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文トレDAY48 16-修羅場「江坂事件」

プランをプレゼンボードにして宅配便で送る。

数日後。
クライアント(事業主)が打合せしたいという。時間を調整して参加する。
こちら側は、設計事務所兼内装工事会社アキタの畝川とその上司、台電社の浜友、そしてわたし、先方担当者は、あれ。たくさんいらしゃる。10人ぐらいはいただろうか。女性が圧倒的に多い。
アキタの畝川が会議を仕切り、私が照明のプレゼンをした、やる内容が正確に把握ができていなかったので、あえてスローペースで進め、相手の反応を伺いながら、慎重に進める。
「これでは、ショーができないわ。」
あきらかに、元男性だった女性の声だ。
私は、先日のオリエンテーションで、カラオケで歌う時の
演出程度としか聞いていなかったので、鋭い目線をアキタの畝川さんと台電社の浜友に投げた。
(どうにかこの状況を調整してよ・・・、目で訴えたが、分かっているのに無視を決め込んでいた。)
「すいません、ショーをするなんていうことを全く聞いていなかったものですからここから少し照明機材の説明をさせていただいて、そのあと、非常に申し訳ないのですが、どのようなショーをなさるのか教えて・・・」
「すいません、後日修正した物を提出させてください。」会話を遮って台電社の浜友が話をした。
「すまんけど、渡部さん、あとはウチらで話するので一旦ここで会社にもどってくれるかな」
「はい、わかりました」
私だけ会議をあとした、「ああぁ、また余計なことを言うてしまった。」このプロジェクトは流れたなぁ。台電社がどこか別の下請けを使って再プレゼンするだろうなと思っていた。
まぁいいか、美味しいラーメンでも食べて帰ろっと。
携帯が鳴った。
台電社の浜友さんからだ、きっとさっきの空気を読まない発言を指摘するのだろう。よし!クレーム受けるココロの構えは整った。
「はい、渡部です」
台電社の浜友さんの声は少し興奮気味だった。
「今すぐもどれるかなぁ〜」
先方担当者は、会議で会話の続きをしたかったのに、なぜ返してしまうのか?すぐに担当者をもどせ!と迫ったそうだ。

「先ほどは大変失礼しました。どういったショーを行うのか教えていただければ、それにあった舞台照明のご提案をさせていただきます。」

それは、俗に言う「オカマのショーパブ」だった。
いや、彼女ら?彼ら?? 面倒なので彼女らと言うことにする。
彼女らかすれば、「オカマ」ではなく「ニューハーフ」のショーパブらしい。正直「オカマ」と「ニューハーフ」の違いがよくわからなかったがここは、彼女らの提案を受け入れよう。
一通りの内容を確認。プランらしいものを書けそうな気がしてきた。

プランを書き、予算をまとめる。途中経過を聞いていたはずなのに、アキタの畝川さんが照明器具を減らす提案をする、すこし理不尽な提案だと思えたたが、長い物には巻かれろ精神がでてしまった。わかりましたと納得してしてしまうのである。
ショーをするためには、これが必要だからこの部分は譲れないと断固とした対応をするべきだった。
この判断の誤りは後々大きな失敗へとつながることになるのだが、その時は知る由もなかった。

1週間後、同じメンバー、同じ会議室、違ったのはプレゼンテーションの内容だけだ。
「先日、お話しさせていただいた内容に基づいて、照明設備の提案をさせていただきます。
プランの一通りの説明が終了した。
納得していただいた様子だった。

この後の流れはスムーズだった。台電社からはすぐ注文書がきた、機材を手配し、工事も順調にすすんだ。

残すところあと7日ほどで引き渡し日、オーナーの誘いで北新地に飲みに行く。
オーナーの名前は下海剣一、外食チェーンも経営していた。私と同じ歳だったが、貫禄がちがう、一目見ると只者ではない雰囲気を醸し出している。カタギの人間には見えない。後で知ったのだが元暴走族。車のことはよくわからないがでも普通のベンツより明らかのに高そうなベンツを所有している。ただ、品がない。

