全裸の王子様 #30(終)
30話 『立替』
少年:僕はね、最初の人格なんだ…
突然の暗転。暗闇の中で祐希が目を覚ました時隣には一人の少年が椅子に腰掛けていた。
その少年は目を覚ました祐希を心配したその後「時間がない」「全てを話す」と告げ、全てを語り明かした。
祐希:っ!〜っ!っ……!あぁっ……!
突如現れた少年の語りかけに応えようとするが、なぜか声が出なかった。
――えっ、なんで?!声が出ない?!
少年:うん、やっぱり声が出ないんだね。だから君はそのまま聴いていてほしい…
少年:僕の話なんだけどね…
少年:僕が生まれ持った天能は《否定》と呼ばれる物だったんだ…
少年:この天能はね、僕が"所有"していると認識している"物"の"変化"を否定出来ると言う天能なんだ
少年は現在の状況に困る祐希に有無を言わさず一人でに語り始める。
少年:そして僕はね、ある日大きな戦争で戦う最中に殺されちゃったんだ
祐希:え…?
少年:その時、死の間際で僕は"生まれ変わった"んだ…
少年:僕の命は僕のだ。そう認識した時、僕の肉体は死を否定し、死ぬことのない体になった
少年:首をもがれ血が足りなくなろうが、心臓や脳みそ、内臓を潰されても…僕は死ななくなった…
少年:そんな歪な存在になった僕は、ある事を望んだ
少年:僕は"死にたくなったんだ"
祐希:っ…
――死にたく……なった……?
聞き馴染みのない人の望みに祐希は唖然とする。
少年:死ねなくなった僕は、何人も人を殺した
少年:生きるために人からの命を受け、死なないために人を殺し続けた
少年:五年、十年、いや…百年は戦争に参加したかな…
少年:"死を否定"するわけだから"老い"すらをも否定して、僕は"永遠の命“を手にしたんだ…
少年:でもね、"死なない身体"を手に入れた事で、僕の心は…死んじゃったんだ…
少年:何度死んでも死なない。何度痛い目を見ても、僕は死ねない。そんな苦痛な日々を過ごすうち……僕は絶望した…
少年:次死んでしまうかもしらない時、僕は生きる事を諦めようとした
少年:それでも死ぬのは怖い…
少年:だからまた"死を否定"し続けた。すると僕の中に、もう一つの人格が出来た
少年:それがあいつ。もう一人の僕だ
そう言うと、少年が指を刺した先に、一つの映像が浮かび上がる。
そこに映っていたのは。
――なに…してるの…?
蒼乃薔薇と呼ばれる男が、彼女の家族達を蹂躙していく光景だった。
祐希:んー!!んー!!
少年:そうだよね。ごめんなさい。ごめんなさい。
少年:アイツが生まれてきたのは……僕のせいなんだ……
少年:僕が……死にたいと望んだから……
祐希:っ……あぁ!うぅ…っ、!!
必死に何かを伝えようとするも、祐希が口を開く事は許されず、ただ呻き声だけがその場に響く。
少年:ダメだ……もう時間がない……
少年:時間がないから簡潔に話すね
祐希:うぅ…うぅ……
少年の言葉に耳を貸さず、惨状とも呼べるほどの残酷な光景に祐希は、涙を流す。
少年:ごめん、代導者様…
少年:この罪は、僕が背負うから……あなたは世界を救うんだ……
そう言って、少年は祐希の頭を掴み、自身の頭とぶつけ合わせる。
少年:もう一人の僕は、僕のためにあなたを殺すつもりなんだ
少年:僕たちが暮らすこの星は、"代導者"…つまりあなた…祐希さんがいるから生きているんだ…
少年:あなたと言う人間を"代導者"と言う存在に仕立て上げる事で、制約を作り、生存している
少年:つまり、あなたが死ねば、この星も死ぬ
祐希:っ……
少年:だから蒼乃薔薇は、僕を死に導くため、あなたを殺そうとしている…
少年:でも、今の僕は死ぬ気はない
少年:最後までやり遂げる事が出来た。僕はまだ死ねない理由が出来たんだ…
少年:だから祐希さん、行こう、二人を止めに…
*
蒼乃:なぁ、いつまでそうしてるつもりだ?
