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33歳、SSRガンを引く⑤(精巣腫瘍/病理診断結果、経過観察へ)

精巣腫瘍のお話、久々の更新です。2020年6月29日14時半、今病院から帰ってきてそのままにこの記事をしたためています。結論から先に書くと、私のケースはセミノーマ型ステージ1で脈管侵襲・転移無し、経過観察へ移行となりました。今は家族と共に喜びを分かち合っていますが、がんはここで終わるものではなく、数年にわたって付き合っていくものです。今日にいたるまで感じたことや学んだことは数多くあり、他のがんサバイバーの方から学んだこともあるので、ここではそれらを振り返っていきたいと思います。

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一度の延期を経て今日、仕事もそこそこに中抜けして病院へ。ある程度想定していたがやっぱり緊張するもので、闘病生活という非日常に切り替わることで日常が引き裂かれてしまうことへの恐れから来るムカムカが腹に溜まっていた。

そして主治医さんと再会。いきなりの結論はまさかのセミノーマにして脈管侵襲無し。先週末のPET CTの検査結果も出ており、主治医さんと一緒に全身の輪切り映像を確認。がん細胞は他の細胞よりも積極的に糖を取り込む性質があることから、PET CTではブドウ糖を流し込んで、糖が集積している場所を網羅的に確認していくのだが、創部や心臓、膀胱など溜まって当然の場所以外には集積無し。PET CT自体、造影CTの上に重ねてやるかどうかは(やり過ぎ的な意味で)意見が分かれるものらしいが、これで完全に現時点で転移が無いことが証明された。また、最初の血液検査で腫瘍マーカーであるLDH、AFP、HCGの中、唯一異常値を出していたHCGも切除後の検査では通常値に戻っていた。これであらゆるチェックポイントをクリアできたことになる。

精巣腫瘍のガイドライン通り、こういったケースでも予防化学療法や放射線治療が取りうるものの、8割程度の人は再発しないことから、治療の効果よりもデメリットの方が大きくなりがちなので、経過観察へ移行することになった。

当初の所見では悪性腫瘍に間違いないというコメントや、HCGの上昇は非セミノーマが基本ということだったので、セミノーマの可能性は見捨てていたのだが、転移ケースで上昇しやすいAFPは最初から通常値だったので、結果的には切除によってがんの影響は一旦取り除けたということなのだろう。

セミノーマでももちろん、特に2年間は再発のリスクがある。その場合は抗がん剤治療に移るが、寛解率は高いのでじっくりと構えて、健康と予防を意識しながら過ごしていくことになるだろう。寛解認定までは五年、完治認定までは十年。自分ががんであることには変わりない。コロナのニューノーマルの上に更なるニューノーマルを加えたネオ日常に帰っていくのだ。

WAITING IS KILLING(待ちの時間こそ最悪)

精巣腫瘍はレアながんなのだが、それでもちょこちょことインターネットに体験談が上がってくる。直近では下記のように増田(anonymous diary)が上がってきたり。

このがんは国内よりも海外、特に欧米で件数が多いものなので、Redditのr/testicularcancer を覗いてみると、同じ患者同士で支え合うフレンドリーなコミュニティがあって随分と助けられた。やはり共通の悩みは化学療法に対する不安で、それに対する経験者の返答は必ずこういったものだった。

化学療法(chemo)はクソだけど、人生の中のちょっとした山でしかない。必ず越えられるよ。…それより、検査結果を待つ時間の方が最悪だったね。

がんに絶対はない。統計的確率はあっても、それが自分というサンプルAに当てはまるかどうかはわからない。…特に始まりで10万人に1人という激レア確率を引いたものにとっては、あらゆる確率の説得力はあってないようなもの。治療が長引くかもしれないし、再発で悪化に転じるかもしれない。かと思えば気持ちを強く持ち、生き延びて寛解することもある。死の可能性は確かにそこにあるが、すべては確率の霧の向こう側だ。

この"The Great Unknown"との対峙において具体的にできることは何もなく、ただ必要以上に気にしないということしかできない。人は戦う相手がない中でただ待つしかできないことに何よりもストレスを感じるものらしい。

自分の場合は、ほぼ一か月の間病理検査の結果を待ったわけだが、その間に化学療法や予後のことを考えない日は無かった。しかし基本的にはいつも通り眠って遊んで楽しく過ごせたので、ストレスを抱えることなく今日を迎えられたと思う。思った以上にうまくコントロールできていたので自分でも驚いているが、やはり準備をしっかりとしたことが効いていたのではないだろうか。

