見出し画像

#007 楽器を「触る」ことの重要性

こんにちは。

今回は、「楽器を触(さわ)ることの重要性」について、書いてみたいと思います。主に音楽制作をされている、あるいは興味のある方向け、にはなってしまいますが、ぜひ。

さて、現代では、私たちのような音楽作家は、基本的にPCを使い、DAWシーケンサーソフトや譜面制作ソフトといった、「音楽制作ソフト」で制作をしています。また、それらと一緒にバーチャルインストゥルメント、いわゆる「ソフト音源」を使うことで、最近では打ち込みだけでも生演奏に引けを取らないクオリティを再現できるほど、高品位に仕上げることができます。これらを全く使わない、という方もいらっしゃると思いますが、かなり珍しいんじゃないでしょうか。

このソフト音源というものは、シーケンサーソフト内で立ち上げて、音符(MIDI)を打ち込むと自分が選択した音色で再生をしてくれるものです。僕たちはそうした複数の音色を組み合わせて、最終的に曲の形にしていきます。また、このソフト音源は実直に自分が打ち込んだものをそのまま再生するので、極端に言えば「BPM180の32分音符のフレーズをピアノに演奏させる」「4音以上の和音をヴァイオリン1台に演奏させる」という、現実には不可能なこともできてしまうわけです。つまり、楽器そのものを全く知らなくても、音色が使えて、それを取り入れた曲の制作ができるわけです。

画像8

私が使用しているProToolsの画面

誤解のないように初めに言っておきますと、打ち込みを否定するつもりは全くありません。打ち込みだからこそ表現できるフレーズや和声は当然ながら存在しますし、場合によってはむしろ打ち込みで作った方がいい結果が得られることも少なくありません。ですが、本来生楽器であるものを打ち込みで制作する場合、もしくはデモを打ち込みで制作し、のちに演奏家に演奏してもらう場合だと、ただ単にその楽器の音色を知っているだけでは、上手くいかないことが多いと思います。

例えば、その楽器に演奏できない音域を使っていた、その楽器にとってものすごく演奏が難しいフレーズやキーになっていた、もしくは演奏不可能だった、その楽器の特性が活かされていないフレーズだった、などなど。

こうしたものは、なかなか「いち音色」として日々使っているだけでは、気づきにくいでしょうし、そもそも生演奏を前提としていないものなら別にいいじゃないか、とも思われるかもしれません。ですが、私個人としては、作家は使おうとしている楽器をある程度知っておくべき、だと思います。音楽教育で作曲科や指揮科、演奏科などを専攻している人であれば、オーケストラ楽器の音域、音域による音色の特性、楽器の演奏性、音量などを学びますし、これは制作・表現にあたっては必須条件でも大きな武器でもありますが、私のように音楽教育を受けていないような人間にとっては、より一層、楽器をある程度知っておくことは非常に重要だと思います。

その近道が、今回のテーマである楽器そのものに触れる機会をつくることだと思います。もちろん、気軽に手に入れられない楽器もたくさんありますが、できる限り、です。

そのため、私は個人で、以下の楽器を所有しています。

●弦楽器
アコースティック・ギター
エレキ・ギター
フラメンコ・ギター
クラシック・ギター
クラシック・マンドリン
テナー・バンジョー
エジプト・ウード
バーラマ・サズ
ヴァイオリン

●管楽器
クラシックフルート
ティン・ホイッスル
ロー・ホイッスル
アイリッシュ・フルート
ガイタ・ガレガ
スコティッシュ・スモールパイプス
ハイランド・パイプス
イーリアン・パイプス(プラクティスセット)
葫蘆絲(フールースー)
アルト・リコーダー
テナー・リコーダー

●パーカッション
スプーンズ
ボーンズ
フレームドラム

上記全てが完璧に演奏できるわけではもちろんありませんが、これらは、私が日々の仕事として、あるいは趣味として、音楽制作をする上で、必ず何かしらの役に立ってくれています。

例えば、僕のメイン楽器はギターで、大して珍しくもありませんが、身近な楽器の割には、触れていないと意外と面倒な楽器なのです。具体的に言うと、ギターが弾けない人がギターパートを作ろうとすると、よほど時間をかけて研究するか、あるいは演奏家に丸投げして代わりに作ってもらう、ということでもしない限り、苦労すると思います。

