全裸の王子様 #24
24話 『捨てられた兵器』
岩本家屋敷側の状況をしっかり把握出来ていない事と、美月に危険が迫ると直感した〇〇の行動は、どうやら間違いではなかったらしい。
空中をとてつもない勢いで降下する美波と史緒里ほ眼科には、大きく燃え盛る炎と岩本家屋敷の姿があった。
美波:なに…?あの炎の柱は……
岩本家屋敷は全く持って無事だった。
壊れるどころか、屋敷自体には大した傷や汚れさえもなく、いつも通りの外観だった。
しかし、その屋敷のすぐ側、正面玄関の先にある大きな二重扉のすぐ近くだった。
二、三人の人影のような何かの前に、天高くまで立ち上った大きな炎の柱。
まだ"それ"の正体を掴むには、彼女達のいる場所からは見える距離ではなかった。
史緒里:やっぱりあれ、敵じゃない?
目で捉えることが出来ない史緒里は、冷静さを失うことなく合理的に現状を見た。
史緒里:あの屋敷内に今、炎系統の天能を使える人は誰もいない……
美波:う、うん…そうだね…
史緒里:だとすると考えられる仮説は二つ
史緒里:どこかから攻めてきた炎系の天能を持つテロリストが来た。もしくは、美月が、山下総隊長の天能を引き継いだか……だと思う……
彼女の仮説は半分正解、半分不正解と採点した時、満点へと変わるだろう。
史緒里の思考は、山下美月の父である山下総隊長の天能を利用したテロリストの事でいっぱいいっぱいだった。
そう、久保史緒里は。
美波:……
史緒里:ねぇ美波?さっきからずっとそうやって何か考え事してるけど、私の話聞いてる?
何度話しかけても曖昧な返事しかしない美波に、痺れを切らした史緒里は少し強めに問いかける。
美波:あ、あぁ…ごめん…ちょっと…考え事……
美波:っていうか…何か…嫌な予感……
史緒里:は……?
これなら戦場へ向かう。と言うのに、美波は思案に耽ったまま訳のわからない事を言い出した。
――私は…何かを"忘れて"いる…
掴めそうで掴めない何かに、美波は何度も手を伸ばし捉えようとすると、また逃げられる。
そんなもどかしい気持ちの中、美波は気持ちを切り替えるため守るべき"家族達"の姿を思い浮かべる。
美波:そうだ…ちゃんとしなきゃ……
美波:私がみんなを守るんだ……みんなを……
一人一人、生活を共有するみんなを思い浮かべる。
〇〇に美月、もちろん史緒里、それに蓮加にあやめに祐希、桃子、そして珠美と楓。
みんなの顔が思い浮かんだその時、意図せずタイミングでその行動が美波の懸念にとっての最後のピースとなって当てはまった。
屋敷には、楓と珠美がいる。
――だとすれば、不味い。
美波:そうだ……全部思い出した……
目を大きく見開き、当時忘れていた、いや、忘れる事を強制された記憶を引っ張り出した。
美波:あの日、あの時……いや、ずっと昔から……私が拾われた時から……あの二人はすでにいた…
美波:あそこに…
史緒里:美波?アンタさっきから…大丈夫?
突然一人でに呟き出した美波の様子に、史緒里が心配そうに声をかけるが、相変わらず美波は何も答えず、ただただ何かをぼやく。
美波:二人は実験を…天能の"譲渡"…いや…"移植"だ…
美波:史緒里!今から一瞬だけ、あんたの事を"嫌い"って認識するから!
史緒里:は、はぁ??
美波:質問禁止!簡潔に言う、史緒里嫌う、デバフ効果で重力デバフ、かける!降下速度上がる、行くよ!
史緒里:ちょっ!なんでカタコト?!え、美波?!これ以上早くなるの?!
史緒里:ね、ねぇってば!!私の話聞いてんの?!ねぇ!ちょ、美波ー!!!