まず、早い段階でnoteに必要な情報や自分の思考をまとめて発表できたのはとても良かった。大筋をシミュレーションして想定されるシナリオを並べておくことで、無駄に邪推する余地を無くせたし、様々な反響や友人からの応援でポジティブな気持ちをもらえることがたくさんあった。普段何かを発信することはあまり好まないタイプなのだが、この希少な症例にかかったことで有益な情報例を増やしたいという思いからnoteを書いて公表することにした。今振り返ってみて、それは本当に正しかったのだと感じる。

次に、これはある程度普段から意識していたことではあるが、日々の意識をその日その日の一日にフォーカスするようにした。まさに"今日をがんばり始めた者にのみ明日が来る"の精神だ。といっても何か特別なことを始めたというほどでもなくて、日常の中の何気ないことに観察の眼を向けるようにして、こういうのが自分の幸せなのだなあ、と立ち止まって味わうようにした、という感じ。長期的な視点で人生を設計しなければならないという思いはあって、ガンガン読書する習慣は付けた。筋トレと同じように、新しい学びを得る負荷が悩みを洗い流してくれる。

最後に、「ポジティブであることってなんだろう?」という問いについて考え続けたことが意外と気持ちの整理に役立った。

「辛い時こそポジティブに考えなくちゃ~~」なんてのは、ネガティブな人の考えることだからね――そもそもアタシはポジティブだからさ――今、迷ってる問題でいちいち悩まないの。今のアタシじゃまだ決断できない問題だってことがわかってりゃ、それで充分なのよ。
きっとアタシの中じゃ、本当はどうしたいかはとっくにわかってんのよ。今は気力ってやつがちょっと萎えちゃってるだけ。誰にだってあるじゃん、そういう時?
だから今はもう少しだけ…
ゆっくり休めばいいんだよ。

 
―マリファナを吸う女 『今際の国のアリス』

この名台詞から要旨を抜き出すのは結構難しくて、ポジティブ=「休みどころを知っている」とか「迷わない」というのは解答として正しくない。どちらかというと、自分のデフォルトの状態を正の状態(元気で楽しい状態)に置くか、負の状態(脅威を感じ、生き辛い状態)に置くかの違いなのだと思う。

今までの自分は間違いなくネガティブなタイプで、ポジティブになれるのは環境に恵まれているからだと考えていた。だが、加齢や子どもを持つことで若いころよりも自由を感じられるようになるように、ある種の開き直りと共に「自分はポジティブなんだ」と決断することで、その状態を保つために①積極的に調査し解決するのか、②自己判断できないので専門家に委ねるのか、③左記のどちらともつかないので休みながら見に回るのか、の判断が付けやすくなった気がする。

何をすべきか、よりもどうありたいか、が問われる病。珍しくないけど、不思議な性質を持つこの病から学んだことは沢山あった。その過程で得た不安のルーツを紐解く力は、今後の人生にもきっと役に立つだろう。

精巣腫瘍を患う人へ、そして精巣腫瘍を知った人へ

私は、セミノーマでも再発し化学療法を行った人を知っている。

非セミノーマでも子宝に恵まれ元気に生きている人を知っている。

後期ステージで治療を複数回拒んだが、治療を受けて寛解に至った人を知っている。

一方で、予後が芳しくない方のケースも知っている。

がんに絶対はない。良い意味でも、悪い意味でも。

人は普段自分の頭の中の人生計画に身体がついてくることを疑わない。だが確かに、ある程度の部分までは、肉体それ自体が寿命の上限を決めているのだということを、病を患うことで知る。

机上でもままならない人生が、更にコントロールできないものになってしまうことで、思考の足掛かりを失って宙ぶらりんになってしまう。それを簡単に受け入れられるわけがない。それを受け入れるということは、ある意味で今の社会とそれにある程度沿って生きてきた自身の価値観を否定することでもあるからだ。

それでも、ただそこに宙ぶらりんで在る一匹の「あなた」を、大いなる不安に包まれて周りを見回しているあなたを受け入れて欲しい。それはこの世界で最も優先すべき生命で、宙ぶらりんであるあなたは、あらゆるルールから解放された自由な存在だ。所詮有限でしかないこの世での生で、魂をよいところに運ぶという使命を負ったあなたは、魂を喜ばせるために必要なものだけを選んで、必要でないものを捨てることができる。人はいつ死ぬかじゃない、納得して死ねるかだ。そして人生の意味は人生のための闘いそのものにあると思う。良い闘いを!

そして精巣腫瘍という病を初めて知った人へ。今すぐ手前のタマを揉め。男性のパートナーがいるならパートナーのタマを揉め。マジで本人気付かないぞ。

(シーズン1 完)


サポートいただいた方、誠にありがとうございます。サポートいただいた分はすべて精巣がんの治療費に充てさせていただいております。