色々ありますが、特徴的なところだけみてみると、まずギターは和音の積み方がピアノなどと異なります。ちょっと複雑な和音、例えばC13(構成音:CEGB♭DFA)というコードは、ピアノだと以下のように詰めます。音部記号がありませんがト音譜面です。

画像1

しかしギターだと以下のようになります。(1例、1オクターブ下)

無題

また、ギターには同音異弦がかなり多く、クラシックギタリスト以外は通常TAB譜というものを使います。TAB譜では五線譜ならぬ"六線譜"で表し、何番目の弦の何番目のフレットを押さえるか、を数字で表します。上記のC13をTAB譜で表すと、以下のようになります。

画像3

そして、このようなコードが頻繁に出る譜面をギタリストに渡したら、高確率で渋い顔をされると思います。

この時点で、ギターを弾いたことがない方にはわからないことが2つあったと思います。ひとつは何故和音の積み方が違うのか。もうひとつは何故渋い顔をされるのか。

まずひとつはギターの構造上の問題です。そもそも弦が6本しかなく、その上指板を抑える手の形には限界があるため、こうした和音はそもそも全ての音が出せません。そのため、オミットと言って(これはギターのみで発生するものではありませんが)構成音の中から任意の音を除外(=オミット)することで演奏を可能にしています。上記であれば、構成音のうちGFをオミットしています。ただしこれはどの音でも良いわけではなく、コードを決定づける、またはそのコード自身が持つ響きを最低限担保できる音は残さなければなりません(なぜGFはオミットして良いか、というのは音楽理論的な話になってしまいますので割愛します)。

また、ギターのコードフォームには1コードにつき5~6種類あり(転回形含む)、「1例」としたのはこのためですが、比較的演奏のしやすいローポジションだと、上記のようになります。

しかしこれ、やってみると、結構難しいのです。ギターを持っている方はやってみてください。これが2つ目の理由です。これこそが、ギターを触ったことがないとわかり得ない部分です。

ギターはジャンルによりけりですが、基本的には伴奏を担当することが多い楽器で、これもジャンルによりけりですが頻繁にコードチェンジをします。その時に、仮に上記のようなコードばかりだとプレイアビリティ(演奏性)が損なわれ、結果としていい演奏ができない、ということに繋がってしまいます。ここで大事なことは、演奏技術の良し悪しと、プレイアビリティは全く違うものです。人間が演奏している以上、どんなに複雑で難しく聞こえる和音やフレーズであっても、プレイアビリティは損なっていないのです。

さきほどのコードは、ジャズやボサノヴァなどで良く使われていて、アンサンブルとの兼ね合いもありますが、実際にはもっと簡略化されることも少なくありません。

では、上記のようなコードが頻発するような曲はダメなのか?ですが、それは違います。こうしたことを気にするあまり、肝心の音楽性や表現したいことが失われてしまうようでは、元も子もない。じゃあどうしたらよいか?

そこで必要なのが、アレンジ能力です。このC13のいうコードの響きを、如何に自分の作ろうとしている編成で再現するか?ということです。簡単な例ですが、4ピースバンド(Vo、Gt、Ba、Drs)という編成の場合であれば、以下のようにそれぞれのパートに分けることができます。(上からGt、GtのTAB、Ba、Voの順です)

画像4

ベースが根音の"C"を担当することで、ギターのコードから"C"を省略することができます。また、この場合は歌メロが"A"に行くことによって、この"A"も省略することができ、ギターは残ったEB♭DFを演奏すればよくなり、コードフォームがかなり簡略化されました。これでどのパートにも無理がないので、プレイヤビリティを損なわず、表現することができます。

こうしたアレンジをするときに、それぞれの楽器をよく理解できているかどうかが必要になってくるというわけです。そこで最初の方に戻ってきますが、手っ取り早い方法が、自分で触ってみる、です。ある程度演奏できるレベルになればなお良しです。プロ並みの演奏能力がなくても、「触れるからこそわかるもの」は、文章には表しづらいのですが、必ず役に立ちます。

私の場合、ずっと伝統音楽が好きで聴いてきていて、自分の曲にも取り入れたいと思ったとき、最初の頃は全く楽器を触らずに見よう見まねで、耳で得られる情報だけを頼りに作っていました。しかしある時、何度やっても違う気がする、という壁に当たりました。その時に実践したのが、先ほどより繰り返している自分で楽器を触ってみよう、ということです。

