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メリーさんのひつじ feat.父

前置きをしておくと、こわい話ではない。


父は変なうたを、唐突に歌い始めることがある。
大抵の場合わたしはそれを無視して過ごす。が、ふいにトイレに立ったとき、
自分が自然に謎のフレーズを歌っていることがあり「伝染ってるやん……」と驚愕したことがあった。そのとき洗面所で手を洗いながら
わたしはたしかに、


「〽︎あんたが一番〜わたしは二番〜ッ
  あ よいよい〜っと」


と、口ずさんでいた。
それもごきげんに。


わたしのカラオケレパートリーにそのような歌はない。ついさっきまで居間でくり返し聴いていた(聴かされていた)父のそれに間違いない。


「こわっ…」


サブリミナルというやつだ。
完全に無意識、無自覚。ぞっとする。
父のその歌に他意はない(はずだ)が、
わたしたちはあらゆる媒体を通じてこのような手口で知らず知らず洗脳を受けているのだろう。
メディアは大衆を誘導したい方向へ向かわせるため、意図を持ったメッセージを伝えてくるので厄介である。あな恐ろしや。侮ることなかれ。



父の話に戻そう。


少し前、居間の大きなちゃぶ台を囲んで各自思い思いに過ごしていたときに、それは始まった。


あきらかに
「メリーさんのひつじ」の調子だったが
父はごきげんに、


「〽︎ヤーギさんのひっつじ〜ひつじ〜ひつじ〜」


と 歌い出した。


しばらく無視していたが、父はわたしの隣に鎮座している。無料漫画アプリで読んでいたシリアスな漫画の内容が、真横で繰り返される謎のフレーズによってかき消されていく。
たまらずストップをかけた。


「ちょいちょいちょいちょいッッ!」

 
野球の審判の「ファール」の仕草で止めに入る。
父はパソコンから顔をあげ、やや迷惑そうにこちらを見た。



「なんじゃい」
「ヤギさんのひつじとは」
「えっ?」
「だから、ヤギさんのひつじって」
「何それ?」
「いやそれこっちのセリフ!!!えっこわいこわい。幻聴にしてははっきり聞こえたんですけど」
「はぁ……」
「今しがたあなたが歌ってた歌のことです」
「歌?ヤギさん?ワシそんなこと言ってたかね」
「ごきげんで歌ってましたよ」
「はて……(小首を傾げる)」


間。


「はて……!?えっ!?はて……!?」
「……(パソコンに集中している)」
「えっ……会話終了!?」
「……(パソコンに集中している)」
「はぁ〜ッ!?😂」


話はそこで終わった。



🐐 🐏🐏🐏



その後もわたしの脳内に山羊と羊が無限に湧いてくるので、漫画アプリをそっと閉じ、考察をすることにした。
 


〽︎
ヤギさんのひつじ、ひつじ、ひつじ
ヤギさんのひつじ、かわいいわね
 

父の歌より引用




尚、本当の歌詞はこちら。

メリーさんのひつじ
メエメエひつじ
メリーさんのひつじ まっしろね

どこでもついていく
メエメエついていく
どこまでついていく かわいいわね
(以下省略)

童謡「メリーさんのひつじ」より引用



父の歌に出てきた
「ヤギさん」は当然「山羊🐐」だろう。
山羊と羊なんて漢字で書いたら大差ないのに、
さっきの歌だとまるで山羊のほうが羊を所有してるように聞こえた。「メリーさん」はたぶん人だけど、「ヤギさん」は山羊のはず。
山羊が羊を飼っているシュールな姿が、なぜか漫画「ザ・ファブル」の主人公・佐藤アキラ氏の絵のタッチで脳内に再現されてしまい、ひとりでツボに入る。あわせて、

「〽︎ヤーギさんのひつじッかっわいーわねー」

という、わたしが止めに入るまでの弾んだ父の声がやはり脳内にぶり返してきて、ちゃぶ台に突っ伏した。これまでさんざん無反応を貫いてきたのに、とうとうつっこみというかたちで反応してしまった。
戦ってはいないが、父に負けた氣がして何やら悔しい。そして妙な歌を歌った本人はわたしがぐるぐると考察を続けていることにも一切氣づかず、黙々とパソコンに向かっている。解せない。



もしかして動物の山羊のことではなく
「八木さん」という人物のことを指していたのだろうか。



「八木さんの羊」。


誰?


それにさっきの

「〽︎ヤーギさん」

は どう考えても「山羊」の発音だった。
じゃあやっぱり、八木さんじゃなくて山羊さんやん。

もしかして「山羊さんの執事」?
いやそれなら敬称の位置がちがうか。
っていうか山羊に執事、要らんやろ。


もしかして「ヤギさん《の》」じゃなくて
「ヤギさん《と》」の聞き間違いだったのか?

〽︎
ヤギさんとひつじひつじひつじ
ヤギさんとひつじ かわいいわね
 



ヤギとひつじがかわいいだけの歌になってしまった。



そこまで考えて我にかえる。
メリーはどこへ行った。


そもそも、その山羊、どこから連れてきたんや。父よ。
わたしに至っては謎の「八木さん」と「執事」まで召喚してしまった。どうしてくれよう。



モヤモヤしているわたしをよそに父は
「どっこいしょういち」と言って立ち上がり、
煙草を吸いに外へ出ていった。
「はて」と返された時点で、それ以上の追及は意味をなさない。だいたい、何も考えていないからあんな奇怪な歌詞が出てくるのだ。
こういうことにいちいち丁寧に反応して考察していると本当にキリがない。キリがないから、今まで無反応を貫いてきたのではないか。


癪だけど、謎は謎のまま置いておくことにした。


それ以来、まったく笑う要素のない童謡「メリーさんのひつじ」を聴くたび、ふるふると肩をふるわせて笑いを堪えるヤバい奴になってしまった。
「父の謎歌」というすり込みによる後遺症である。


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