まるで興味のない物を見るような冷たい目で、両手を鎖で繋がれた少年を見つめ、蒼乃薔薇はそう言い放つ。
??:それは……僕に言ってるの……?
幾度となく死を経験したからか、鎖により自由を奪われた少年は、死んだような瞳で蒼乃薔薇を見つめる。
??:君が心配してくれるなんて…珍しいね…
皮肉のような言い方でそう言った後、ニコッと微笑んだのち、繋がれた鎖に体重を任せ、目を瞑る。
そのまま暗闇の中に身を委ねようとした瞬間、髪の毛を掴まれたような痛みが走る。
??:っ!?
蒼乃:何勝手に俺を封じ、お前が表に出て情けなく謝ったりしてんだよ?
蒼乃:早く俺に変われ、ガキが…
珍しく怒りを表面に出した蒼乃薔薇は、少年の勝手な行動に腹を立てていた。
怒る蒼乃薔薇とは対に、乱暴に扱われる一人の少年は、落ち着いた声で返す。
??:やだよ。君にはもう変われない
蒼乃:あぁ?
予想外の反抗に蒼乃薔薇も戸惑いを見せる。
蒼乃:何調子乗ってんだよお前?つまんねぇ事言ってんじゃねぇよ、早く変われ
蒼乃:俺はあの化け物王子と殺り合いてぇんだよ
戦いと言う愉悦に身を委ねる蒼乃薔薇は、興奮のあまりか、歪な笑顔で〇〇との再戦を願う。
しかし、蒼乃薔薇の願いは、一人の少年の反抗する事実によって不可能と化した。
少年:僕は変わらないよ。もう君に"だけ"苦しい思いをさせるわけにはいかないんだよ
少年:もう君が死ぬのは"終わり"だ
少年:僕が…全部終わらせるんだ……
*
〇〇:これでもう……終わりでいいだろ……?
手と足に剣を刺され、身動きさえ取れず、その場に倒れ込む蒼乃薔薇を上から見下ろし、〇〇は告げる。
〇〇:お前が"死を否定"する事さえ諦めてくれれば、それで全部が終わるんだ…
〇〇:だから…早く死んでくれっ!!
蒼乃:あぁぁぁあっ!!ぐっ…あぁっ!
蒼乃薔薇の体にまた新たな傷が出来る。〇〇の手に握られていた剣は重力に従い、自由落下を行う。
そして、また、肉を抉る。
蒼乃:あぁっ!ゔぅ、うぅ…
叫び出しそうになる痛みが蒼乃薔薇の体全体に走る。
蒼乃:はぁ……はぁ……
蒼乃:もう死なせてください……俺を……この世から……消えさせて……ください……
〇〇:あ?
蒼乃薔薇の独り言のような戯言は、〇〇の殺意と怒りに触れ、逆鱗を呼び起こす。
〇〇:ざっけんな…ふざけんなよ!!!
蒼乃:ひっ……
〇〇:死なせてくれ?今更…今更何を都合のいい事を言ってんだ!お前は!!
〇〇:美月を…史緒里さんを…美波さんを…珠美さんを…楓さんを……っ!!お前が!お前がっ!!
〇〇:お前が殺したんじゃないかっ!!
矛先は決まっている。目の前で転がる奴。そいつに全ての怒りをぶつければ良い。
〇〇自身もそれを理解していた。
しかし、それ以上に大きく増幅した怒りは、もうどうしても晴れる事はなかった。
〇〇:……クソが……
〇〇:クソが!お前なんて死ねばいいんだ!この…クソ野郎が…死ね、死ね!死ね!!
口汚い言葉を吐き捨て、〇〇は胸中に蔓延る鬱屈とした感情を持て余す。
それは眼前で絶望したような表情を見せる蒼乃薔薇に向けての怒りでもあり、誰一人として守れなかった自分自身に向けた怒りでもあった。
怒り。怒りだけが今の〇〇を作り出す。
今もまた思い切り腹部に剣で貫き、致命傷を与え、気持ちよく感じ、そしてまた怒りに呑み込まれる。
蒼乃:あぁぁあ!あぁっ!!
