本国内にもっと世界の伝統音楽を取り入れた音楽を拡げていき、伝統を重んじつつ、新しい音楽をゲームを通して楽しんで頂きたいと思います。ひいては異なる分野の人々が「国境を越えて密になる」ことで作り上げることのできる作品の探求とその楽しさを共有できれば、プレイする側も作る側も、ゲーム体験がより豊かなものになっていくとのではないかと思います。

ご質問等ありましたら、ぜひノイジークローク公式ウェブサイトのPSIページからお寄せください。

http://www.noisycroak.co.jp/works/product/psi_jigs_those_were_the_days_set_JP.html

それでは!

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