病める時も、健やかなる時も
週3回、それぞれ約4時間、1週間に換算すると約12時間。
どんなに仕事でへとへとでも、同僚の仕事が残っていても、定時で退勤して、血液透析を受けに病院へ行く。
生きるために一生行く。
腕に針を刺して、体内の血液を機械の中で濾過し、再び体内へ戻す。
4時間もの間、彼は眠ったり、片手で残りの仕事をしたり、読書をしたりしているそうだ。
そして私は時々、ラストオーダーが迫る時間に集合してお酒を一緒に飲む。
彼の左腕は優しく触れると心臓のような鼓動がする。
耳を近づけると命の音がする。
天気のいい日にピクニックグッズを広げて、一緒に草っ原に寝っ転がる。
日が暮れてくると彼は「ちょっと失礼。」と言って、麻酔のテープをその腕に貼る。
そうしてふざけた話をしながら一緒に病院へ向かい、じゃあ、また、と手を振り合って別れる。
彼は病院へ。私は家へ。
そして気が向いたら、またラストオーダーが迫るお店で集合して、おつかれさまとお酒を一杯飲んで帰る。
彼が仕事を休んだり、愚痴や弱音を吐く姿を私は一度も見たことがない。
彼はいつも笑っている。笑って、風が気持ちいいね〜と会うたび言っている。
今まで出会ったことのない、言葉に出来ない彼の強さや美しさに、私は強烈に惹かれた。
私が取りこぼしてしまう世界の美しいものを、彼は大切に拾い上げる。
2月、私は彼になんとなく手作りクッキーを作った。
初めて添えるお手紙の文章で悩んだ。
「いつもありがとう」?
「尊敬してる」?
「これからもよろしくね」?
「好きです」?
…
「いつも一緒にいてくれてありがとう。」
「ありがとう。可愛いお手紙だったね。」
「Buon compleanno」は、イタリア語で「お誕生日おめでとう」という意味らしい。
「いつもありがとう。
これからも末永くよろしくね。」
「末永く?」
「うん。」
結婚式で耳にするこの言葉
「病めるときも、健やかなるときも」
ってそもそもなんだ?
彼は確かに、透析無しには生きられない「患者」だ
けれど、彼にとって、今は
少なくとも透析導入前に比べたら
「健やか」なのかもしれない
命があって、仕事をして、適度にお酒を嗜んで
社会的にも「健やか」なのかもしれない
今いわゆる病気や障害が無い人
だって、もしかしたら明日事故に遭うかもしれない
一生治らない病になるかもしれない
よく、私の友達は言う
「なんでわざわざ」
「やめた方がいい。幸せになれない。」
「あなたが抱えなくていい。」
「難しいね。あなたが好きなら応援する。でも、あなたには幸せになってもらいたい。」
母だけが唯一
「私は反対しないよ。あなたが好きなようにすればいい。反対する人も沢山いるだろうと思うけど、あなたが後悔しないのが一番いい。」と言った。
仕事柄、患者さんを支える周りの方々と接する機会が沢山ある。
突然の病で以前のように話せなくなっても、姿が変わっても、変わらず愛情深く真摯に支える方々を沢山見てきた。
いつも、その方達を自分と自然に重ねてしまう。
彼ら・彼女らの揺るがない姿勢を前にする度に、「私だったらこんな風に支えられないかもしれない。支える前に自分の心さえ保てないかもしれない。」と落ち込んだり、想像して怖くなったりした。
「この人とどんな運命でも共にする」という決意をし、本当にそれを体現する方たちを、次元が違うと感じる。
私にはその壁を乗り越える勇気も覚悟も無くて、怖くて、2年間ただ怯えているだけだ。
ただ「今、彼と一緒に居たい。会って話したい。」という自分の気持ちに素直に従ってきた。この気持ちが何なのかも正直わからないのに。
「末永く」がどういう意味なのかわからないけれども、
この言葉を彼が口にするのには、彼の性格的にも、おそらくとてつもない勇気がいるだろうと思う。彼から未来の話をすることは今までなかった。
母の言う通り、「私が」どうしたいか、考えなければならない。
けれどこの2年考え続けても全く答えは出なくて
本当に参ってしまう。
私にとっての幸せとは、なんなんだろうか?
うちの両親のように
最近結婚ラッシュの友人たちのように
私がそう育ててもらって幸せだったように
「健康」なパートナーと
「健常者」のパートナーと
結婚して、家庭を持って、2人でマイカーを運転して、時々子どもたちを旅行に連れて行ったりすること?
それとも
子どもを持てるかわからない
遺伝が心配
将来一人残されるのが心細い
予定は全て、週3回の透析の予定に合わせる必要がある
こういったきりの無い心配事を時々越えようとしてくる、
「彼とただ一緒に居たい」というこのよくわからない気持ち?
ぐるぐるめぐって答えは出ない。
苦しくて、交差点ですれ違う見知らぬ人にさえ、「あなただったらどう思いますか?」って聞きたい。
彼はそんな私の中の揺らぎさえ見抜いているだろうなと感じる。だから焦るんだ。
私にとっての幸せってなんだろう。
彼のことを私は
愛しているのかな?
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?