見出し画像

全裸の王子様 #18


18話 『兄弟子と妹弟子』


史緒里:お疲れ様、和ちゃん、美波〜

両開きの扉を開け、一時間の休憩を終えた史緒里は、継承戦中、城外の警護を任されていた二人に労いの言葉を掛けながら、本来の自信の持ち場へと戻って来た。

和:あっ、お疲れ様です!史緒里さん!

美波:お疲れ、史緒里

史緒里と美波の休憩の入れ替わりで警護任務をこなしていた和は、これにて警護任務は終わり、引き続き大八王子の咲月の付き人としての任務が引き継がれた。

史緒里:和ちゃん、咲月ちゃんの護衛もあるのに、門番変わってもらっちゃってごめんね

史緒里:おかげさまで、大分ゆっくり出来たよ

和:いえいえ、私も一応騎士団の者ですし、これくらいお役に立てなくちゃなので…

和は謙虚な心でそう言った。

史緒里:ほんっと……この子もかわいいなぁ!!

和:うぐぇっ!

普段通り、史緒里の"可愛い物"に抱きつく癖は、どこであろうと発動されるものであった。

美波:はぁ……和も大変そうだね……

和:師匠も私の事、史緒里さんくらい可愛がってくれて良いんですよ?

少しあざとく、小動物のような目線と表情で、和は美波にねだるようにそう言った。

美波:あいにくだけど、私には〇〇様がいるから大丈夫

和:ちぇー、師匠は昔っから〇〇くんばっかり甘々でずるいです!!

美波:〇〇様は特別なの……あの人は……うん…特別…

和:きっと師匠の弱点は〇〇くんなんだろな…

史緒里:あ、そう言えばだけど今、王宮内で咲月ちゃんと〇〇様戦ってたよ?

休憩中、周りの人にバレぬように、宮廷広場に侵入し、継承戦の行く末を史緒里は一人堪能していた。

美波:は?!史緒里ずるい!!私も〇〇様見たかった!

〇〇の話題に変わった途端、目の色を変え、恋する乙女のような声色でそう言った。

和:さっきまでと大分対応が違う……

史緒里:ほんと変な師匠で苦労するね

美波:おい?聞こえてんぞ?

和:それで…その試合、咲月ちゃんと〇〇くん…どっちが勝ったんですか?

仲の良い二人の話だったからか、〇〇と咲月の決着に興味津々な和は、史緒里と美波が茶番のような喧嘩を展開する前に、話を終わらせた。

史緒里:いや、まだ決着はついてないよ

史緒里:私がここを出る時にチラッと中を覗いた時に試合が始まったぽかったからね

和:なるほど…今から行けば間に合いますね…

美波:じゃあ次は私の休憩の番だね!!
 
史緒里:あんたはさっき行ったでしょうが!!

〇〇を自身の目に焼き付けたいがため、ルールを犯してでも観戦に行こうとする美波は、史緒里の手刀によって断罪された。

美波:痛い……見たかったな……〇〇様……

史緒里:アンタさっきの休憩中散々絡みまくったって言ってたじゃん…

史緒里:まぁ、てことで交代ありがとうね、和ちゃん

和:いえいえ!私こそ、師匠と史緒里さんとこんなに長くお話しできて楽しかったです!

和:ありがとうございました!

普段の美波なら、護衛の任務を"おしゃべり"と称し、楽しかったと言う和に小言を言うはずが、弟子の素直で可愛い部分に気押されたのか。

美波:ふふっ、私こそ楽しかったよ、私の時も交代してくれてありがとね?私の分まで〇〇様を応援してあげてね、和

和:いえ!私は咲月ちゃん推しなので!

美波:なっ!やっぱりこの子は一から叩き直した方がよろしいのかしら??

史緒里:それは個人の自由でしょ…

呆れながら、史緒里は「やはりこのこの子も…」と自然と笑みがこぼれ落ちていた。

和:じゃあ私は行きますね!二人とも!頑張ってくださいっ!!

