アトランティス幻視 崩壊前夜19

星読みさま

かすかな声に呼ばれたようで
天狼星は薄く目を開く

見慣れた白い天蓋
やわらかな寝床の感触

いつもと変わらぬ景色に
天狼星の意識は緩くほどける

果たして
すべては夢だったのか

寝返りをうち
天狼星は目を瞬く

体が鉛のように重い
まるでこの星に
はじめて降りたときのようだ

天狼星は思い出す
まるで昨日の事であるように
その驚きは今も体に残っている

個となり
体を持つということは
こんなにも重く
厚い壁を張り巡らせたように
孤独なものかと



天狼星は顔の上に手をかざす
確かに今此処にある
我は未だこの星に在る

翳した手のひらの向こうに
ちらりと影が射し
気遣わしげな瞳が覗き込む

主上
お目覚めですか

天狼星が頷くと
青鷲は端正な眉をゆるめ
心から安堵の顔をする

よかった
もしやもう

そこまで発して
青鷲は言葉を飲んだ

天狼星は飲み込まれた言葉を察する

もうお目覚めにならないかと思いました

やはり
すべては夢ではなかったのだ

青鷲

呼び掛けると
青鷲は真っ直ぐに天狼星を見つめる

世話をかけたな

青鷲は無言で首を横に振る

乗りかかった船だ
最後まで付き合え

青鷲は不思議そうな顔をする
その素直な表情に
天狼星は知らず笑顔になる

共に星を読もう
連れていってくれ
星の塔に

星の神殿の中央に位置する星の塔は
神々に一番近い場所として
アトランティスの粋を凝らし造られた
街の要であった

この街が造られた当初より
朱斗と天狼星のみに出入りが許され
その役割も本来の意味も
長く謎に包まれていた

青鷲に支えられながら
天狼星はゆっくりと進む
慣れた道であるが
疲れはてた体は重く
あまりにも長く感じる

それでもようやく
二人は星の塔の入り口に立った

その堂々たる偉容に
青鷲は禁忌を思いだし
知らず体を固くする

そんな青鷲の様子に
天狼星は喉の奥でくつくつと笑った

そう固くなるな
我の頼みで共に在るのだ
たとえ神々であろうと
そなたを責める故は無い

どうあろうと最後の夜だ
共に目に焼き付けようぞ

天狼星が手を翳すと
音もなく入り口が開く

青鷲は天狼星を支えながら
ゆっくりと塔の中へ歩みいる
二人の影が収まりきると
入り口が音もなく閉じた

刹那
青鷲のからだはふわりと浮き上がる
思わず目をつむり
天狼星の腕を強く握ると
天狼星は青鷲の手を軽く叩いた

見てごらん青鷲
今日も星は美しい

恐る恐る目を開けると

そこは
見渡す限り広がる宇宙
果てしない星空であった

さあ
最後の星を読もう

天狼星は指を指す

あの星が我らの故郷

そして

言いながら足元を指す

ここが地球だ

本当になんと
地球は果ての星なのだろうな

天狼星の声が響くなか
青鷲は
あまりにも広い夜空に
心を飛ばしていた

なんと美しい
そして
なんと果てしないのか

天狼星は星と星を繋ぎ
今夜
その瞬間に紡がれる
星の幾何学を描いていく

今の星は
今だけしかない

完璧を下ろすこと
調和を

疲れも忘れ
天狼星は描き続ける

一瞬にして永遠たる
星の幾何学を

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