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あきら

彼女には、ある日突然現れて前触れなく忽然と消えるという悪癖がある。
そしてそれをまたいつやってしまうか自分でも分からないため、常に自分が怖いという。またその時が来たら、今度こそ死ぬのかも知れないと。

「本当に、どうしようもない人間なの。どうぞ笑ってくださいな」

片腕でギュッと身を寄せた彼女は、そう話すとうつむきながら自嘲気味に微笑んだ。






最近だと、1年と半年ほど前だ。
つい先日、私はある知人とそれ以来初の連絡をとった。

「あきらちゃん! 良かったー! 返事くれて。ずっとどこで何してたの? どうやって生きてたの? 急にいなくなったから心配してたよー。本当に生きてて良かった。生活は? お金どうしてたの? 今も同じ場所住んでる? 仕事は? 何か嫌な思いさせちゃったかなってずっと気がかりで。連絡ずっと送り続けて良かった。本当に。とりあえず座って。懐かしいね。何飲む?」

私は矢継ぎ早にそう質問をされた。

息つく暇もなく声高に話す彼女は、1年半ほど前までは親交があった、以前の仕事仲間だ。私はその職場を突然去り、一方的に消息を絶った。

あなたは悪くない。確かにあの頃は多少色々あったが、それより私個人の問題が大きい。

見覚えのある喫茶店。この地域で一番の老舗ながら、時々リフォームしているので古臭さは全くない。内装は変われど、オーナー自慢の大きなシャンデリアはいつ来てもどのインテリアより目立ち、訪れる者を明るくきらびやかに出迎えてくれる。

ここに来るのも、当然1年半ぶりだ。

この町は、嫌いじゃなかった。好きでもなかったけど。

私たちは、いかにも我輩が純喫茶の机と椅子であるぞ!と主張してきそうな、絶妙に照る木製の椅子に腰掛けると、お揃いで温かい紅茶を頼んだ。

1年半。長いといえば長いし、あっという間といえばあっという間な半端な年月。

「久しぶり白木さん。ごめんね、ずっと連絡返さなくて。怒ってるよね。他の皆も。ごめんなさい、本当に」

目を合わせるのが気まずい私は、所在なさげに視線をあちこちに移す。

間髪いれず、彼女はまた問うてきた。

「全然! そんなことどうでもいいよ。とりあえず無事に生きてて良かった! また会えて一安心! それにしてもなんかまた綺麗になった? 何か違うような。なんだろ?」

「うん、ありがと……。そうかな。前よりちょっと痩せたことくらいかな」

「へー! 今日までの間何があったのかすごく気になるけど、何から聞こうか聞いていいのか分からないけど、えっと、ご飯はちゃんと食べられてた?」

「うん。見ての通り、健康体。あ、そうそう。最近ジム通ってるから、見た目の変化それも関係してるかも」

「ジム!? そうなんだ! 運動得意だったっけ? だから一周り二周りシュッとして見えるのかなぁ」

感心した様子で目を見張る彼女は、私にも店員にも断りもなく自然に電子タバコを吸い始める。

ここは暗黙の了解で喫煙可能な店なので、咎める者は誰もいない。

「いやー、自分からずっと連絡してたのにこう言うのも変だけどさ、返事来てびっくりしたよ! 本当良かったぁ! どうやって生活してたの? あきらちゃん彼氏とかいたっけ? 面倒みてもらってたとか?」

白木は遠慮がない。しかし彼女の心境を思えば仕方なくもある。

「いないよー。それ系の話なぜかたまに聞かれるんだけど、私人生で誰かに養ってもらってたこと一度もないよー。ははっ、自慢にもならないけど。言ってて悲しくなってきた。いてくれたら、嬉しいけど。ははっ」

乾いた笑いが余計にその悲哀を助長させる。私の返答になぜか意外そうな驚きを見せる彼女は、丁度いい温度になった紅茶を一口飲んだ。

「そうなのー!? なんでだろねー。何かね、そういう人いそうな雰囲気あるんだよね、あきらちゃん。いくらでもいそうなのになー。あ、でもあきらちゃん変な人に好かれそう。前も何か言ってなかったっけ? ストーカー? 虚言? 何かあったよね。うわー懐かしい。あれどうなったの?」

白木、人目をはばからない。よくもまあ、そんなに他人のことを覚えているものだ。恐れ入った。

私は鼻から大きく息を吐く。

「あー、あったね。そんなこと。まあ今の環境はそういうのないよ。なんとかやってる」

適当に濁した。

「えっえっ今は何してるの?」

白木、ここぞとばかりに食い気味になる。

「うーん、働いてるよ。まあ頑張ってる。詳しくは言えないけど、何とか続いてるよ。一生懸命やってるつもり。今度は長く働けるといいなって」

「へー。じゃあその辺は聞かないでおくけど、続いてるなら良かった! あの後、私あきらちゃんに無理させちゃってたかなープレッシャー抱えさせちゃってたかなーもっとこまめに様子みてれば辞めなかったかなーって……特に私とか期待してただけに、重圧感じさせちゃったのかなって。もっとサポートできたんじゃないかってさ。真面目でやる気もあったから、初めの時一緒に頑張ろうって話してたじゃんっ」

白木は自分の記憶と擦り合わせるように小さく頷きながら、自身の反省の言葉を口にした。

「えっそんな! 白木さん悪くないよ。ごめんなさい。突然いなくなって。本当にごめんなさい。まだお給料も未払いだったのに、受け取りもせず……」

当時、私は縁あって採用面接もなくその職場に入った。雇用契約云々を踏まずに取りかかったのだ。そして給料ももらわぬ内に消えた。そのことも少し心残りだった。

白木もそれを思い出したようで、電子タバコから口を離しふんふんと鼻をならす。

「だよね! でも大丈夫だよ! 社長も気にしてないし。ってかそのこと覚えてるかな。まあ言えばいつでもくれると思う! 安心して! そういえばあの時と今、面子けっこう入れ替わってるから、私と社長以外にあきらちゃん覚えてる人いるかなぁー。うーん」

そう言われ、私は頭の中で当時の仲間を思い浮かべるが、あまりよく覚えていないようだ。人の顔も名前もぼやける。思い返せば、学校に通っていた頃もクラスメートの名前と顔が一致するのは半分くらいだった。昔からその辺りは変わらない。

今度は私が質問する。

「白木さんはどう? 何か変わった?」

予想外の問いだったらしく、白木は目を合わせると、分かりやすく眉を寄せ口をすぼめた。

「……私!? 私はー、何も変わらないなあ。相変わらずコキ使われてるよ。会社に」

そうだろうな、と思った。ファッションの傾向も、髪型も、話し方も、以前と何も変わらない。白木は白木のままだった。ただ時間だけが過ぎただけ。安心感がある。

「でもさ」

と、白木が続ける。

「◎×△※?!・#$∞●☆∽|;~」

「え!?」

私は耳を疑い、席を立った。



〈完かも、続くかも分からない〉

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