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全裸の王子様 #02

2話 『全裸無双』

時が止まる、というはこういう事だろうか。

騒がしく群がる群衆の囲いの中に、突然、一人の少年が飛び込んできた。

綺麗な顔立ちをした少年だった。

艶の行き届いた少し長めの黒髪、中世的だが凛々しい瞳。何よりも笑顔が似合いそうな柔ら面構え。鍛え上げられた肉体美。そして、年相応に成長した彼自身の彼。

先ほどまで絶望の淵にいたはずの祐希は、目を手で覆い隠し普段通りの乙女な一面を見せる。

〇〇:さぁ!お前らが盗んだ物…返してもらおうか!

再び少年の口から言葉が紡がれた。

少年は、自分自身の現在の姿に気づいていないのか何事もない様に男達に話しかける。

長男:ふ、あははは!こいつ!全裸だぜ!あはは!

男達は、いきなり現れた少年の登場に動揺する事はなく。むしろ三人で笑い転げていた。

次男:どうしてこいつ…全裸なんだ!あはは!

三男:それに…くくっ、俺らが盗んだ物を返せって…あはは!随分と痛いヒーローが来たな!

兄弟達は引き続き、笑い続ける。

三男:俺たちが盗んだ物ってなんだ?あれか?そこの奴隷の尊厳?とか?

次男:ははは!やめろよ!そんな痛いセリフ、あんな真顔で言える奴そういねぇよ!あははは!

長男:ふふっ、もうその辺にしてやれよ…

笑い疲れたのか、先程まで二人と笑い転げていた長男は少し息切れしながらも冷静な声で少年の前へと歩み出した。

長男:うんうん、わかるよ…君の気持ち…

高価そうなブーツでコツコツと音を立てながら、男は少しずつ、少しずつ〇〇との距離を詰める。

長男:同い年くらいの女の子が大人達に囲まれ、服を剥がされそうになる

長男:そんな子見たらほっとけないよね?見過ごすことなんて出来ないよね?!

わざとゆっくりと近づいているのだろう。彼は歩くたびに口から皮肉が飛び出る。

長男:君くらいの歳だとちょうどそうだ…十五歳くらいかな?女の子を助ける事に喜びを感じ始める年齢なんだろうね…

長々と少年の行動の動機を考察し終えた後、男は首を傾げ〇〇の顔を覗き込んだ。

長男:よそでやれ…お前みたいなガキの自慰行為に俺ら使ってんじゃねぇよ、変態が…

冷たい目を向け、小声でそう言った後、男は背を向け奴隷の元へと歩み出す。

長男:さぁ祐希…早く決断を…

〇〇:へぇ…《回転》、確かにレアな天能だね

〇〇:あ〜、だから〈渦の支配者〉なんて分不相応な異名があんのか…

男の言葉を遮り、少年はそう言った。

その発言は、どこか煽りのような、わざとらしい言い方だった。

そしてその言葉は、最も容易く、長男である彼のデリケートな部分を抉った。

長男:あ?んだとてめぇ…

〇〇:別に間違ってねぇだろ?

激高するフロックの怒りの叫びは、〇〇の重ね重ねに飛びかかる挑発により遮られる。

〇〇:お前みたいな"解釈"の狭い奴に、こんなレアな"天能"は勿体ないだろ

その言葉に、溢れんばかりの蔑みが込められる。

〇〇にとって目の前の人間は、心底相手にならない雑魚であると、態度で示していた。

長男:ちっ…ガキが…あんま調子乗ってると…

フロックは怒りの感情が限界に達した時、拳を握りしめる癖がある。

そう、彼の拳からは血が垂れていた。誰が見てもこの状況は一触即発だった。

しかし――、

三男:お前なんか…!死ねよっ!!

行動を起こしたのはフロックではなかった。

三男であるトップは、短気である長男より先に限界に達していた。

〇〇が何度も安い挑発を重ねる最中、彼は手に持っていたナイフに力を込め、詠唱を唱え終えていた。

そして、偶然にも長男のフロックが彼に殴りかかろうと腕を振り上げた瞬間、彼は握りしめていたナイフを無防備である〇〇に目掛け投擲した。

三男:お前なんか…兄貴の足元にも及ばねぇくせに!生意気に煽ってんじゃねぇ!ガキが!!

長男:トップ…

殺気と怒りに任せ、投げられたナイフは〇〇を目掛け一直線に空を切る。

〇〇:ほう…《貫通》か…じゃあ…

すかさず、〇〇は左手を前に差し出し、ナイフの到達点に自信の左手の掌を置いた。

三男:へっ!バカが…!これでお前の左手はお釈迦だよ!

そして次の瞬間、鋭利な刃物が肉を貫く、あまりにも不快な音が、その場に響く。

次男:やったか…

彼の願望は、次に聞こえてくる声により叶わなかったと知る。

〇〇:痛つっ…やっぱりすっげぇ…

左手の掌から侵入したナイフは、左腕の肩から抜け出し、貫通されたにもかかわらず、〇〇は思わず笑いながら左腕をぶらんと垂らした。

ナイフを投げ、人間の体を貫通させるなど到底不可能だ。

しかし、彼が持つ"天能"により、腕一本まるごとを貫通する事を可能にした。

〇〇:やっぱ《貫通》の天能は、あらゆるものを貫通する能力…いいね…

そう言うと、〇〇は口角を上げニヤけた笑みを見せる。

〇〇:じゃあ!次はお前の番だな!次男坊!