そう言ってお辞儀をすると、和は目にも止まらぬ速さでその場から消え去ってしまった。

史緒里:相変わらず速いね…和ちゃんは…

美波:速さだけなら、私でもあの子には敵わないからね

史緒里:美波も意外に…弟子バカなんだね…

美波:そんなんじゃないよ

一瞬にして姿を消した、和の後を追うように、美波は王宮を眺めながら、否定した。

史緒里:そうだね

史緒里:それにしても咲月ちゃんと〇〇様、一体どっちが勝つんだろうね

美波:どっちが勝ってもおかしくないね

史緒里:まぁ、それもそうだね

史緒里: 美波:なんたってあの二人は、兵団内最強の女、山下美月の弟子だもんね



――このままじゃ、ジリ貧だ…

数多なる剣戟により、乱れた息を整えるため、荒く呼吸をしながら、〇〇は現状を整理していた。

咲月と〇〇の"王位継承権"をかけた決闘が始まっておよそ十五分が経過した。

しかし、依然として彼ら二人は、どちらも、血を流すどころか、怪我一つ負っていなかった。

咲月:はぁ……はぁ……やっぱり強いね……〇〇くんは…

乱れた呼吸のせいで、途切れ途切れになる声で、目の前に立ちはだかる少女はそう言った。

対戦相手である菅原咲月も〇〇と同様、自身の剣技のみでこの十五分間を戦い抜いた。つまり、彼女の体力や疲労は〇〇と同等の分消費していた。

ましてや彼ら二人は同じ師の下で、剣と戦い方を教わっていた。実力が拮抗するには、十分すぎるほどの理由が備わっていた。

しかし、現状を打破するため、打つ手を一つ多く持っていたのは、菅原咲月のほうだった。

咲月:"我が手に触れし万物に、発動せよ吸収よ…

――詠唱?!

互いに剣技のみの戦闘に痺れを切らしたのか、咲月は天能の発動のために必要である"詠唱"を唱え始めた。

おそらく、彼らが天能を使用すれば勝負は決まる。

岩本〇〇の戦闘のスタイルは、相手に先手を掴ませ、自身は後手に回り、相手の天能の発動に合わせ、自身の手札の中にある天能で対策を練る。

少し保守的だが、確実に《立替》と言う天能の使用幅を広げる戦法だった。

だから、これでいいはず。

望みどおり、咲月の方から天能を使用してきた。しかし、彼の中に大きな"違和感"が生じていた。

――おかしい…

――咲月の天能は、"自身の手で触れた"万物からあらゆる物、概念を取り込むはずだ…

――今、あいつは何に触れて…

――空気?酸素?いや、違うっ!

突然の困惑により、対峙する者を前にして、長考と言う愚策をとった。

その隙を咲月は見逃さなかった。

咲月:はぁぁあ!!

〇〇:は、はぁ?!

――詠唱を中断?!

不意打ち。彼女が選んだ手はまさかの奇策だった。

詠唱を読み上げる。つまり、"私は今から天能を使用します"と言う合図をブラフに、攻撃を仕掛けた。

反応が遅れ、急速に後方へと下がる〇〇に一撃を叩き込むように、咲月は、手に持った木刀を〇〇に目掛け振り下ろす。

〇〇:そう言うつもりなら俺だって!《回転》

咲月の一撃を躱すため、一歩後退した〇〇は、自身の身体に横向きの"回転"をかけ、振り下ろされた剣を、紙一重で回避する。

咲月:うっそ!今の避ける?!

〇〇:へへっ!反撃だっ!

宙を舞いながら、回転した〇〇は、回転の勢いを剣に乗せ、咲月の振り下ろされ、床に突き刺さった剣を目掛けて、振り下ろす剣の照準を当てる。

――剣を抜くのも間に合わない、よし…折れる!