そして二人は、急激に加速を行い、降下した。
*
蒼乃:うわっちゃ〜、腕もげちゃったよ
同時刻、岩本家屋敷城門前。
蒼乃薔薇は気付かぬうちに自身の体の一部が無くなっている状況に、取り乱す事なく自覚した。
蒼乃:何も言わずにいきなり奇襲とは、やっぱり俺って嫌われてんのかなぁ…
自身の肘から先のなくなった右腕を眺め、珠美や楓、美月に向け、するように自分自身の扱いの酷さをわかりやすく皮肉としていた。
そんな蒼乃薔薇の皮肉に呼応するように、口の達者な少女は口を尖らせる。
楓:知らねぇよ、クソ侵入者がよ
楓:その年になって人様の家に入る行儀がなってないとか、頭湧いてんの?
珠美:楓……ちょっと言い過ぎ……
珠美:まぁ、どうせあとは殺すだけだし……別に気にすることでもないか
唯一まとも風であった珠美でさえも、目の前に立ちはだかる"蒼乃薔薇"と言う人間は、殺すないと気が済まない相手と認識していた。
蒼乃:はは…"殺す"か……
蒼乃:いいよ、俺は血の気の多い人間は大好きだし、ましてや女と来た
蒼乃:楽しませてくれよなぁ!!
オブラートを知らない真っ直ぐと来た言葉な暴力を浴びながらも、蒼乃薔薇は笑った。
団長、そして山下美月との死闘により満たされていたはずの彼の"戦闘意欲"は、今や飢えていた。
乾きを、潤いに満たすため、蒼乃薔薇は、大きく燃え盛る剣を振り上げ、構えを見せた。
――来るっ!!
二人は直感のまま、地面を蹴り上げ、左右に跳んだ。
蒼乃薔薇の振り下ろした炎に包まれた剣は石畳の地面を軽々しく砕く。そして、空を燃やし尽くした。
珠美:あれが、美月の言ってた……
楓:山下総隊長の天能をベースに作った武器かっ…
二人が驚くのも、無理はなかった。
蒼乃薔薇が行ったのは純粋に刀を振り下ろしただけ。しかし、彼の振り下ろされた刀の切っ先からは、ありえないほどの出力の炎が生み出されていた。
今頃後ろに回避していたら、彼女達は、灰となりすでにゲームオーバーとなっていただろう。
蒼乃:へぇ、左右に避けたか…運の良い奴ら
初見殺しを見舞うつもりが、傷一つすらも与えられなかった蒼乃薔薇は、嬉しそうに笑った。
蒼乃:さぁさぁ!ここからが本番だ!!
すぐには終わらない戦闘に愉悦を感じる蒼乃薔薇は、喜びゆえに彼女達から視線を外す。
楓:よそ見すんな
その隙を見逃さなかったのは、楓だった。
蒼乃薔薇の後頭部を、鋭い蹴りが衝撃を与える。間髪入れず、空中から打ち下ろされる鉄槌のような拳に蒼乃薔薇の体は地面へとたたみ付けられる。
――こいつ、動ける
思考の中で、蒼乃薔薇は甘噛みした。山下美月と言う存在を直に感じたはずだが、実際に相対して初めて彼自身は理解した。
岩本〇〇の"護衛"と言う役割を持つ人間達の力を。
――だが、脇が甘ぇよ!!
地面に伏し、上乗りになられながらさらに一撃を加えられそうになった瞬間、蒼乃薔薇は振り上げられた楓の右腕とは反対方向に生じた左脇腹に目掛け、腰からに仕込んでいたナイフを振り上げた。
しかし――
珠美:思考丸見え
振り上げられるはずのナイフを持った左腕は、すぐ横に立ちはだかる珠美の剣により、串刺しとなった。
珠美:そのまま何回か…死ぬといいよ
珠美の言葉が耳へと伝わった瞬間、頬に強い衝撃と痛みが深く走った。
――コイツら、隙ねぇ…
右頬、左頬、右頬、左頬。一巡、二巡、そして三巡、楓の重い拳は、何度も蒼乃薔薇の顔を殴る。
まるで恨みを込めたような力強さで楓は目の前の侵入者を殴り続ける。
どうにか抜け出そうと思考を巡らすが、楓の逃れられないホールドと殴打の威力により少しずつ意識と思考力を奪われる。
そして何よりも厄介なのが珠美だった。
ホールドから抜け出すために足を動かそうとすればその足を、少し離れた刀を握ろうとすればその手を。次の手を打とうとするたび、珠美の追撃により、蒼乃薔薇の体には複数の刺し傷が出来上がっていた。
そんな隙のない二人の攻撃に、蒼乃薔薇が打てる一手は無くなっていた。
そう、詰んでいた。
自身の情報がどこからか漏れている事、自分自身と実力差が近い相手、そして何よりも二対一と言うアドバンテージが顕著に出ていた。
珠美の言葉通り、蒼乃薔薇の死が六度目を超えたあたりのことだった。
珠美:楓……大丈夫?疲れてない?
