結婚指輪を失くした話④
続き
初日の朝。
魔女部長に挨拶したが、魔女部長はにこりともせず私を一瞥すると、無言で背中を向けてさっさと歩き出した。
「向こうでは何先生についてたの?」
「〇〇先生です」
「〇〇…?〇〇って誰だ?」
冷たい、吐き捨てるような言い方だった。
魔女部長の背中を追いながら、
こういうことかー
と思った。
あと、私の大事な〇〇先生を呼び捨てにするな!とも思った。
そして、魔女部長は私の名字が読めなかったし、最後まで正しい読みを覚えてくれなかった。
「なんでその漢字でそういう読みになるの?」
と聞かれた。
私の名字の1文字目の漢字の読みが納得いかなかったらしい。
確かに読み間違い・書き間違い・聞き間違いされやすい名字ではあるが、そんなに特殊な読み方ではないし、そう読めるからとしか答えようがない。
魔女部長は私のことを勝手に違う名前で呼ぶようになった。
読めなかった部分を、元の漢字とも読みとも全く関係ない違う音に置き換えた、全然違う名前で。
一度も正しい名前で呼んでもらえなかったと思う。
ずっと「彼女」か「(違う名前)先生」か、どちらかだった。
最初の何回かは正しい名前を名乗って訂正していた気がするが、魔女部長が一切覚える気がないのが分かったので、馬鹿らしくなってやめた。
他の人達は私の名前を正しく覚えてくれたが、魔女部長があまりにも間違い続けるので、
魔女部長の言う「(違う名前)先生」=私
という認識で動くようになった。
本当に、いちいち突っ込んでいられないくらい、当たり前のように間違い続けた。
特に自分の名字に思い入れはないが、こうも間違われ続けると気分が悪い。
どうせ違う名前で呼ぶなら、湯婆婆のように本名にちなんだアダ名を付けてくれた方がマシだ。
医師は魔女部長の他に2人。
多分、2人とも40代後半から50代くらいか。
魔女部長含めて全員大ベテラン、もとい、失礼を承知で言うならば、おじさんおばさんドクターしかいなかった。
初期研修・後期1年目と、同期や歳の近い先輩後輩と楽しくやってきた私にとって、この環境は新鮮だった。
悪い意味で。
魔女部長の部下は2人とも目が死んでいた。
魔女部長の下で長年働くと、こうなってしまうのか
失礼ながら、この2人を見てそう思ってしまった。
魔女と魔女に捕らわれた可哀想な奴隷2人…
いや、違う。
2人とも医局派遣ではないので、自分でこの職場を選んで就職したはずだ。
なのになぜこんなにどんよりしているのか。
嫌ならなぜ職場を変えないのか。
こんなに暗く活気のない職場ははじめてだった。
決して病院が古いからとか、常勤医の年齢層が高いから、だけではない気がする。
そんな中、外来スタッフさんたちの優しさと明るさは私にとって救いだった。
スタッフさんたちは突然来たヒヨッコの私を歓迎して可愛がってくれた。
皆、魔女部長の性格を理解して、うまく対処しているようだった。
いよいよ、3ヶ月の出向研修の幕開け。
果たして、私は無事にサバイブできるのだろうか。
(まあ、もうネタバレしてるようなものだけど)
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