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文トレDAY49 17-狂人72時間

修羅場から離れたものの、私の精神状態は異常だった。
オーナー秘書からの矢のような電話。
「大至急、対策をたててご連絡いただますか?」
きっとこの秘書もオーナーから追い立てられているのだろう。

へたり込みたいのだが、適切な場所がなかった。
よろよろになりながら近くの喫茶店に行く。
出された水を飲むが、水の味がしない。口の中をなにか冷たい液体が流れ入る感覚はかろうじてある。胃が痛む。
高卒で入った会社で胃潰瘍やった、胃が痛んだ。その時の感覚が蘇る。
ホットミルクを頼み、冷めるまでしばらく放心状態になる。

そのとき私は自分の顔を見ていなかったが、きっと血の気が引いたひどいありさまだったにちがいない。こんなとき、仕事仲間で相談できる人がいるとココロ強いのだが。そのとき、ドアを乱暴に開けて喫茶店に社長が入ってきた。
「渡部ぇいるかぁ!」
「こんなとこでなにしてんねん!寝てる暇なんかないぞ!早く仕事せんか!!」
社長が私の髪の毛をつかむと力任せに引っ張る、そうすると髪の毛がバッサリ抜けた、社長の右手は、血だらけだ、いや血だけではない・・・なんだこれは?
「うぉぁあーーっ!」叫んでいた。
「お客さん、お客さん、大丈夫ですか?」
夢だった。
冷えたホットミルクが目の前にあった。
味のしない冷えたホットミルクを飲んで考えた。

近くで席で楽しそうに会話し、コロコロと笑う女子高生のグループがいる。
笑声がうっとうしい。イライラする、私は、頭を掻きむしり、自分の手で自分の頭を殴った。ゴンゴン音のするほど殴った。落ち着かない。
まわりの笑い声がやんだ、女子高生は引いて出ていったのだ。
私は麻薬中毒者のように見えたのだろうか?

私は、高校のころ夜逃げを体験している(6-高校時代 倒産+夜逃げ)。あまりに辛い悲しい出来事だったのか、私の記憶は抹消されている。ということは、今私が現在体験しているこの状況はその時にくらべ「たいしたことじゃない」のかも知れないという感覚が湧いてきた。

たそがれている時間はなかった。辛い体験を映画館でプレイバックして何度もなんどもみて苦しみを再び味合うだけの不毛な時間だ。
そして、こころの傷に塩を塗りつけるのだ。
急に頭に血液が流れ始めた。機能していなかった臓器に新鮮な血が通い始めた。

残された時間は、3日間、72時間。いや、70時間だ。現在、現場にある機材。調達可能な機材。手伝ってくれる人。これらを頭の中で整理する。電話をかけてジタバタしても時間の浪費だ。

考えろ!考えろ!考えろ!

機材は、買わずに借りよう。現場の近くにTの取引先の舞台照明会社があるのを思い出す。デモ器なら、今日出荷・・・・
時計を見る。午後3時15分。

東京本社に電話をかける。事情を簡潔に説明し、今日発送できる機材とつかそうな機材があれば、確認なんて必要ないからどんどん大阪に送ってくれるように頼む。親身になって聞いてくれる宮川さんと会話するうちに目頭が熱くなる。

続いて、舞台照明会社に電話する。そこはその喫茶店から歩いて行ける距離だったので、今から行くことだけ告げて喫茶店を出る。

使えそうな機材をチェックして、明日から1ヶ月ほど貸して欲しい旨をつたえる。機材は、明日ピックアップしに行くことを伝える。

頭の中ではすでにスケジュールが出来上がっていた。
DAY1  DAY2 照明仕込み工事、調整開始。
DAY3 調整と追加機材を設置。引き渡し。
うまくいかなかった時どうするか?そんなことは一切考えなかった。

「出来ると信じる、そして進める、それしか生きる道はない」

70時間経過していた。
ほんとうに72時間。寝ることがなかった。

そして、引き渡し当日。
ステージの周りにオーナーの下海剣一と武田、そして数人のニューハーフたち。こちら側は、私と新前、設計事務所の畝山と台電社の浜友。
ちょっと説明をするべきかと思ったが、場がしらけるのでやめる。
「では、始めます」
照明のプレゼンを行なった。
3日前とは全く異なる照明機材がステージいっぱいに取り付けてあった。
プレゼンが終了した。
これでだめなら、煮るなり焼くなり好きにしたらいい。腹は決まっていた。
小さい拍手が聞こえた、オーナーの下海剣一が手を叩いている。が、目は怖そうだ。
オーナーが拍手すると他のメンバーも合わせるように拍手をしている。
「よっしゃ、次はわしらの頑張る番や」
ようやってくれたとは言わなかったが、顔はにこやかだった。











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