アマ・ダブラム紀行 第8話
深夜1時。完全に寝ることは出来なかったが、シュラフを出た。熱いスープとコーヒーを2杯、チョコレートバーを1本食べ、ダウンスーツを着る。時間をかけて三重靴を履き、日焼け止めをたっぷり塗ってから、バックパックの中をチェックした。
カメラ、レンズ、予備のサングラスとヘッドライト、グローブ、電池、行動食のチョコレートバーと乾燥したベリーを少々。テルモスには熱いお湯を入れている。たったこれだけの作業に1時間近くかかってしまった。
外に出て、ハーネスを履き、ユマールやATC、ビレイロープをいつもの位置にセットする。満天の星々が輝く中、サミットプッシュ開始。風が少し強いのが気になったが行けないほどではない。少し岩場を歩いてアイゼンを装着すると、岩と雪が混じった壁がすぐに始まった。先の見えない壁をヘッドライトの光を頼りに登っていく。
しばらくすると岩混じりの壁が次第に雪と氷の壁へと変わっていった。固くしまった雪にアイゼンがしっかりと効き、ゆっくりではあるが着実に上へと足を進める。
次第に空が明るくなっていく。迷路のような氷の世界でクライミングをすること5時間。反り返った低い壁を越えるとキャンプ3に到着した。完璧とは言えないが体調はそれほど悪くないし、何より気持ちは前を向いている。
ただ時間がかかりすぎていた。徐々に強まっていた風は僕がキャンプ3に着いた頃、立っていられないほど強くなっていた。遮るものがないアマ・ダブラム頂上直下は強烈な暴風に襲われ、雪煙が激しく舞い、山の上部は全く見えなくなっている。
頂上まであと500m。時間にして4、5時間。行きたい。登ってしまいたい。行けるか?少しここで待ってみるか?もしかしたら風は弱まるかもしれない。色々な考えがぐるぐると頭を回る。
シェルパが助言を求め、ベースキャンプに無線を飛ばした。
「降りてください!風はもっと強くなります!無事に降りれなくなるかもしれません!」
無線の向こうから怒鳴り声が響く。風で声がかき消されて、こちらからいくら質問をしても、何も聞こえない、という返答が来るだけだった。
もう一度アタックするチャンスがあるかどうか今はまだ分からない。僕もシェルパもまだ若く、登りたい気持ちの方が強かった。もし、ふたりだけだったら間違いなく上がっていただろう。シェルパが僕に最終のジャッジを求めてくる。心は頂に向かっていたが、無事に降りれなくなるかもしれない、この言葉で僕は決断した。
この山に挑むと決めた時から、当然ある程度の覚悟はしていた。命さえあれば、多少の凍傷やケガでは諦めない。僕の体を心配してくれた多くの人たちには申し訳なくて誰にも話すことはできなかったが、密かにそう決めていた。
けど何があっても命は守らなくてはならない。それは、僕が写真家だからだ。写真家は写真を見てもらって初めて価値を持つ。だから必ず生きて帰る。
多くの人たちの心に写真を届けたいから僕は撤退することを選んだ。
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この旅で撮影した写真を収めた僕のファースト写真集「Ama Dablam」が代官山蔦屋書店様にて限定発売しております。ぜひお手にとって頂けましたら幸いです。
1月22日(火)には写真集発売記念として同店にてトークイベントを開催致します。詳しくは下記のリンクよりご確認ください。
http://real.tsite.jp/daikanyama/event/2018/12/canon-ginza-presents-1-shines.html
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