アトランティス幻視 崩壊前夜18

青鷲は居住区を通り抜け
森の近くまで戻る

センターツリーから離れると
体の震えも止まり
感覚も戻ってきた

自らの感覚を確認しながら
青鷲は歩き始めた

花依を探さなければ

青鷲は目を閉じると
全身で花依の気配を探る
しかし島全体の波長が乱れている今
かすかな気配だけでの探索は厳しい

青鷲は考える
花依はグリッドを組んでいたはずだ
未完成のグリッドがあれば
その近くにいる可能性が高い

青鷲はひとつひとつの神殿に意識を飛ばし
グリッドのエネルギーを確認していく

グリッドはほとんど完成していた
残るは星の神殿ただひとつ

青鷲は星の神殿へ急いだ

夏至祭の準備が進んでいた街は
その賑やかな装飾とは裏腹に
異様なまでに静まり返っていた

ふと風に乗り
白い花びらがひらりと行き過ぎる
鼻腔にかすかな甘い香りを感じ
青鷲は思わず顔を背ける

この香りは危険だ
吸えば体を麻痺させる

青鷲は足早に通りをすり抜けると
星の神殿へ続く小道へと駆け込んだ

神殿の門をくぐり青鷲が辺りを見回すと
花依は花を抱えたまま
作りかけのグリッドの端に倒れていた

駆け寄って抱き起こすと
花依の体は白く凍りついていた

青鷲は思わず息を飲む

花依
呼び掛けても反応はない
青鷲は花依のコアに意識を集中する
かすかではあるがまだ反応がある

彼女の作っていたグリッドは
センターツリーにエネルギーを
集めるためのものだった

ゆえにツリーに異変が起こったとき
逆流したエネルギーが花依を襲ったのだろう

早く器を替えなければ
反射的に思う
しかしセンターツリーはもはや機能していない

黒曜さま
主上

青鷲は思わず
先程別れたばかりの二人を思う
凍りついたツリー
いったい何が起こっているというのか
朱斗さまはご無事であろうか

陽も暮れかけてきている
ツリーからの冷気もあり
外気は急速に冷えてきた

青鷲は花依を慎重に抱き上げると
星の神殿の中へ向かう

星の神殿は規模こそ小さいが
円形の神殿建物と
中央に設えられた星見のための塔は
アトランティス創生の頃
神々の手により成されたものであり
透明な壁越しに見える石の回廊は
いつも明るく輝いて
周りの森を照らし出していた

青鷲は神殿に歩み入ると
その明るさに思わず安堵する
しかしいつもであれば
賑やかに神官たちの行き来する部屋は
しんと静まり返っている

祭壇のそばの長椅子に花依を慎重に下ろすと
青鷲は見るともなしに祭壇を眺める

主上はご無事であろうか

ふと
目の前の空気がゆらりと揺れ
なにも存在していなかった空間に
きらきらと光の粒が瞬き始めた

青鷲は反射的に後ろに飛びすさり
腕で顔を覆い身構えた

きらきらと輝く粒子は
間もなく人のかたちとなり
ゆらりと現れ出でたのは
天狼星の姿だった

思わず呆然と立ち尽くす青鷲の目の前で
全身を表し終えた天狼星は
ぐらりと力なく倒れかかる

青鷲ははっとして腕を伸ばし
崩れ落ちる天狼星を抱き止める

主上
いったいどうなされましたか

受け止めた腕が軽い
天狼星のその身は
もはや向こう側が透けそうなほどに
白く軽かった

どうか少しお休みを
祭壇の石をお持ちします

天狼星は無言のまま青鷲の腕を押し退けると
花依を寝かせた長椅子へゆっくりと歩を進める

花依
呼び掛けても反応のないことを確認し
天狼星は目をあげずに小さく呟く

只今を以て
花の神殿主
花依
そのコアを
花の石と為す

青鷲が驚きに目を見張ると
横たわる花依の体が光を帯び
ふわりと宙に浮き上がる

刹那花依を覆っていた光は
爆発的に溢れだし
青鷲の視界はすべて白く染まる

光が収まると
長椅子の上には
小さな桃色の石が艶やかに光っていた

そしてその椅子に凭れるように
天狼星が倒れ伏していた

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