幻夢京鬼譚 百鬼夜行2

さらさらと筆を動かす音が響く

美しい庭ですね
目線は庭に向けたまま
絵師が小さく呟くのを
屋敷の主人は嬉しそうに頷く

この季節は特に美しいのです
屏風に仕立てればいつなりと楽しめますから

誇らしげな主の言葉に
相槌をうちながらも
筆は止めない

黒い薄物からのびる
すらりと白く細い手首は
一分の迷いもなく筆を動かしている


真剣な横顔が美しいその絵師は
時の右大臣家の直系第七子にして末子であり
その類い希なる絵の才を以て
御年拾七にして
絵所の筆頭絵師と成ったものである

その絵は優雅にして精緻
まさに美事と誉れ高き呼び声に
我も我もと位高き貴族からの依頼が
引きも切らず後を絶たない

それにつけても絵所司さまは
本当に美しくていらっしゃる

主は心中で賛嘆する

結い上げることを嫌い
緩くひとつにまとめた黒髪が
白い頬にさらりと落ちるのを軽く払う

何気ないしぐさもあまりにも優美で
見るものの心を奪ってやまない

絵所司は主の視線を軽くいなし
絵の構図を変えるふりをして
ちらりと庭の端に視線を流す

刹那
主には見えない角度で軽く眉を顰めると
傍らの従者を呼び何事か耳打ちする

司より少し年嵩の
これまた切れ長の目に
黒髪の美しい従者は
こくこくと頷くと雅やかに一礼して
するりと部屋の外へ去っていった

少年は主に視線を戻すと
にこりと極上の笑顔を浮かべる

さて一枚を描き終えました
どこぞ日陰をお借りできますか
墨を乾かさねばなりませぬ

主が慌てて腰を上げ人を呼びに立つと
絵所司の瞳が突如厳しく光る

宇佐
鬼の音だ

影のように側近く控えていた
禿髪の少年従者が
司の声に小さく頷くと
板張りの床に耳を押し当てる

キチキチキチ
チィチィチィ
耳障りな鳴き声とともに
地面を爪で掻くような音もする

間違いない
この家には鬼が棲んでいる
従者は絵所司の目を見てこくりと頷く

そこにバタバタと足音がして
従者を引き連れた家の主が戻ってきた

渡り廊下から顔を覗かせた彼らに
また蕩けるような笑顔を浮かべながら
司は小さく指示する

今は仕留められない
夜を待て

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