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映画「ヒトラーのための虐殺会議」を見てきたけど

なかなか不気味タイトルですが、原題は「Die Wannseekonferenz(ヴァンゼー会議)」という映画です。Wannsee(ヴァンゼー)は地名で、ヴァンゼーで行われた会議という感じですね。

昔ドイツを旅行したときに宿泊したベルリン郊外の"ワナセー"という場所に似てるね笑…なんて友達と話していたらまさにここでした…。Wannseeをワナセーと誤読して、何も知らずに泊まっていたのです。

ヴァンゼーは小ぶりな駅があって、湖が美しい穏やかな街です。宿泊したホテルは1階に美味しいイタリアン料理店があって、レセプションのおじさんは優しくて…そんな素敵な場所ですが、かつて湖畔の邸宅で「どうやってユダヤ人を捕まえてきて大量虐殺するか?」を真剣に話し合ってたらしいです。

ヴァンゼー駅前の素敵なホテルからの景色

この映画の凄いところは音楽が一切ないことです。音楽がほとんど流れない映画はいくつかありますが(例えば、『沈黙 -サイレンス-』など)、この映画では本当に頭から最後のエンドロールまで音楽が一切流れないんですよね…。つまりこれは純然たる”議事録映画”なんです。見る議事録。実際、議事録をもとに制作されたテレビ映画(!)らしいのですが、音楽による演出が全くないため、これはまさに鑑賞者に多くが委ねられている映画ですね。

それにしてもこんな尖った映画がテレビスペシャルなんて…ドイツはやっぱり凄いですね。日本ならNHKスペシャルとかになって、少なくとも音楽は絶対つくし、あくまで”再現ドラマ”になると思うんですけど…やっぱり音楽がついた瞬間にそれはエンターテインメントになる。もちろん、小難しい歴史の話をエンターテインメントにすることで多くの視聴者に分かりやすく届けてくれるドキュメンタリーは素晴らしいし、NHKスペシャルは好きなんですけど、エンタメはあくまで視聴者という役になって眺めるものですよね。でもこの映画はBGMなどの「やさしい逃げ場」が存在しないため、最悪の会議に実際に参加させられている気持ちになります。

会議の内容はヨーロッパ中のユダヤ人をどうやって大量輸送するか?そして、それらをどう処理するのか?…というように最悪な感じですが、そこには悪役という感じの人はいないんですよね。むしろ一般企業の役員会議みたいな…各々が担当する部署の仕事をどう片付けるかみたいな。うちはもうたくさんユダヤ人を受け入れていて限界だ、とか、鉄道輸送ってどうやる?ユダヤ人を殺す役のドイツ兵が病んでしまったんだけど対策どうしようか?…みたいな、ごく普通のテンションな感じで進んでいくのが不気味でしたね…。

あとはドイツ人と結婚しているユダヤ人も収容所に連行するのか?それではドイツ人の伴侶が納得しないんじゃない?とか、じゃあクォーターはどうすれば…みたいな、いや、その話は今置いといて、どうやって大量に処理していくか考えよう、ユダヤ人にユダヤ人を処理させれば良いのでは?ああ、それなら大丈夫か。みたいな…。怖いですよね。

とにかくテンポよく話が決まっていき、最終的には万事解決、みんなで頑張ろう!って会議終わるんですけど、絶対参加したくないなこの会議…。でも普段自分が参加している会議がこんな感じになったら何か言えることあるかな。もちろん、先週まで働き方改革とかについて話し合ってたのに、急に今週から議題は効率的な虐殺についてです!になったら退職すると思いますけど、ゆっくりと時間をかけて、正当な手続きを経て、そういう雰囲気になったあと、日々の業務と同じぐらいに感じられるようになった後なら…分からないですよね。どうやって労働時間を減らすのか?と同じぐらいのテンションでどうやってユダヤ人を"特別処理"しよう?って話し合ってました。

幸い、この議事録を見て私たちは「不気味だ」とか「気持ち悪い」と思うことができますが、実際に会議に参加している人たちは全く疑問を抱いていなかった。

このように…よく出来た会議という仕組みで、人を殺める責任さえ薄めることができてしまうということが分かるホラー映画になっていますね。この怖さは音楽で彩られているエンタメには出せない味わいだと思います。ほんとに、音楽を一切つけないの凄いな…絶対に我慢できなくなってよく分からないピアノとかアンビエントみたいなふわふわした音楽付けたくなります!

…そうやって何にでも音楽をつけて物語にしてしまうというのもある種の麻痺なのかもしれないですね…。たまには演出盛りだくさんのテレビや映画ではなく、静かな本から知識を得るべきなのはそういうのも理由の一つなのかもしれないと思いました。

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