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風船飛んだ(お花見企画参加作品)

お花見企画第2弾、2021夏  は、冒頭の一節がお題で、ひまわりの画像をつけて、とのことです。

ひまわりの画像は一昨年の淡路島、物語はもっと以前のものを見なおしての参加とさせていただきました。

主催の方の記事はこちら  ↓↓

◆風船 飛んだ◆

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容赦なく照りつける日差しが、夏の訪れを知らせていた。


丈の高いひまわりが 畑の一角にたくさん並んでいる。

立ち止まって見ていたら 花の間から年配の男の人が出てきた。 

曲がった背中をうーん、と伸ばした後、私が見ているのに気づく。

大きな麦わら帽子の下の畑仕事で日焼けした顔に 白い歯を見せて、その人は大きく笑った。

「今度は 風船に女の子がついて来たのかと思った」

「あ……」

何かのキャンペーンとかで駅前で配っていた風船を 何となく受け取ったまま持って歩いていたことに、今気づいた。

*

ひまわりの種と小さな手紙をつけた色とりどりの風船が、1クラスの人数分 青い空にいっせいに飛んだ。あれは 小学校最後の年の夏の終わり。

どうか 風に流されず、まっすぐ上へ昇っていって……祈るような気持ちで 風船を見続けた。

本当の気持ちなんて押し隠して 人に合わせてふらふら流されてるだけの 自分のことをどう書き表していいか解らなくって 風船につける自己紹介の手紙の文字を 書いては消し、書いては消した。

結局 小学校の住所、自分の名前と学年だけを なんとか書いて、ひまわりの種に添えた。

*

学校に葉書が届いたのは 卒業も間近い冬の終わりだった。

それは風船を受け取った人からのお礼、住所と名前、自己紹介として「小さな畑をやっている おっちゃんです」と書かれていた。

「あなたが風船につけて送ってくださった ひまわりの種、受け取っています。もうすぐ中学生、ひまわりで言うとまだつぼみをつける前、空に向かって ぐんぐん伸びている時期でしょうね。時期が来ましたら、畑の日当たりの良いところに植えたいと思っています。」

*
ほとんど同じメンバーで そのまま中学生になって 2年半が過ぎたけれど
ひまわりの種をつけて飛ばした風船の話は それからほとんど出ることもない。他にも受け取った人から手紙が届いた子もいたが、会いに行ったという話もない。気になってはいたが、いつの間にか忘れていた。

*

「みんな」が行く高校を 友達と見学に行くことにした日、電車の路線図に その駅名を見つけた。あの「おっちゃん」の住む町の駅だ。

「どうしたのぉ?行くよぉ」


初めて 「みんな」の声に逆らって反対向きの その駅まで 切符を買った。

**
知らない人相手に どうしてこんなに自分のことを 話せたんだろう。

ひと言でなんか言えない自分のこと、どうしても好きになれない自分のこと。興味もないアイドルの話に楽しそうにうなずき、嫌いでもない子を 「みんながするから」避けたりして 中学もまたそのまま終わろうしていること。

風船につけられなかった自己紹介のかわりに、書く事ができなかった手紙のかわりに、咲きそろったひまわりの中で「おっちゃん」といると、言葉が溢れるように出てきた。不思議だ。毎年ひまわりを見るたびに こうやって心の中で、この人に話しかけていたのかもしれない。

「おっちゃん」に頼んで、出来た種を少し分けてもらって包みに入れ 持っていた風船につけた。手を離すと風船は ふわりと風に流されて行く。 

──今度、風船をたくさん持って来よう。色んな想いをいっぱい託して、ここから 飛ばすんだ。

「おっちゃん」に 風船を持ってまた来る約束をして、帰りの電車に乗った。

みんなが行くという高校以外に 少し気になっていた別の高校も、今度 見に行ってみよう。


電車の窓の外遠く、風船が一つ、風にゆっくり流されながら、それでも高く高く昇って行った。


  風船飛んだ(了)

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