楓:うん、大丈夫……はぁ…はぁ…まだ行けるよ…
拳を振い、剣を貫き続け、十分あたりが経過した。
二人の息は上がり、そろそろ疲労が目立ち始めていた。
二人の作戦は至ってシンプル。
〇〇や美波達がここに来るまでの間、蒼乃薔薇が目を覚ました瞬間に殺し、蘇生する時間を潰し、時間を稼ぐと言う方法だった。
"死なない"人間を殺す事は、二人の天能を使ったとしても、正攻法では"不可能"だった。
だから二人は、〇〇の天能と美波と史緒里の労働力を算段に入れ、彼らの到着を待った。
楓:心配ないよ……珠美……
楓:私は全然……疲れてない……だから、〇〇様が到着するまで……押し切ろうっ……
息が上がり、少し疲れたような表情を見せながらも楓は心配をかけぬように拳を奮い続けた。
敵を罠にハメ、あとは忍耐の勝負に持ち込んだと見えたその戦いは、また、例の"天能"により、失敗に終わる。
蒼乃:詰めが…甘ぇよ…
楓:っ?!
突然発されたしゃがれた声に気を取られ、楓は振り下ろすはずだった拳を、一瞬、止めた。
その会話に気を取られる一瞬が、蒼乃は欲しかった。
足元から細い線のような物が伸び、触手なような奇妙な動きで楓の周りに浮き上がり始めた。
楓:ちっ!なに!?これは!!
少し怒ったような声でそう発したあと、やむを得ず、蒼乃の体から離れ、奇妙な糸の包囲網から抜け出した。
珠美:大丈夫?!楓!!
無数に地面から伸びた奇妙な糸から逃れた楓は、受け身を取るように珠美のすぐ横に着地した。
楓:大丈夫。少し切っただけ…
切れた口端の血を拭い、楓は立ち上がり、珠美よりも前に出る。両の手のひらを合わせ、目を瞑りながら大きく息を吸った。
楓:珠美、遊びはもう終わりだ
珠美:まさか……楓……
楓:うん、申し訳ないけど、あんたには……ここで私と一緒に死んでもらうよ
蒼乃:あぁ……いっ、痛ぇ〜、あぁ…はぁ……
何百発も拳を撃ち込まれた蒼乃の頭蓋骨は、原型の無くなるほど殴られたためか、普段通り修復をする際は骨の音が激しく響いていた。
それに共鳴するように、彼の軽々しく発された「痛い」と言う言葉には、どこか悲鳴なような物が紛れていた。
珠美:あの手を……使うって事だよね……
少し怯えながら、珠美は楓に答えを問う。
楓:うん、あれしか手はないの……
少し申し訳なさそうに楓が呟いたあと、珠美は楓の目をじっと見つめたあと、笑った。
珠美:へへへ、何申し訳なそうにしてんの!
珠美:私はとっくの前から覚悟、決めてたよ?
楓:珠美……
珠美:それに、私は楓、あんたと二人であっちに行けるなら後悔なんてしないよ?
真っ直ぐな目で珠美はそう言った。
楓:あはは……アンタッテヤツハ
珠美:あっ、やっといつものカタコト楓になった〜、ずっと怒ってたから怖かったな〜
楓:アリガトネ、珠美…
珠美:私こそ……ありがとう……
二人は互いの手を繋ぎ、少しだけ後悔をしたあと、全ての覚悟を決め、最後の敵を見つめた。
楓:"我が設定したる遵守すべし理よ"
珠美:"汝が望む依代、我が生命を賭けて成し得る"
――我が身に応えよ
《領域》、《犠牲》
二人の少女達が詠唱を唱えたあと、その場は、突然の夜になったのか、真っ暗な一つの"空間"へとなった。
to be continued
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