新地のニューハーフのショーパブの店に行くのは生涯初であった。半裸にちかい衣装でダンスを繰り広げていたのが、正直、女性としての性的な魅力は全く感じない。元男性だけあって、体幹の力が必要なアクロバティックな動きも魅せる。小さいステージの割には本格的なコンサートツアーなどで使うムービングライトが数多くとりつけられていた。

この日、そのあともう一軒、お店にいった。クライアント側から6人、T社からは、私と新前君が参加した。
(お姉様方は不参加、この業界も狭い、すぐに噂が広がる。)

かかった費用はダンサーたちに払ったお捻りは別で総額120万円。
予算を削る感覚とこの金の使い方の感覚に違和感をおぼえた。
削られた予算は、この金額よりも少なかったのだ。
飲み行く人数を調整したら予算が確保できたのになぁ〜と酔の冷めた頭で考えていた。

別れ際にオーナーから
「わしらの店も、さっきの店みたいになるように頼みますよ、先生」
血も凍る恐怖の一言だった。
ち、違いすぎる、機材の質、量、演出の厚み、全てにおいてやろうとしている店舗の設備は劣っていた。
その場で切り返すこともできず、ただ唖然とするしかなかった。
予算を削られて都度クライアント側と調整をしてきたはずなのだが。
自分の詰めの甘さに震えが走った。

翌朝、店舗の店長候補の武田さんに電話し、昨日オーナーから言われたことを報告した。
・・・なので、このまま進めれば大変なことになる、もうここまで進んでしまっているけれど、今のうちに機材を増やす提案をするべきだと言った。
武田さんの反応はクールだった、「僕は今の照明でいける(対抗できる)と思う」と言い切られてしまう。
ここで、絶対に無理です!と言い放つべきだった。でも、できなかった。

これで安全弁が塞がった。

ここで他に策がないかもっと真剣に考えるべきだった。直接オーナーに直談判するんべきだったのだ。悔やんでもしかたない。

爆発するとわかってる爆弾があったら、どんな手を使ってその危機を回避するだろうか?

陰鬱な気持ちとは裏腹に工事は問題なくすすみ、引き渡しの前日。
私の携帯の着歴は、オーナーの秘書から10件。あわてて現場にむかう。
内装工事は終了していた。扉も養生が剥がされている。

扉をあけると、衝撃の光景が見に入った。店舗は、幅4メートル、奥行き15メートルほど、奥の2メートルがステージになっている、客席が両サイドにあり、真ん中1メートルほどが通路兼、ダンスエリアになっている。

ステージ上手にオーナーが大きな椅子に腰をかけ、タバコを吸っている。
そして周りの客席には、そこの社員50名ほどがいた。
音はない、話し声もない。
ただ、ものすごく強い憤怒のエネルギーがその空間を支配していた。
私は、震える足でおずおずとステージに歩みより、オーナーと視線を合わすため、自然にひざをつく。
「渡部はん、これじゃショーができんとダンサーが言うてますねん」
「どないしてくれます」
私は答えに困ったが、勇気を振り絞って先日新地に行った時、オーナーからの約束を聞いたとき、次の日に武田に相談したことを打ち明けた。
予算が圧迫されたことも説明した。
「武田ぁ!!! お前も聞いとったらチャント報告せんかい!」

「渡部はん、この機材全部いらんので持って帰ってくれるか、そのあと僕が新地の例のショーパブのオーナーの頭をさげて、その照明をやった業者を紹介してもらってそこにお願いする。」
「その間、営業できんようになるさかい、その間の損金もそっちに払ってもらうからな」

「今すぐ全部持って帰れ!」

私を目掛けてガラスの灰皿が飛んできた。
50人もいてだれも止めに入ろうとする人はいない。
今目の前に包丁があったら自分の首に深く突き刺し、現実逃避したかもしれない。
口から声がでない。この場から消えたい。

沈黙の時間が流れた・・・

「それか、ええか、渡部お前は、今からほかの仕事するな。3日間寝るな。金の心配はするな。それでうちの照明を新地の店に負けんようにしてくれ」

「でけんかったら、全部持って帰れ!!」

私に選択の余地はなかった。

私は泣きそうな声で
「はい、やらしていただきます」と答えた。










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