全裸の王子様 #9
9話 『嫌いな人間の定義』
各々が命を賭け、重みや情熱は違えど、互いの主人からの言葉を守るため、戦争は激化する。
無数の命を葬りここまで来た者達は、互いに目の前に立ちはだかる一人の人間を屠るため、死力を尽くす。
美波:はぁぁああぁ!!
美波の叫び声と共に、切先の鋭く尖った薙刀は、空を切り、ゼファルドの脳天を目掛け、大きく縦に振われた。
しかし、ゼファルドは、予知していたかのように美波の薙刀が頭部に到達する手前、自身の大剣で受けてみせた。
硬い手応え。美波の直感は、この大剣ごとゼファルドを切り落とすのは困難だと理解したのだろう。
すぐに体勢を後ろに捻り、死角から迫るゼファルドの右手の動きを見切り、後方へと回避。
ゼファルド:お前、闘い慣れてるな…
鍔迫り合いの最中、語り掛けるゼファルド。
そんな達観したような物言いに、美波は冷静に、かつ平常心で、返事をする。
美波:いいえ、決してそんな事は…
美波:私は今まで、様々な者と戦って来たわけではなく…
激化する死闘の最中、一瞬だけ生まれた互いに語り合える瞬間、それは美波にとって"無駄"でしかない時間だった。
美波:〇〇様の邪魔をするやつを!片っ端から片付けてただけだ!!
言葉の勢いを、自身の体に乗せ、瞬時に距離を詰めた後、また大振りの薙刀を振るう。
――早い、今までよりも数段。
突然の奇襲に後手に回りながらも、ゼファルドは的確に美波の薙刀をいなす。
ゼファルド:ご主人様、ご主人様…お前の人生は全くつまらないものだなぁっ!
大剣と薙刀が小競り合い、互いの力比べになったその時、ゼファルドは、再度語りかける。
ゼファルド:お前の人生はご主人様の物なのか?
美波:つっ…何が言いたい?
お互い、力を緩める事なく、手に持った獲物に力を加え続ける。
ゼファルド:お前はご主人様が死んだら、この先どうするんだ?
美波:だから……その質問の意図はなんだっ!!
意味のわからないゼファルドの問答に痺れを切らしたのか、力任せに薙刀を振り切り、ようやくゼファルドの肩に、ダメージを与えた。
しかし、美波は喜ぶことすらせず、ただ目の前の敵を葬らんと、薙刀を振るい続ける。
ゼファルド:だから、お前の人生、楽しいか?って俺は聞いてんだよ
肩から少量の出血をするゼファルドは、自身の傷に何一つ反応を示さず、話を続ける。
美波:なっ、私は…
ゼファルド:〇〇様が生きてるだけで楽しい?きっとお前ならそう言うだろう
ゼファルド:だが…それの何が楽しい?
ゼファルド:誰かに忠誠を誓う事、それは当人にとっては誇りそのものであろう
ゼファルド:しかし!お前のような主人のために簡単に命を危険に晒せる人間には……反吐が出るわぁ!
確かに受け止めた。はずだった…。
ゼファルドは一瞬にして、美波との距離を詰め、両手で大剣を大きく持ち上げ、豪快な縦切りを繰り広げた。
構え姿から、美波はその未来を予測出来た。
だからこそ、薙刀を横に構え、その一閃に渡り合えるために、獲物を振り上げたはずだった。
しかし…。
美波:かはっ……
どれほど美波の想いが強く、負ける気などがなくとも、美波とゼファルドの間には大きな差があった。
天能と、経験と、道具の質だ。
美波:やはり……そうか……
美波が振るった薙刀は、ゼファルドの一撃を防ぎ切る事はなく、ボロボロに朽ちて砕け散っていく。
その事実だけで済めば良かった。
ゼファルド:良い女の流す血は…綺麗なもんだ…
心の底から悪寒が走るようなゼファルドのセリフ、しかしゼファルドが言うように、美波の肩には、大きな跡が残っていた。
美波:相変わらず…発言一つ一つが癪に触ると言いますか、気持ち悪いと言いますか…
肩から流れる大量の血を、止血するため、自身の肩を殴り、筋繊維の硬直を促した。
美波:話していて腹が立つ方ですね…
――女のくせになかなか豪胆な事をしやがる
渾身の一撃を与えたつもりが、怯む事なく立ち上がる女を目前に、少し呆気に取られていた。
しかし、ゼファルドはすぐさま感情を立て直す。
ゼファルド:もう、諦めたらどうだ?
