アトランティス幻視 崩壊前夜16

天狼星と黒曜は急ぎ
センターツリーへと向かった

天狼星は歩きながら朱斗の気配を探す
しかしそれは厚い壁のような何かに阻まれ
杳として知れずにいた

いつの間にか吹き付ける風は止み
ツリーに咲いた白い花が
はらはらと散りはじめる

沈みかけた夕日の光に
凍りついたツリーが白く輝き
白い花びらが舞い
甘い香りが漂いはじめる

白に染められ
白の舞い散る世界を
二人は静かに歩いていく

中心部への最後の橋を渡り終えたとき
ツリーの根本に設えられた祭壇の辺りで
突然爆発するかのように大きな光が炸裂した

咄嗟に黒曜は光に背を向け
天狼星の体を抱えこむと
強く結界のマニを唱えた

黒曜の背中越しに
目も眩むほどの光が迫り
天狼星は思わず目を閉じる

腕で守りながら目を開くと
黒曜のからだは
天狼星の目の前で
光に溶けて消えていった

黒曜
天狼星の伸ばした腕は宙を掻いた

黒曜!

思わず天狼星が叫ぶと
突然楽しげなバリトンが響いた

おっと
これはこれは
一人残ってしまったな

鮮やかに波打つ青い髪を揺らし
光を背に薄い笑みを浮かべ歩み出てきた人影は
天狼星のよく見知った姿をしていた

海王星
すべて汝の仕業か

あまりに強い怒りに天狼星は
思わず身を震わせ叫ぶ

そうだ

今さら器の転写を行うなど
看過できない

まさかこの星には
自分たちしか存在してしないとでも
思っているのか?
それは勘違いも甚だしいな

汝らの実験は終了したんだ
これ以上この星に干渉するようなら
君も今すぐ凍結する


ここは永遠に法則外れの星なのだから

海王星は濃い青の瞳を見開いて
真っ直ぐに天狼星を見つめる

黒曜はもちろん無事さ
あの子はここではない星の所属だ
そう簡単に質量を奪うことはしない
もしそんなことをしたら彼女の星は大混乱だ
もう忘れてしまったのか?

天狼星は押し黙る

海王星の言うことに嘘はない
この星の外では
一度この世に生じたならば
簡単に失われることはない

たとえ形を変えようと
質量が失われることはない


海王星はさらに言い募る

こんなに長くこの星に滞在して
気がつかなかったとは言わせない

この星の生き物は簡単に死に過ぎるだろう?

宇宙では一度質量を得ればほぼ永続する
一度動かせば動き続ける
流れ続けるのが宇宙の決まりだ

しかしこの星はどうだ?
動かせど動かせどすぐに流れは止まり
すべては淀み朽ち果てていく
法則崩れのこの星に
法則通りの宇宙の技を
これ以上持ち込んでどうするのだ?

そうそう
黒曜は朱斗と共に凍結した
明日正午に返還されるだろう

海王星は凍ったツリーを振り仰ぐ

街の住人たちは我の船で大陸に運ぶ
彼らにはこの街の記憶もさほど残らないだろう

まるで独り言のように早口でさらさらと話すと
ふと天狼星に視線を戻した

さて天狼星
汝はどうする?

笑いを含んだ海王星の眼差しに
天狼星は激しい怒りを込めて睨み返す

おっと嫌だな怒るのは止めておくれ
街の住人はすべて助けると言ったはずだ

そこで海王星は何かに気がついて言葉を切る

ああそうだな
神殿のものたちはどうしようか

海王星は顎に手を置き首を捻る

あの半端な生き物たちは星には帰れない
この星に残すしかないけれど
あんなに弱くて脆いのに
星の技も奪われてしまったら
果たして生きていかれるのか?

海王星はまた独り言のように呟いていたが
ふとあきらめたように
両手を上にして首をすくめた

まあよい
我の管轄ではないことだ

あとは汝に任せよう

海王星はにっこりと笑う

さて天狼星
汝もこんな辺境の星で
欠片も残さずに消えたくはなかろう?
明日の正午
ここに戻ってくることを忘れるな

さあて
すべては済んだ
我はもう戻ろう

海王星はそう言い残すと
ツリーに向かい歩き始める
その後ろ姿はきらきらと光に溶けて
あっけなく消えていった

夜の迫る街に白い花は降りやまず
辺りはいつの間にか闇に包まれていた

肩に降りつもる花をそのままに
天狼星はひとり
ツリーの根本に佇む

もう
万策尽きてしまったな

天狼星はひとりごちる

ふとセンターツリーを見上げると
枝の隙間から星の光が瞬いていた

どんなに街が変わろうと
星は変わらぬな

俯いてひとつため息をつくと
天狼星は踵を返す

星の神殿に戻ろう
最後の星空を読もう

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