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鉄皿(ステーキ皿)の起源

日本のレストランでは、ステーキやハンバーグは鉄皿に乗って提供される事が多いです。この記事のトップにあるようなやつですね。レアに焼いたステーキをアツアツの鉄皿に乗っけて提供して、客が好みの焼き加減に調節しながら食べる、というコンセプトです。実はステーキの本場アメリカでは現在この鉄皿を見かける事はあまりありません。試しにgoogleでsteakで検索してみるとこんな感じ。

鋳物に乗っている写真もありますが、それはあくまで調理段階のもの。提供されるときは普通の皿に乗ってます。それ故か、鉄皿は日本独自の文化である、という主張がネットで散見されますがそれは誤りです。

この鉄皿は英語ではSizzling Plateと呼ばれています。Sizzleを日本語にすると、「ジュワ~」です。これを世に広めたのはSizzlerというアメリカのステーキレストランチェーンでした。ですが、Sizzlerが広めたのでSizzling Plateなのか、Sizzling Plateを使うのが特徴だからSizzlerという店名にしたのか、はよくわかりません。なぜなら、ステーキを鉄皿に乗せて提供するというアイデアはそれより前に香港で生まれたものだからです。

1956年に、香港のMaxim'sという小さなレストランで、お客を呼び込むためのアイデアとしてこの提供方法が生まれました。Sizzlerの1号店は1958年に誕生しましたので、Maxim'sはその2年前ということになります。Maxim'sを経営していたのは香港人ですが、当時の香港はイギリス領ですから英語は公用語でした。なのでその時点でSizzling Plateと呼んでいた可能性はあります。

Sizzlerのオーナーは、ニューヨークで初めて鉄皿に乗って出されたステーキをみて、それにインスパイアされてカリフォルニアでSizzlerを始めました。香港のアイデアがニューヨークにわたったのか、それとも全く別の経緯でニューヨークに鉄皿があったのか、はわかりません。一説には日本人の経営する鉄板焼き屋が伝えた、という話もありますが、ニューヨークに鉄板焼きが上陸したのは1960年代なので、これは誤りである可能性が高いです。鉄板焼きと鉄皿を混同して、鉄皿のルーツは1945年、戦後の神戸で誕生した鉄板焼きの元祖「みその」である、と言う人もいますが、「みその」はあくまで鉄板焼きの起源であって、鉄皿の起源ではありません。

Sizzlerは日本のファミレスの原型となったレストランチェーンです。最盛期にはアメリカ西海岸を中心に270店舗まで増やしました。そしてステーキを鉄皿で提供する文化を流行らせました。Sizzling Plateで提供するステーキは文字通りSizzlerの看板商品でした。

1980年代のSizzlerのCM。鉄皿が確認できる。

この鉄皿が日本に伝わったのはいつ頃でしょうか。名古屋には鉄板ナポリタンというローカルフードがあります。その名の通り鉄板でスパゲッティを提供するというものですが、これは1961年に名古屋の喫茶ユキが始めたものです。

喫茶ユキの鉄板ナポリタン

喫茶ユキの店主がイタリアを旅行した時の話です。スパゲッティは美味しかったが、食べているうちに冷めていくことにがっかりした、別の日に鉄皿に乗った料理を食べたら最後まで温かかった、という経験から思いついたとの事です。これは1961年、つまりMaxim'sから5年後です。名古屋の食器メーカーと鉄皿を共同開発したということなので、これ以前には日本には鉄皿はなかった可能性が高いです。ユキの店主がイタリアで食べた鉄皿料理とは、果たしてどんなものだったのでしょうかね。

すかいらーくのWikiを読むと、すかいらーく第一号店が登場した1970年当時、『「ハンバーグメニュー」では当時の競合レストランが実施していた加熱した鉄板で提供する工程を廃止し、普通のミート皿で盛り付けを行った。』と書いてあります。この競合レストランとは、おそらく1969年、すかいらーくの1年前に誕生した保土ケ谷ハングリータイガーであると思われます。日本で始めてハンバーグを鉄皿で提供したことで有名なレストランで、日本のファミリーレストランの元祖でもあります。ハングリータイガーの創業者はアメリカの西海岸でレストラン経営学を学んだ後に帰国して起業したので、Sizzlerの鉄板ステーキを現地で見ていた可能性はありますね。いずれにせよ、名古屋から、そしてファミレスから、鉄皿は日本に浸透していきました。

ファミレス ステーキ

ファミレス ステーキ で検索すると上のように高確率で鉄皿に乗ってる画像が出てきます。今でも日本では大人気なんですね。しかしながら、本場のアメリカでは現在この鉄皿を見かける事はあまりありません。Sizzlerも現在では普通の皿でステーキを出しています。

Sizzler のオンラインメニュー。普通の皿です。

何故なんでしょうか。明確な理由はわかりませんが、食べているうちに焼き加減が変わっていく事が時代と共に好まれなくなったのが一つの理由ではないかと思います。ミディアムレアで頼んでも、食べていくうちにミディアムになりウェルになってしまうのはちょっとな、っていう事です。アメリカ人はとにかく焼き加減にこだわります。その理由についてはこちらの動画で詳しく解説しています。

一方の日本では、なぜ今だに鉄皿が人気なんでしょうか。私が考える理由は三つ。

一つは日本人は未完成な料理を自分で完成させながら食べるのが好きだ、という事です。例えば、鍋、焼き肉、もんじゃ焼き等。待つ間にゴマを客に擦らせるラーメン屋もありますね。「客も料理に参加する」っていうのは日本人にとっては普通だし、それを楽しむ文化があります。一方アメリカでは金を払った以上、お店が全部やるのが当たり前、という感覚があるので、そういう形態のお店はあまりありません。韓国系の焼き肉屋に行っても、焼けたものが全部皿に乗って出てきたりします。日本人からするとつまんないです。鉄皿で出されたレアのステーキを自分の好みの加減に焼く、というのも同じ感覚なのではないかな、という事です。

二つ目は、日本のファミレスではセントラルキッチンを採用していて、厨房で働くスタッフも特別な訓練の必要なく料理を提供できるビジネスモデルであるという事です。殆どの料理が工場で作られてレストランに運ばれてくるので、キッチンスタッフはそれをマニュアルに従って加熱すれば良いだけです。ステーキの焼き加減をばっちり決めるには経験が必要なので、もし鉄皿でなく普通の皿だと、未経験のスタッフが調理した場合、生だったり焼きすぎだったり、というリスクがでてきます。とりあえず表面だけしっかり焼いて、あとは熱した鉄皿に乗っけて提供する、というのはスタッフを特別にトレーニングする必要がない、という点においてとても優れています。

三つめは、日本人はやっぱりレアが好き、という事です。生肉は絶対食べたくない欧米人から、日本人はステーキを学びました。だからステーキはミディアムレアにするべきだ、という固定観念を植え付けられています。しかし、日本人は韓国料理屋に行けばユッケを食べたりするわけで、「なんでレアはダメなの? 美味しいのに」って心の中で思っちゃってるんではないでしょうか。だから、レアを鉄皿で提供して、あとはそっちでやってくださいね、ミディアムもいいですけどレアでも結構いけますよ、ってお客さんに委ねているのではないかなと思います。

本場アメリカでは廃れてしまった鉄皿ですが、日本ではファミレスだけでなく、老舗のアメリカンステーキレストランも鉄皿ステーキの文化を受け継いでいます。

レスラー御用達でお馴染み、リベラのステーキ。
戦後まもなくの沖縄で誕生した元祖ステーキ屋 ジャッキーステーキハウス

以上です。


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