予想が確信に変わったその時、〇〇の身体に一つの異変が起きた。

咲月:……回転力を吸収せよ!"

〇〇:っ?!

回転の勢いのまま、剣を振り下ろそうとしたはずの〇〇は、剣を上空に掲げたまま、床に到達していた。

――やられた……



突然起きた出来事に、桃子は唖然としていた。

桃子:何が……起きたの……?

拮抗していた剣のみでの対戦は、咲月の詠唱により、天能での戦いに持ち込まれると思いきや、咲月の虚をついた詠唱遮断からの攻め。

しかし、〇〇の咄嗟の判断により、《回転》の天能を使用する事で回避からの攻撃へと繋がる事に成功した。

"岩本〇〇の勝利"

その光景を眺める者全てが確信した。

ただし、一人を除いて。

和:はぁはぁ…あれは、はぁ……〇〇くんの…"回転力"を吸収…したんです…

桃子:あ、和ちゃんだ……

読めない状況に困惑する桃子に声をかけたのは、なぜか息切れした和だった。

桃子:なるほど……って、すごい呼吸乱れてるけど大丈夫なの?和ちゃん?

和:えぇ!大丈夫…はぁはぁ…です……

城前の護衛を終えた和は、咲月と〇〇の決闘の結末を見逃さぬよう、全力疾走で駆け抜けてきた。

桃子:とても大丈夫そうに見えないけどね……

荒れた呼吸が正常に戻った時、少し前に和が放った発言を気にしていた桃子は、ついに和、本人に説明を求めることにした。

桃子:さっき話していた、〇〇様の“回転力"を吸収したってのは、一体どういう事なの?

和は、桃子の質問に直ぐには答えなかった。

憧れ、もしくは初恋の相手と対峙し、なおも剣を奮い続ける彼女をじっと眺め、口を開いた。

和:あの子の能力です…

和:"その天能をもって生まれてきた者は、必ず幸せになれない"と言われるた…あれが咲月ちゃんの天能…

桃子:それって…

和:はい…《吸収》…

和:あれが咲月ちゃんの天能です……



蒼乃:ははは……やっぱし……強ぇわ……

硬い地面の感触を顔面で味わいながら、蒼乃薔薇は大きな声でそうぼやいた。

口の中から押し寄せてくる血液の波。口どころか、両腕に右足、背中に肩、腹部。

様々な箇所から、致死量級の血が流れ落ちる。

蒼乃:流石に……ガハッ……死ぬかぁ……ははは……

団長:なぁ、これ以上……やる意味あるか?

遠く、高いところから、明らかに地面に寝転んだ蒼乃薔薇を見下したような声が聞こえた。

手足は無く、全身に刺されたような傷跡が目立つ蒼乃薔薇は、声にする方に、ゆっくりと首を向けた。

団長:よく分かったろ?

目を合わすと、騎士団団長と呼ばれる男は、顔に付着した血液を拭き取り、そう言った。

彼自身には、一切傷はなかった。

しかし、彼の身体には、ありえないほどの量の血が付いていたのだった。

それは全て。

蒼乃:お前……化け物かよ……

挑戦者が流した返り血だった。

団長:お前みたいな半端な奴が、〇〇様や山下に危害を加えようとしたらこうなんだよ?

団長:どうだ?血のシャワーは……

団長:俺も気持ちよかったよ、お前が言ってた、山下の血じゃなく、お前の血だからかな?

そう言って、返り血を浴び、真っ赤に染まった巨躯な男は、自身の右手に持った剣を天高く掲げた。

団長:何が目的なのか……よく分かんなかったけど、ちょうど良かったよ……

団長:山下がここにいなくて……

団長:じゃあな、半端者が…

無慈悲にも、天高く振り下ろされた剣は、無策に挑んできた者の、首を刎ね、さらに血飛沫をあげた。

…to be continued

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?