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映画「きみの色」を見てきたけど...

♪水金地火木土天アーメン〜

この特報、めっちゃ好きなんですよね。フレンチエレクトロポップな感じでとってもオシャレですよね。正直、この曲だけでこの映画を見に行こうと決めた人もいるんじゃないでしょうか?僕は完全にそうでした。

ということで意気揚々と映画を見に行ったんですけど、とても綺麗な映画でした。そう、とても綺麗なのです…。映画が始まってから終わるまで、ずっと美しいパステルカラーな色彩が画面を彩り続けています。色の映画ですからね。というわけで感想は「綺麗な映画だったね」になるわけなんです。

まぁこれはある意味、途轍もない映画ですよ。映画が始まってから終わるまでずっと綺麗で、繊細なのです。繊細とはどういうことかと言うと、要するに静かだということです。これは今作と同じ山田尚子監督・吉田玲子脚本・牛尾憲輔音楽の「聲の形」とか「リズと青い鳥」を見たときにも思ったことなんですが、とにかく映画が静かなんですよね。それはおそらく監督が思春期の少年少女たちの心の揺れ動きを一つも取りこぼさず描こうとした結果なんだと思います。本当に、普段生活している中では気にも留めないようなほんの僅かな感情の変化を収録しているようなものなんですね。同時に、これはテレビアニメでは絶対出来ないことでもあります。映画館という環境があるから成立することですよね。これに関してここまで追求しているのは多分世界でもこのスタッフたちぐらいだと思うので、世界的な映画賞を取ることも頷けます。

一方で…実際これを映画館で見ているときは身体が強張るんですよね。これは僕だけかもしれないんですけど、静かな映画を見ていると緊張してしまうのです。これは没入とは程遠い状態であり、あまりにも綺麗で繊細な画面と客席との間に明確な壁があるように感じます。個人的には静謐なシーンというのはやかましいシーンがあってのものだと思うのです。それはアニメーション的にも音的にも激しいものがあって、その直後にいきなり画がFIXになるとか、周りの音が無くなって主人公の心の声だけが響くとか、エンタメだとこういう定番の静謐演出があるわけです。「きみの色」はそういう分かりやすいエフェクトで壁を破ってくれないんですよね。逆に言えば、これは定番エンタメ作品を装いながらその実ありきたりな構成から敢えて距離を取ったアートにしているとも言えます。

ところで、これまでの山田尚子監督作品のアニメーション制作は京都アニメーションが多かったわけですが、今回はサイエンスSARUでした。とある映画レビューで「今作はアニメーションのレベルが低かった。京都アニメーションに制作して欲しかった」という聞き捨てならないものがあったんですけど、アニメーションのレベルとしては京都アニメーションにも劣らない素晴らしいものだったと思います。でもやっぱりサイエンスSARUって湯浅正明アニメーションの印象が強いからなのかもしれないですけど、もっと斬新なアニメーションを作ってくれる期待がかかっていると思うんですよね。今作は「色が見える」という共感覚を持っている女の子が主人公ということで、例えばライブシーンとかでは音楽にも色がついたりして物凄いアニメーションになって(ちょうどBLUE GIANTの演奏シーンみたいな)、これまで静かに繊細にやってきた映画が、ようやく締め付けられていた構成から解放されてクライマックスに向けて爆発するのか!?と思いきやそんなわけもなく。あくまで繊細を貫きました。爆発するサイエンスSARUパターンも見たかったですけどね〜。もちろん、それだったら山田尚子監督じゃなくて良いということになるわけですが…。

というわけで「きみの色」、とにかく綺麗な映画でした。後輩と一緒に見に行ったんですけど、映画が終わったあとは「いや〜綺麗な映画でしたね」と一言あって会話が終わってしまいました。でもそれだけで作られた映画というのは、これまでにない凄い純度の作品には違いないんですけどね。

あと予告編でミスチルが流れた時は違和感が凄かったんですけど、映画館で見たら思ったよりそんなに変じゃ無かったです。

やはりこれが良い曲すぎる。

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