〇〇:はは…まだ…足りない……
憎悪徒に怒りに呑まれた〇〇は、理性を失い、ただただ目前の男を殺し続ける。
そしてその殺意が、軽く百回を上回った時。
ようやく二人は出会った。
祐希:〇〇……様?
〇〇:あれ……祐……希……?
そこにいたのは、一人の悪魔だった。
いつも見ていた太陽のような眩しい笑顔が似合うあの少年は消え、涙を流しながら返り血に染まった顔で、祐希の方へと視線を向けた。
〇〇:どうして……ここに……?
今はそんな事はどうだってよかった。忠告を破って屋敷を出た事も。
全部どうでもいいから。
彼に、触れていたかった。
祐希:〇〇様……〇〇様……!
〇〇:祐希……祐希……
二人は涙を流し、抱きしめあった。
生き別れた家族が出会ったかのような勢いで二人は泣きじゃくり、抱きしめ合う。
〇〇:祐希……祐希……
〇〇:みんなが……!みんなが……俺のせいで……
〇〇:みんな俺のせいで!俺のわがままで…俺が継承戦に出なかったら……あのままみんなのそばにいたら…
〇〇:こんな事には……
蒼乃薔薇がこんなテロを起こした事も、全てを辿れば、国王の策略を利用しようとしたあの日に始まった。
継承戦を参加せず、今頃みんなでどこかに逃げていたら未来は違っていたかも。
〇〇はそう、過去を悔いる。
祐希をもっと上手く匿っていれば。自分自身にもっと先を読む力と知識があれば。きっと未来は……。
〇〇:もっと幸せな…未来がっ!
ぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。何事にも気づけなかった自分が情けなく、みんなに背負わせてしまった事が申し訳なく、〇〇は消えてしまいたくなる。
けれど祐希は、何も言わず、また、抱きしめる。
祐希:私は今が一番、幸せですよ
その言葉に、〇〇は涙に滲んだ目を開ける。そんな言葉をどうして自身に向けられるのか分からなかった。
〇〇:幸せ……って……だって!みんなは……
祐希:きっとみんな、また会えます
祐希:きっと今の現状を"幸せ"、と言うのは間違っているんだと思います
祐希:でも、私は今が幸せなんです……
〇〇:……
祐希:私を家族の一員として迎え入れて、みんなが命を賭けて、私みたいな人間を必要としてくれた
祐希:だから私は、恩返しをするんです…
祐希:もう一度、幸せの未来を掴むために…
そう言って祐希は微笑んだ。
祐希:〇〇様、今度もちゃんと、みんなの事を守ってあげてくださいね
祐希の体は、だんだんと透き通っていく。
〇〇:祐希……?一体…何を……?
少しずつ、祐希の体は淡く光る。
祐希:今度は私の番です。皆さんのために、私の全てを使って……みなさんを……
〇〇:祐希……祐希!ダメだ!祐希までいなくなられたら!俺!俺!!
ようやく出会えた二人の強く繋がれた手が、別れにより離れそうになった時、鈍い音が響く。
蒼乃:ミッション……達成……
祐希:あっ、がはっ…
宙を舞う、祐希の体に、一本の刀が突き刺さる。
〇〇:祐希?!
蒼乃:なぁ化け物王子……お前は知らなかっただろ?"代導者"に備えられた"天能"をよぉ
蒼乃:それはな?《円環》…
蒼乃:自身の命を媒介にし、時を戻す…これが"代導者"に授けられた天能だよ…
粉々になったはずの蒼乃薔薇は、語り出す。
蒼乃:だが、俺は今それを阻止した…
蒼乃:そして!代導者はこれで死ぬ……つまり……この世界はここで……終わりだ……
蒼乃:これで!世界は……
〇〇:終わらないよ…
〇〇:俺が……終わらせない……
蒼乃:あ?
〇〇: "我が所持したる全てに、干渉したる者どもに、立替を"
〇〇:"我が生命を糧に、彼の者に、我が《立替》と〈拡大解釈〉を"
〇〇:《立替》
そして、最後の《立替》は実行された。
…to be continued?
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?