関心領域とエレベーター

映画「関心領域」を見てきました。

予約した直後に、夫から「知り合いで見た人たちが続々と“やられてる”」と聞き、覚悟していきましたが、私としては常々感じていたことの再確認だったのでそんなことはなく、「そうなんだよね、世界って」と思って帰ってきました。

問題はそのあと。

家族と合流したあと、あろうことかこどもたちは夕食はマクドナルドのハッピーセットがいいとのこと。今、シンカリオンがおまけのおもちゃだそうで…

と、問題に気がついたのが、「いいよー」と返事をしてから十数分後だったんですよね。

もう、講義と実践みたいなことしてどうするんだい、と自分につっこむしかありませんでした。

話の流れがわからん、という方へ向けて解説しますと、マクドナルドとスターバックスは現在ガザ侵攻を進めているイスラエルを支援している企業らしいです。らしい程度の知識で不買運動を広めようとは思ってないので、マクドナルドもスターバックスも使いたい方は引き続きご利用になればいいと思うのですが、私は一応避けていました。最近はモスにしたりと。

でも、シンカリオンと聞いた瞬間、そんなことすっかり忘れて「いいよー」と言ってしまってました。あ〜あ〜あ〜です。

すぐ隣でホロコーストが行われていることには関心を抱かず、ただ家族の平和な日々のことしか頭になかった映画の中の人物たちと同じです。
そう、だからこそ思い知らされて“やられる”のでしょうね。
我々もまた自分たちの関心領域の中でしか生きていない、という事実を。

それではマックとスタバを避ければ許されるのか、といえばそんなこともありません。ファストファッションを買うことはウィグル自治区で起こってることに目を瞑ることにもなりますし、百円ショップの品物もどこの誰がどう犠牲になって作ってるのであろう、といったものが世界にはたくさんあります。

「関心領域」という映画の奥深さはここだと思います。
すでに出来上がってしまっている世界の構造そのものを描いてしまっているのです。

ちなみに私が真っ先に思い出したのは、ベビーカーを使うようになった頃のことでした。それまで全く自分の関心領域にエレベーターが入ってなかったことに、あの頃初めて気がついたものです。

今も健康そうな人が、時折エレベータを埋め尽くしているのに遭遇しては、「また満杯か…」という絶望的な表情で見送る子連れを見かけることがあります。

そのことに気がついてからというもの、我が家はちょっと大きな声で「じゃあ、かーちゃんと(もう歩ける)長男くんはエスカレーターで行くね!」とか言ったりしてました。そうすると、あ!そっか、と居合わせた他のご家族も、上の子と両親どちらかがエスカレーターや階段に移動することがあったりします。割と健康そうな人はそのまま乗ってることのが多いですけどね…まあその場では気まずくてもきっと次回からはエスカレーターを使うようになってくれるんじゃないかな〜とか、外から見えなかっただけで事情があったのかもしれない、と思うようにしています。
我が家だって、どこかの家族がやってるのを見て以来真似してるだけで、別に自分たちが最初から率先してやっていたわけでも何でもありません。

各々が“やられた”あとに、そこから一歩踏み出すのをやめずにいれば、いつか世界はちょっとだけ変わるかもしれない、そう思いたいものです。

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