頼りの獲物を無くした美波を前に、ゼファルドは勝ちを確信していた。
ゼファルド:おそらく、お前の天能は"他対象のサポート型"だろ
ゼファルド:お前は、この戦争が始まってから一度も天能を使用してない
ゼファルド:しかしお前は、体術だけで、俺とほぼ互角に渡り合った上、あの軍勢を退けた
ゼファルド:つまり、お前は戦闘に向いていない天能に選ばれた…だから基礎的な戦闘力を上げる事に専念した…そんな感じだろ?
様々な情報から、相手の天能、生きてきた過去、そして"デリケートな部分"までも炙り出す。
ゼファルド:岩本〇〇……見下げた男だ…
ゼファルド:天能が使えぬ者はもはや役立たずだ
ゼファルド:役に立たん者を側において、さては、あの男も貴様の顔を目当てか?なら良かったな!
ゼファルド:がははは!!夜伽の相手くらい、貴様でも上手いこと務まるであろう!!
ゼファルド:お前の転職は――、
美波:よく喋る口ですね、口に油でも塗って?
ここで一つ訂正をさせてもらおう。
先ほど述べた通り、美波とゼファルドの間には、確かに、大きな差が生じていた。
しかし、間違っていた。
その間違いは天能だ。そう、これに関しては、今の彼女の方が大きく上を行く。
ゼファルド:――っ!!
ゼファルドの目に写ったのは、拳。
獲物を無くしたとて、美波がいまするべき事は変わらない。薙刀がない。しかし拳がある。では殴るしかない。
最大級の蔑みを込めたゼファルドの暴言は、咄嗟に見舞われた美波の一撃によって、かき消された。
ゼファルド:ぐぉぉっ!!
ゼファルドの天能、《発達》など、塵芥も同然。
自身の体の一部を"発達"させる彼の天能は、打撃が自身の顔に衝突する瞬間、自身の頬の筋肉を発達させたが、美波の一撃は、彼の頭蓋に響く。
背丈は変わらないものの、美波より確実に体重のあるゼファルドは十数メートルも吹き飛んだ。
ゼファルド:まだ……こんな力が……
決してダメージは軽くない。下手をすれば、この死闘の決着を左右しかねない一撃だった。
それでもゼファルドは笑う。
ゼファルド:良い!!やっぱりお前は最高だ!最高な女だ!!名前!名前を教えてくれ!!
美波:私の……名前を…
*
美波:梅澤美波です……桃子とは同期で、桃子と皆様の…何か、役に立てればな……と思い、ここへ来ました……
騎士団兵育成機関を二番手で卒業をした私は、初陣を終えた後、同期生に怪我を負わせた責任感からある王族の護衛についた。
その王族は、過去に廃れ、様々な民衆の恨みを買い、殺された王族夫妻達の忘れ形見だった。
〇〇:えぇ!すごいっ!俺たちみたいな忘れられた王族にも…護衛が……
蓮加:やったね!お兄ちゃん!
あやめ:これで私達も百人力だね!!
〇〇:よろしくね!美波さん!
"美波"……そう呼ばれるのは桃子以外の人間からは初めてだった。
桃子:美波?ちゃんとあなたも〇〇様とあやめちゃんと蓮加に挨拶しなさい
蓮加:ちょっと!桃子さん!どうした私だけ呼び捨て?!美波さんの前では様付けしてよ!!
あやめ:騒がしくてごめんなさい、美波さん、今後もよろしくお願いしますね…
そういえば、私の名前は"美波"だった。
私は運良く、"天能"と言う才能に恵まれた。しかし、それは"無能"とは変わらない物だった。
私の天能は《好嫌》だった。
好きな者にはバフ効果、嫌いな相手にはデバフ効果を与える。
少しだけ、複雑なように見えて、かなり単純で、精神に干渉する使いづらい能力だった。
そして私は、人を好きになんてなれなかった。
親に捨てられた私は愛を知らない。面倒くさい事に"好き"の対をなす"嫌い"も……知らなかった。
だから私は、基本的な戦闘技術だけを磨いた。
いつか、本当に好きな者が出来た時、その者を守り切れるように。
全てのことを投げ打って、自分を磨いた。
その時がやっと来たんだ。
あやめちゃんに蓮加に桃子。美月に史緒里、楓に珠美、祐希…そして……〇〇様。
私はみんなが大好き。
そして、そんなみんなとの輪の中にいる今の私も、私が好き。
この場所を守るんだ。好きなみんなとこの場所を。
だから、今、こいつをここで――、
*
美波:私の名前は梅澤美波……あんたの事は世界で一番"嫌い"だから、美波なんて呼ばないでね?
