鈴木大介が8弦ギターで挑む新境地!『浪漫の薫り』リリース記念インタビュー
8弦ギターで紡ぐシューベルト、ショパン、メンデルスゾーン──ロマン派作曲家たちの夢のまほろば
2018年以降、世界で活躍する才能あるアーティストの作品を次々と配信解禁。
DSDレコーディングをポリシーとし、高品位な録音を世に送り出し続けているアールアンフィニ・レーベルから、日本を代表するクラシックギタリスト、鈴木大介の最新アルバム『浪漫の薫り』がリリースされました。
8月にCD流通と一部配信サイトでのダウンロード配信がスタート。11月17日よりApple Music, Spotifyなどでのグローバル配信が順次開始されています。
『浪漫の薫り』
鈴木大介(クラシックギター)
鈴木大介は、日本を代表するクラシックギタリスト。
作曲家の武満徹から「今までに聴いたことがないようなギタリスト」と評され、クラシック作品のみならずジャズやタンゴ奏者との共演、現代作品、自作曲作品など多彩なジャンルを演奏し続けています。また、活動はソロ・リサイタルにとどまらず、アンサンブル、コンチェルト、さらに美術作品とのコラボレーションなどでも注目を集めています。
録音も多数あり、アールアンフィニ・レーベルからは2020年に『シューベルトを讃えて』、2021年に『ギターは謳う』をリリース。それぞれ大反響を呼びました。
そんな鈴木大介のこのたびのニュー・アルバムは、自身にとって初となる「8弦ギター」の録音。
今日のクラシック・ギターは6弦が主流で、これまでもすべて6弦ギターで録音を行ってきました。鈴木はなぜこのたび、あえて8弦ギターの録音に挑んだのでしょうか。
ギターの歴史、ロマン派の作品を8弦ギターで奏でる意義、そしてアールアンフィニの録音の魅力。本作についてたっぷりと語っていただきました。
鈴木大介 『浪漫の香り』リリース記念インタビュー
「作曲家たちが思い描いたであろう音楽の姿を、現代の人々により伝わりやすく演奏する」
────『浪漫の香り』のリリースおめでとうございます。今回、はじめて8弦ギターでの録音をされたということですが、そもそも8弦ギターとはどのようなものなのでしょうか。また、スタンダードな6弦ギターとはどのような違いがあるのでしょうか。
鈴木大介(以下鈴木):ギターが6本の単弦に落ち着いたのは、19世紀初頭のことです。ギターは扱いやすさや親しみやすさと、市民革命後のブルジョワ層でのクラシック音楽の普及の流れに乗って大ブームとなりました。その中で、19世紀前半には優れたギター奏者(兼作曲家)がたくさん現れました。
しかし1840年代になると、ピアノが庶民の生活圏にまで浸透しきったのと同時に、急速にギターのブームは去ってゆきました。それでも、そのような人気衰退の時代を生きようとした、たくさんの洗練された、音楽的才能に恵まれたギタリストたちがいたのです。そして彼らの多くは、通常のギターの6本の弦の外側に「番外弦」という低音弦を足したギターを用いていました。
実際に僕も、2005年に、とあるコレクターのお宅でその当時のウィーンで使われていた多弦ギターを試奏させてもらいました。このタイプのギターは、現代ではシュランメルン楽団の伴奏ギターとしてその姿をとどめていますが、独奏曲を弾くには非常な労力を伴うのです。演奏不可能ではないか、と思われるパッセージもあるほどです。
ロマン派のギタリストたちは果たしてほんとうに自分たちが憧れた音楽の姿をギターで表現しきれたのだろうか。当時の楽器や、弦の材質や、歌、ピアノ、擦弦楽器のヴィルトゥオーゾたちとガラ・コンサートの形式で開催されることが多かった社交の場としてのコンサートに、彼らは満足していたのだろうか。そんな疑問を抱きました。
────その疑問が、本作の録音の出発点になったわけですね。
鈴木:僕が今回用いた8弦ギターは、19世紀のギタリストたちが使っていた多弦ギターとは構造の違う、現代のモダン・クラシック・ギターに低音弦を2本増やしたものです。しかし、音域的にロマン派当時のウィーンで活躍した多弦ギタリストたちの作品をカヴァーできる上に、当時のギターにはない運動性、機能性、音量の豊さを備えています。
たとえば戦国時代の映画やドラマを撮影する時に、その時代の日本にはサラブレッドはいませんでしたが、現代の俳優さんの身長や、観る人側のイメージに合わせて、また、疾走する美しさを優先してサラブレッドを使うのが普通ですよね。同じように、音楽も、古いものをその当時そのままに再現する試みもあって良いのですが、作曲家たちが思い描いたであろう音楽の姿を、現代の人々により伝わりやすく演奏するという姿勢もあって良いのではないか、と思うのです。そこで、ロマン派のギタリストたちの作曲作品や編曲作品にあわせて、彼らが憧れたシューベルトやメンデルスゾーン作品の私自身による編曲も収録しました。
これは、不遇の時代と闘ったロマン派のギタリストたちの夢が実現したはずの、今とは別の未来、マルチヴァースの音楽ともいえます。
「アールアンフィニ・レーベルの録音は、自分の指先が見えるような鮮やかな解像度がある」
────アールアンフィニ・レーベルでは『シューベルトを讃えて』『ギターは謳う』に続く3作目の録音になりますが、これまでの録音と異なる面はありましたか。
鈴木:3作目ということで、これまでになくリラックスして録音できたことは確かです。しかしながら、アールアンフィニ・レーベルならではのハイレゾリューションな録音の精緻さと表裏一体のシビアさ、そして8弦ギターを持ってから初めてリリースされるアルバムということで、緊張感もありました。
毎回、プロデューサーの武藤敏樹さんのディレクションを録音の現場でトライすることで、思いもしなかったような自分の新しい側面が現れることをとても楽しみにしていて、これまでの3作品共に、キャリアも心境も次のステップというかフェーズに移行できているのでは? と感じています。今回は特に、ショパンやメンデルスゾーンによるピアノが原曲の作品を収録しましたので、ピアニストでもある武藤さんから多くの効果的なサジェスチョンをいただき、心強かったです。
録音は2日間でスムーズに終えることができました。従来の自分の作品よりさらにヴィヴィッドな音楽になっていると思います。自分のコンディションは、1日目は緊張もあって演奏がすべて堅実でしっかりめ、2日目はのびのびと闊達な印象で、2日間とも弾いている作品では、それらがうまくミックスされていると思います。
────アールアンフィニ・レーベルの録音の印象を教えてください。
鈴木:前作『ギターは謳う』をSACDで聴いたら、自分の指先が見えるような鮮やかな解像度で、しかもそれが、自分で言うのも変ですけど、むしろ自分で聴いていて自分であることを意識しなくてすむほどに有機的なサウンドでした。
「浪漫派クラシック・ギターのマルチヴァースへ」
────最後に、リスナーの皆様にメッセージをお願いいたします。
鈴木:8弦ギターの世界は、6弦ギターと並行してさらに追求していくつもりなので、これまでとは何かが違う、新しいギターの響きを体験していただけたら幸せです。
浪漫派クラシック・ギターのマルチヴァースへ、ようこそ!