線香は食べものではありません
「おいしいもんじゃないですけど」
「苦いんですか」
「苦いというより線香臭いです」
口に含む。
薄い板状の1cm四方の漢方薬は舌で簡単に割れた。先生に言われたとおり、すぐに呑み込まずに口のなかで溶かす。
ああ、これは。
わたしの生まれた年、曾祖父曾祖母が立て続けに亡くなった。田舎の家でたいして広くもないけれど、当時はそれが「あたりまえ」だったそうで、「あたりまえ」のように、
通夜葬儀は自宅で執り行われたという。
その後、初七日だの七七日だの初盆だのと、
立て続けに法事の場に連れて行かれた。
その現場で、わたしは寝かされていた。(そんな写真もたくさんある)
何しろ乳飲み子である。
乳を飲み、排泄をし、眠るだけの生き物。
その頃、大人たちはというと、
蔵から湯呑みを何十個も出してきて、コントのようなサイズのやかんで茶を沸かしたり、和尚さんに茶菓子を出したり、訪問客の相手をしたり、料理を出したり、と忙しくしていたようで
わたしは随分長いこと茶の間に放置されていたらしい。隣の部屋である仏間の線香が途切れることはなかった。
線香臭さを嫌うどころか、むしろ好きなのはこの辺りに由来があるのかもしれない。
祖母は毎日仏壇に線香をあげて朝晩読経していたし、わたしの潜在意識にも擦り込まれていそうだ。
とはいえ、である。
線香は決して、食べるものではない。
いや、線香そのものを食べているわけではないのだが……
不味い。
なんだこれは。
いや、わかっている。漢方薬だ。
お世話になっている漢方薬局で、
「たまに動悸がする」などと口走ったがために
先生が
「試しにこれを」と出してくれたのである。
チラシには「苦い」と書かれており、
「苦いんですか」と顔にすべてを出しながら不服そうにつぶやくと、
「線香臭い」と返ってきたのだった。
線香臭い。それだ。
口にしたあとのあまりの線香臭さに
「何やこれ……()」
と、なっている間に動悸はおさまっていた。
「氣」は巡るらしい。
胸のつっかえもマシになっている。
良薬はなんとやら、である。
線香ぐらいいつでも焚くから、
「線香臭いもの」を口にするまでもなく
氣も巡ってくれればいいのに、
と、洗い流すように白湯を口に含みながら思った。
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