ここで、私が触ってきた楽器の中で特に役に立っているもののひとつ、「ティンホイッスル」を例に挙げます。ティンホイッスルとはアイリッシュをはじめとしたいわゆるケルト圏の楽器の中でも最もポピュラーな縦笛で、日本にも愛好者・演奏家がたくさんいます。音を出すことそのものは非常に簡単な楽器で、運指もリコーダーよりシンプルで、吹けば音が出ます。

しかしその奏法は奥深く、譜面を追って吹くだけでは全く「アイリッシュ感」がありません。それは、楽器編成だとかスケールだとかにももちろん「アイリッシュがアイリッシュたるエッセンス」はあるのですが、その中でも「装飾音(グレースノート)」の存在が大きいからです。装飾音というのはどの楽器にもあるものですが、アイリッシュでは特にその存在が大きく、さまざまな奏法があり、もっともこの音楽のを作っていると言っても過言ではありません。

アイリッシュの大半は、トラッドチューンという、伝統的に受け継がれている膨大な楽曲群で形成されています。アイリッシュには「パブセッション」という文化があり、老若男女パブへ楽器を持っていき知人他人に関わらず一緒に演奏を楽しむというもので、そこで演奏されるのがトラッドチューンです。そんなトラッドチューンから一曲選んで例としてみたいと思います。

画像6

上記の譜面は、"Christy Barry's #1"というトラッドチューンの一部分です。譜面だけ見ればものすごく簡単ですが、これを「アイリッシュ的」に吹きたい・打ち込みたい場合、どうすればいいのでしょうか。

まず、この譜面の通りに打ち込んだものを聴いてみてください。

かなりべたっと、抑揚のないものになってしまっていると思います。これは打ち込みだからとかという問題ではなく、上記の装飾音がひとつも入っておらず、アイリッシュの曲であっても、アイリッシュっぽくありません。

では今度は、全く同じパートに装飾音を付け加えたものを聴いてください。

どうでしょうか?かなりアイリッシュらしいノリが出たと思います。打ち込みでも、ここまで持ってくることができます。

ちなみに装飾音を譜面化するとこんな感じです。

画像7

ちょっとだけ、装飾音について解説したいと思います。装飾音には種類がたくさんあり、それぞれに呼び方があります。

画像7

上記で使用しているのはこの4種類です。

カットは目的の音の直前に上の音は一瞬足すこと、タップは目的の音の直前に下の音を一瞬足すこと、ロールカット+タップスライドは指を滑らせて指孔をあけることによってポルタメントのような効果を得ることです。スライドは基本的にはすぐ下の音程ですが、カットタップロールはすぐ上、下の音を足すとは限りません。

これら以外にも、上昇の際にパッシングノート足して3連符にするトリプレット、タンギングで同音を3連符で鳴らすシングルノートトリプレット、目的の音の前に目的の音+上の音を経由して(クラシックでいうモルデント)鳴らすパット、上記のロール以外にも短い/長いロール、カットカット+タップを組み合わせたクラン、というものもあります。

更にこれらはそれぞれ好き勝手に使えばいいというわけでもなく、フレージングやビートアクセントを考慮して適切な場所で使わなければいけません。

こういう部分こそ、実際にこの楽器を触って演奏してきてこそ、身に着くのだと言えます。

繰り返しになりますが、楽器に触ることは、その楽器そのものの演奏能力のみならず、作曲家や編曲家に必要なアレンジ能力の強力な武器になるということです。上記のように打ち込みのみででもある程度生っぽいエッセンスを足すことができるし、もし演奏家に依頼をする際、ありえないような装飾音の付け方をしてしまったり、その楽器のプレイアビリティを損なうようなフレージングをしなくてすみます。また、さらに良く楽器を理解することで、その楽器のオイシイ部分を最大限引き出してあげることができ、結果的にこれも大事な要素である演奏家に喜ばれる、ということにも繋がります。

いかがでしたでしょうか。
次回は、幾度か記事を書いてきた言語習得と音楽と、今回のテーマの両方が活かされたものについて書きたいと思います。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
それではまた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?