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大和堆問題で思う

日本は国境線を持たない島国です。領土・領海・領空を合わせて領域といいますが、国境なき島国は領域をどのように線引きしているでしょうか。

日本の領土は海岸線で、領海は領海基線から12海里以内に引かれた領海線で決められています。領土と領海の上空(宇宙空間より下 低軌道衛星高度は宇宙、大気圏内は領空という理解でよいかと思います)を領空といいます。日本の領海は領海基線から3海里の海域と12海里の海域に大別されます。領海を越えるものとして接続水域と排他的経済水域(EEZ)があります。EEZは領海基線から200海里以内の水域で、海洋資源に対して沿岸国が主権的権利(主権ではありません)を行使できます。対岸間が400海里以下の場合は該当国間でEEZの境界を協定し、重複を生じないようにします。大陸棚はもう少し複雑です。

日本海中央部にある大和堆は広い浅瀬と思っていただければよく、水産資源が豊富です。その大部分が日本のEEZとなります。過去から日本海沿岸国は大和堆の水産資源を利用してきました。近年EEZなどの現代法制が導入されたわけですが、歴史的沿革や既得権などもあり、世界ではEEZを合意できても漁業権は別途協定することが珍しくありません。両国のEEZをまたぐ形で漁業水域を定めて両国の漁業権を認めるわけです。日韓漁業協定や日中漁業協定、日ロ漁業協定といったものです。なお日朝漁業協定はありません。日朝間には国交が樹立されていない(正規の外交関係がない)のですから。

協定を維持するか否かを判断するには、その協定が目的通りwin-winに運用されているのか、という問題が出てきます。日中や日韓の漁業協定は残念ながらワンサイドゲームと総括して良いと思います。もちろん、どちらも日本の完敗です。一言で言うなら、「図太さ」のレベルが違いすぎるということだと思います。東シナ海でも、日本海でも協定海域では日本漁船は子ども扱いで圧倒され、日本当局の相手国船への取締りは馬の耳に念仏といってよいでしょう。

さらにそこに無許可の他国漁船が入り込んできます。例えば北朝鮮漁船ですが、厳密にいえば日朝間ではEEZの合意も漁業協定もないので違法とは言い切れずグレーな部分です。真偽のほどは不明ですが、北朝鮮が自国の漁業権を中国に売ったことで中国漁船が大和堆に押し寄せているとの情報もあります。これが事実であるなら中国は北朝鮮制裁の国連安保理決議に違反していると同時に明確に無許可船となります。中朝間の合意は日本には法的効果を持たないうえに、そもそも中国は日本海でEEZを主張できませんので。

日本のEEZである大和堆は韓国漁船・北朝鮮漁船そして今や中国漁船にまでいいようにされる事態に至り、あろうことか日本政府は日本漁船に出漁自粛を求めてしまいました。正しい政策とは思えません。内政的にもですが、外交的にもです。
海上保安庁は海上境界線の警備を国境警備と称しています。その意図はわかりませんが、少なくともそう称するのなら国際標準の国境警備をするべきでしょうし、政府はそれを担保せねばならないと思います。水産資源と人命では同等性を欠くので人命をリスクにさらすような対応は過剰警備であるとの見解もあり、警備程度は繊細な課題です。ただし、日本政府と国民は軍事と刑事(警察)を混同しすぎているのではないかと感じます。海上境界の警備は司法警察権をもって実施しているのであって、力を用いた警備は戦争を誘発するとの思考は短絡的で過敏に過ぎると思います。

日本政府には以下の対応を期待します。
・近隣国との漁業協定等の破棄
  均衡性(win-win)を実現できていない日韓と日中漁業協定は破棄し
  あるいは失効させ、EEZ境界線の関係に戻る。日韓大陸棚南部協定の
  失効とその確保。
・海上境界警備の質的変更
  高圧放水や音声警告を標準的手段としている現段階から一歩進め、
  誰何・臨検・拿捕までを標準対応として、警告射撃までを現場判断
  で可能とする。強制接舷から拿捕の流れは現在でも実施されていま
  すが、その実施判断ハードルを低くし、実施を支援するために現場
  判断で警告射撃を行う。拿捕船は司法判断で違法認定されたら没収
  し、インドネシアに倣って爆破処分とする。
・日本漁船の出漁支援
  自国EEZでの安全担保を理由としての出漁自粛要請は、相手国船に対
  して行うならまだしも、自国船に対して行うことは本末転倒であって、
  相手国に向けて明らかに間違ったメッセージを送ること。日本政府が
  行うべきは日本漁船の出漁支援と護衛である。
・海上境界の確定
  千島列島と歯舞・色丹、竹島、尖閣諸島での海洋境界を確定させる。
  これはそれぞれの島嶼の領有権問題に決着をつけることであり、ロシ
  ア・韓国・中国と協定を結ぶことに他ならない。世界史的にも国家境
  界線は常に流動するものであり、時代ごとに力関係が反映されてきた。
  各国がいずれも1mmも譲らないで係争を続けることと、トータルとし
  ての均衡を合意できるのであれば係争を生起させない目的で境界を確
  定させることと、どちらが国益かを判断するべき。現時点でどのよう
  な境界線で合意しようが、それは未来永劫の確定では全くない。外交
  は現実主義でなければならず、時には自らや相手に対して冷徹である
  べき。
  国際海洋法制の「海は陸の付属物」原則に則って、尖閣諸島は有人化
  が必要。

アナーキーな国際関係において性善説を看板に掲げるのは悪いことではありません。ただし、実行は性悪説をベースにした外交という条件付きですが。

実務海技士が海を取り巻く社会科学分野の研究を行う先駆けとなれるよう励みます。