読書感想文『ある男』

平野啓一郎『ある男』

読んでいて苦しくなる小説でした。
登場人物が可哀想だからではありません。
私がずっと、無意識的に目を背けていたものが、はっきりと描写されていたからです。
それは嫌韓意識であり、死刑制度であり、血縁についてでした。

読みはじめて最初の感想は、「セリフの最後に句点を打つ作家なんだな」でした。
セリフが、『。』で終わる。つまり「こんにちは」ではなく、「こんにちは。」と書いてある。
文中の読点の数も多くて、セリフは句点で終わるので、なんだかゆっくりだな…と思いました。
別にこの作品は読みづらい!と言いたいんじゃなくて、自分の読み方、話し方、想像の癖を認識したのです。
私は普段、句読点の少ない人生を送ってるんだな、と認識したというか。比喩ではなくて言葉どおりの意味で。だーーっと喋って、次の言葉はすぐ欲しくて、早く展開させたい。せっかちなんですかね。
おそらくこの本の書き方が読みやすい、スッと入ってくると仰る方もいるのでしょう。
私にしても、少し違和感はありつつ普通に読めましたし、気になって話が入ってこないとかは全くなかったです。

だからなんだという話なのですが。文体にも相性あるし人生出るな、と思ったので書いてみました。別に当たり前か。

小説の内容に戻ります。
ミステリー的な要素については、あまり触れないようにしようと思います。ネタバレになりそうですし、私がこの本を読んでいちばん印象に残ったのは謎解きの部分ではないからです。
「ある男」が誰なのかが主題ではあるわけですし、もちろんその過程も面白く読めました。
※タイトルの『ある男』は、谷口ではなく城戸さんのことかな?とも思いました。あるひとりの男、城戸さんの物語という意味で。

本筋に関係ない部分でひとつ感想を言うなら、最後にどんでん返しとか新たな事実発覚!みたいな展開がなかったので少し驚きました。
もしかして事故死じゃなかった…!?とか、え、ここで城戸さん殺されちゃうのかな…!?とか思ってしまいました。
私が物騒で急展開な小説読みすぎなんですよ。脳が凝り固まっちゃってる。
館シリーズ連続で読みすぎたかも。

じゃあ私が印象に残ったのはどこなのかというと、それが冒頭に書いた部分なのです。

私は、世の中の辛い部分から目を背けて生きてしました。
たとえば嫌韓の話。
在日の友達は学校にいて、私は当たり前に普通に接したし、周りもそうでした。私立の女子校で、みんな育ちがそれなりに良かったからかもしれない。
在日だからという理由で彼女たちが苦しまないといいなと思ったし、だから自分だけでも、出自のことは意識せず接した。意識しないように意識した。いや、彼女たちが意識しないで済むように意識した、というべきか。
でも私がいくら気をつけたところで、嫌韓感情のある人はいました。テレビをつければやってるし、Twitterにあふれています。もちろん、逆に韓国に反日の人がいるのもわかっている。
わかっているけど、知らんぷりしていた。私にはどうすることもできない。そんなこと言うべきじゃないですよ、民族性でひとくくりに判断するなんておかしい、彼らも同じ人間ですし良い人も悪い人もいます。そんなことを言ったって、彼、彼女らはいわば洗脳状態にあって何も変わらない。
怖い人に関わりたくない。巻き込まれたくない。私は私の周りが幸せであればいい。そう思って蓋をしていたのかもしれません。
香織と同じだ。考え方は多少違っても、結局あわれている態度や行動は香織と同じじゃないか。私は、小説の中の彼女を冷たい人だと感じたのに。

そんなふうに私は、民族間の問題とか差別とか、死刑制度の是非とか、そういう重い話題を避けて生きてきたんです。
なるべく見ないようにしてたし、意見はあっても言わないようにしていたし、反対運動のデモに参加するなんて全く考えられなかった。
楽しく幸せに生きていたい、私とのそのまわりだけでも。

自分の甘えを見せつけられたように感じました。
身近に当事者がいないから考えずにいられただけだ。大切な人が当事者だったら、そうはいられない。
読んでいる小説の主人公やキーマンが当事者であることで、読み手である私は(主人公に感情移入するため)考えざるを得なくなりました。
城戸は架空の人物だけど(いや、『序』をそのまま事実として解釈するなら彼は実在するのか?)、在日として生きる人のリアルが描かれている気がしました。作者は当事者に取材して書いているだろうから、きっと事実としてわりとリアルなんでしょう。
むしろ読者に現実に起きている問題なんだと認識させるために、作者は『序』を小説に組み込んだんじゃないでしょうか。

今まで気づかないふりをしていた人々の苦しみが目の前あって、それを見ながら頭を押さえつけられている感じ。顔を背けられない。

現実に気付いてしまったけど、じゃあ今日から行動を変えられるのか?立ち向かえるのか?デモに参加するのか?
きっとできないと思います。結局、本当の当事者にならないと、私は自分の生活と周りの幸せを優先する。
でも、考えようと思います。当事者になったとき、どうすべきなのか。どうしたら守れるのか。何と声をかければいいのか。想像しようと思います。

すぐに行動できなくても、見ないふりをせず現実としてとらえ、考えて、準備する。
それが結果的に自分と、自分にとって大切な人の幸せを守るんだと思います。
そのことに気づかせてくれた本作に感謝します。

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