アトランティス幻視 崩壊前夜13

切り出し石を抜け再び外へ出ると
そこは夏の光の世界だった
木々の間を抜けて差し込む木漏れ日が
眩しく二人を照らしている

記憶の石は光に弱い
太陽はもちろん月の光でさえ
照らされた瞬間から少しずつ
書き込まれた記憶が飛散してしまう

二人は注意深く記憶の石を運ぶ
石の祭壇は地下に設置されているが
明かりとりの窓はある
天鵞絨は光を遮るが
注意深くするに越したことはない

神殿正面から中へはいると
やや採光の抑えられた室内の
一番奥に祭壇へと降りる階段がある

二人は沈黙のまま白い大理石の階段を降りる

石の祭壇にはさまざまな色と形の石が
黒曜の手により最適な形で配置されている

配置されたグリッドを確認しながら
天狼星は呟くように言う

記憶の転写がない石は全て
花依のグリッドに使う
風早と歴代の神官の石はすべて
幼生に転写する

その言葉に黒曜はぴくりと眉を上げる
風早を転写する?
祭壇の石をすべてグリットへ移す?

主上
いったい何をなさるおつもりですか?

愕然とした表情の黒曜に対し
天狼星はあくまで静かな眼差しで答える

言葉の通りだ
風早を含む歴代の神殿主の石は
すべて幼生に転写し復帰させる

そんな
センターツリーには最早そのような力は

言いかけて黒曜は言葉を飲み込む
この街を維持してきたすべての力
そして祭のエネルギーすべてを
センターツリーに集める指示は
神官たちの復活のためだと言うのか

すべてあと一日保てば良い
先程の主上の言葉の意味が
突然重くのしかかる

押し黙る黒曜に気づかぬふりで
天狼星は祭壇に手を伸ばす

風早
久しいな

ひとかけらの迷いもなく手に取ったのは
先代の風の神殿の主
風早の石だった

銀色の粒子を内包して輝く青い石は
手のひらに余るほどの大きさで
キラキラと嬉しそうに光っている

天狼星の笑顔に祭壇に並べられた他の石たちも
嬉しそうにキラキラと光っている

喜ばしげな石たちのなか
黒曜はひとり思いを巡らせる

風早を幼生に乗せる?
たくさんの神の業が失われた今
果たして可能なのであろうか

恐らく儀式は一度しかできない
時間があまりにも足りない

一度?そう、一度きりだ

主上は一度に何人孵すおつもりなのか

天狼星の意図は未だ掴みきれず
なにかすでに覚悟を決めてしまったかのような
頑なな彼の様子に
黒曜は自身が今までに感じたことの無い
沸き立つような不安と焦燥が
腹の底からじわじわと噴き出すのを感じていた


そこへ足早に階段を降りる
小さな足音が近づいてきた

石の神殿の巫女見習いの翠が
ひょこりと顔を覗かせる

星読みさま
主上
風の主さまが御出になりました

黒曜はにこりと微笑む

ありがとう翠
こちらに通してくれ

黒曜の笑顔に
翠は嬉しそうに頷き

はいすぐにお連れします

素直な様子でくるりと踵を返した

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