アトランティス幻視 崩壊前夜21
あれはいつのことであっただろう
アトランティスは創生に近く
まだ街は沸き立つように若く
希望に満ちていた
しかしながら
誰もが地球に降りて間もないうえ
器を得たものも多く
個となったものたちの間に
思いもよらぬ軋轢が生まれはじめていた
器を持つことの喜びに酔いしれ
個として逸脱していくものが増えるごとに
何故特殊なこの星に街を作ったのか
何故簡単に器を持たせたのかと
とどまることのない疑念に
天狼星は疲弊し始めていた
あの日も
抜けるような青空だった
天狼星
脳裏に直接
ふわりと撫でるような優しい声が響く
金色に光る髪
優しく青い瞳
輝くように美しい笑顔
汝に見せたいものがある
星の塔へおいで
はい
仰せのままに
朱斗の呼び掛けに応えると
天狼星の体は光に包まれ
瞬時に星の塔へと移されていた
朱斗は
アトランティス創生の時
この星に降り立った神々たちの
その中心たる一柱であり
多くの神々が星に戻るなか
この星に残り街を育んでいた
天狼星は彼の唯一の分霊として
共に星より降りてこの地に留まり
彼の手足となり日々奔走していた
天狼星が目を開くと
果てしない星空を背に
金色に輝く髪をたなびかせた
朱斗の姿が浮かんでいた
まるで光の化身のような輝く笑顔
天狼星
星に戻りたいか
問われて天狼星は言葉に詰まる
そして天狼星は
問いを返した
なぜこの星なのでしょう
街を作るのであれば
いかなりとふさわしい星が
いくらでもあったはずです
なぜこのような
法則外れの星に
朱斗はふわりと微笑むと
天狼星の手を取る
さあ
共に星を読もう
天狼星を抱き寄せると
朱斗は遠く指を指す
あれが我らの故郷
そして
朱斗は足元を指す
ここが地球
吾の街のある星
そして朱斗は
はるか遠くを見遣る
完全な調和は
いつか無に帰結する
ごらん
あの星は今まさに消えゆく
天狼星は朱斗のゆびさきを追う
あまりに遥かな空の果ては
彼の目には見えない
汝は吾から生じた
しかしこの星にある今
汝は吾ではない
天狼星は朱斗の分御霊であり
映し鏡のように朱斗に似ている
しかし今
彼の髪は白銀に輝き
瞳も薄い青である
どこまでも朱斗に似て
しかし朱斗とは異なる己を
天狼星は初めて不思議に感じる
この星は面白いな
朱斗は独り言のように呟く
同じものは一つとして作れぬ
本当に法則の外れた土地よ
朱斗は可笑しそうに喉の奥で笑うと
優しい瞳で天狼星を見つめる
いつか吾は星に戻る
そのとき
汝は如何為す
天狼星は首を傾げた
我はいつも朱斗さまと共に在ります
問われる意味がわからなかった
戸惑う天狼星の様子に
朱斗は微笑みながら言葉を継いだ
吾と汝が分かれたように
これからこの星では
誰もが個に分かれていく
分離を恐れるな
同化は何れ無へと向かう
どんなに抗おうと
いずれ全ては消滅へ向かうだろう
しかし
この星は希望だ
朱斗は再び足下を見る
たとえ一つになれずとも
互いを謗ることなく
共に生きることはできる
そして朱斗は
ひたと天狼星を見つめる
いずれ来るそのとき
汝の心のままに
その瞬間を選べ
他の誰でもなく
汝の心のままに
朱斗の青い瞳は
天狼星の知らぬ遥かなる時
過去と未来そのすべてを見通し
光に満ちて
そして哀しかった
この星は希望だ
そして汝もまた
吾の希望なのだ
あのときの
美しい朱斗の笑顔を思い出す
天狼星はひとりごちる
どうして忘れていたのだろう
朱斗さまは初めから
違いこそが宝だと仰有っていたのに
天狼星は思わず身を震わせる
すべては逆であった
天から降ろすのではなく
地から空へ
不完全ゆえのいびつなエネルギー
常にエラーにさらされ
不連続性に満ちて
それは常に未知へと踏み込む世界
それこそが
宇宙が求めるあたらしいなにかで
未完成で
不完全な
死をも越えてゆくエネルギー
その歪こそが
この星の宝なのだと
青鷲
天狼星は呼び掛ける
共に最後の星を見た
掛けがえなき仲間へ
汝はいかがする
花依と共に石となり
星の船に乗るか
あるいは
青き知恵在る鳥として
歪なこの星のかけがえなき存在として
私と共にここに残るか
どちらなりと
汝のおもいのままに
青鷲は一瞬の後
可笑しそうに笑う
はい主上
乗りかかった船ですから
今宵は素晴らしき夜です
本当に素晴らしい星読みでした
青鷲は
満ち足りた表情で天狼星を見つめる
知るべきことを知ることができ
心から満足しております
そして青鷲は膝を折る
主上
私はここに残ります
この歪な星で共に街を見届けましょう
いかなりとも
最後までお供いたします