――この女、肩の傷が回復してる?
突然の怪力といい、肩に負ったはずの致命傷を高速自然治癒、そして圧倒的オーラ。
突然の美波の進化に呆気を取られながらも、身体を起こし、構えに入ろうとする。
しかし、ゼファルドの体に異変が走る。
――何かがおかしい…体が…重い……
美波の一撃はかなり強力だった。しかし、ゼファルドの元の筋力と《発達》により防御を行なった強度では、ここまでダメージを負うことはなかった。
ゼファルド自身も、それはよく理解していた。
――まさかこれが……奴の能力……
――他人にデバフを…その条件として自身にバフ効果を上乗せしたのか!
まさしくに、その通りだった。
――すごい、体が…軽い
美波の保有する《好嫌》は、他人を対象としたサポート型の能力だった。
しかし、彼女自身の"解釈"は、また一段進化した。
この場にいるのは二人の人間。
ゼファルドと美波。嫌いな者と好きな者。
天能の使用条件として、間違いはない。
ゼファルド:あぐっぁ…!
先程まで姿を捉えていたはずの美波は、突然ゼファルドの死角から現れ、腹部に一撃。
流石のゼファルドにも余裕がなくなったのか、血を吐きながら、先程の一撃による欠損箇所を治すため、治癒力に《発達》効果を付与。
しかし――、
美波:遅い…
聞こえてきた言葉の意味を理解した時、また体の一部に新たな痛みが走る。
ゼファルド:うぐっ、がぁ…!
肋骨、左脇腹、右腕、左脚、次々と体の一部から骨の砕ける音が響く。
目で追えぬ速さで欠損していく自身の体に、ゼファルドは疑問を抱く。
――なぜ?なぜ俺の《発達》を施した体が、こうも易々と砕かれる?!奴のデバフは……
美波:私の能力の事……いくら考えても無駄だよ…
ゼファルド:ぐはっ…!
倒れそうになりながらも、なんとか最後の力を振り絞る事で、自分が今立っていられる事に気がつく。
美波:これで…トドメ…
最後の一撃を決めるため、美波は、ゼファルドの背後に回り込み、走り出す。
――最後の狙いは、背中か…!
朦朧とする意識の中、彼の経験か、それとも戦闘に対する本能か。美波がトドメとする一撃の到達点の予想に成功する。
しかし、背後から迫る美波に反応するために、ゼファルドは振り返らなければいけない。
彼にそんな力など残されてはいなかった。
しかし彼も、"天能"を保有する者。
ゼファルド:こんの……クソ女がぁああぁぁあ!!
自身の精神に天能効果を付与し、自身の身体と脳の限界点に《発達》効果を施す。
ゼファルド:俺は…あがっ、まだ…舞えるっ!!
全ての力を使い、振り返る。そしてもう一度、悪足掻きをやめないゼファルドは、脳から身体にかけての発達をやめ、全神経と天能を、残された右腕に込める。
美波:また……無駄な事を……
ゼファルドの右腕は《発達》により、異常なまでの筋力と大きさを誇る。
まるで等倍サイズの蛇でも中にいるかのような血管がぽつぽつと浮き出る。
そんな拳を持ち上げ、美波を潰すため、最後の力を振り絞り、拳を振り下ろす。
ゼファルド:あぁ…しねっ……死んでくれぇ!!
美波:私は、〇〇様が大好きです…
美波:だからこそ、大嫌いな人間を定める定義は決まってるんです
精一杯拳を握りしめ、振り下ろされた拳に対抗するように、美波も拳を振り上げる。
美波:〇〇様を馬鹿にした人間、全員大っ嫌い!
ぶつかり合う、二者の拳。轟音が風を割き、大地が爆ぜる。
衝突の余波は、天までを焦がす爆発となり、淀んだ雲は綺麗に割れ、眩い光が差し込んだ。
そんな光が、その場に立つ者、もしくは勝者にスポットライトを当てる。
美波:あんたの敗因は、〇〇様を馬鹿にした事だ!
勝利を制した梅澤美波により、伝説の傭兵として名を爆ぜた"ゼファルド・ガラン"の無敗記録は、戦死という結果を伴い、消滅した。
…to be continued
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