次男:は、はっ?!

突然〇〇は大声を上げ、長男と三男の後方で姿を隠す次男、トーハに語りかけた。

〇〇:もらうぜ、《治癒》…

〇〇: "怪我となる外的要因よ…我が天能により、自然完治と化せ"

〇〇が詠唱を唱え始めると、三兄弟だけでなく、側にいた祐希さえも驚いていた。

祐希:あの詠唱は…

長男:トーハの《治癒》能力の!

そして〇〇は引き続き、すぅ、と息を深く吸った後、負傷した左手に右手をかざした。

そして後は、トーハがそうしたように唱えた。

〇〇:「heile die Wunde」

次の瞬間、彼の貫通され、穴の空いたはずの左腕は、みるみる内に細胞が活性化されていき、穴は塞がった。

それはまさしく、先程フロックによって負わされた祐希の傷をあっという間に癒したトーハの能力の再現のようだった。

次男:は…はぁ?!ど…どうして?!

その異質な光景に三兄弟と奴隷を含めた群衆達は、理解が追いついていなかった。

〇〇:すげぇ!楽しくなってきた!!じゃあ次はお前だな!三男坊!!

〇〇は地面に落ちていたナイフを拾うと、先程同様に相手の名前を呼びかけ、腕を振り上げた。

三男:ひ、ひっ…!!

停止していた思考が、突然名前を呼ばれた事で覚醒する。

しかし、呼んだ張本人は、彼の返事を待つ事なく、新たなる詠唱を唱える。

〇〇:我が力に、更なる力を…万物を貫ける力を我に…!

三男:これはっ…俺のっ…!!

そう気づいた時には、全てが遅かった。

三男:う、うぎゃあぁあぁぁぁっ!!

つい数分前まで群衆の声により賑わっていた街には、一人の男の断末魔が響く。

次男:は、はっ?!トップ?!

三男:あぁぁ…あ、痛いっ…痛ぇよ!!痛ぇ!!

いきなり倒れ込んだトップの元へ、次男坊であるトーハが駆けつけた時、ある事に気づく。

次男:な、なんだよ…これ…

それは、不可解な事だった。

次男:トップの左腕が…ない…

そう、無かった。千切れた、先程の〇〇のように貫通された…というわけではない、そう、この場から無くなっていたのだ。

三男:あぁ…痛いっ…!痛ぇよ…兄ちゃん…、

左腕を亡くした三男は、荒い息遣いをしながら、出血の止まらない左腕の付け根を右手で抑える。

次男:待ってろトップ!こんな怪我くらい!今兄ちゃんが治してやるからなっ!

焦りながらも、次男坊は冷静な対応で、再度弟を救うため、手をかざし、天能を発動する。

その一方で、もう一人の男は動き出していた。

長男:このガキっ…殺すっ!!

弟を負傷された事で、ついにフロックの沸点は限界を迎え、彼の瞳は皿のように大きく見開き、憎らしい相手、〇〇を見つめていた。

長男:殺してやるっ!!

そして、男は、自分よりひとまわりも年齢も体格も差がある少年に飛びかかる。

〇〇:おもしれぇ…次はお前だなぁ!!

相手の威圧に呼応するように、〇〇も声を上げ、フロックに迎え撃つ。

フロックは一見怒りに身を任せたように見えるが、頭は自然と冷静だった。

――やつは今、トップの《貫通》がある、何か投擲される前に距離を詰めろ、奴に触れたら…俺の勝ちだ!

相手の天能への対策と自分の勝利条件を脳内で分析し終えると、彼は大きく一歩踏み出した。

そして彼の顔を目掛け、大振りの右フック。

しかし、そんな早く決着はつくはずなく、〇〇はその場にしゃがみ込み、回避する。

しゃがんだ勢いのまま、屈伸運動を行い、〇〇は相手の顎を目掛け頭突きを見舞うが、フロックの方が一枚上手か、彼は自分自身の軸足に《回転》を使用し、コンパスのように軸足を固定し、体ごと一捻りし、拳を振り下ろす。

――上手いな、コイツ…少しは出来んな…

相手の意外な天能の使用方法に驚きながらも、回避が間に合わない〇〇は腕を交差させ、相手の一撃をモロにもらった。

〇〇:やるじゃん…〈渦の支配者〉…

フロックの重い一撃を受け、〇〇が一歩後ろに引く事で、拳による対戦に会話の隙が生じた。

長男:そう言うお前は大した事ねぇな…ガキ…

男はそう言うと、早急に構えを取り、呼吸と足踏みでリズムを作り出す。

――ヤツの天能は、おそらく《模倣》。

その推理は、フロック自身の中で、ほぼ完成しきっていた仮説だった。

先ほど〇〇が見せたトーハとトップの《治癒》と《貫通》の再現。そして二人の天能を使用する直前の名指し。

――ヤツは、相手の天能を見た後、使用したい者の名を叫ぶ事が模倣の条件!

相手の能力の全貌の把握が完了した時、彼は一つの場面を思い出した。

"へぇ、《回転》か…"

それは、出会った瞬間、〇〇に自分自身の能力を言い当てられた瞬間だった。

――俺の天能は割れてる、しかし模倣しない…やはり…"見る事"、これが模倣の条件…

――ヤツは戦闘に関しては素人、それに俺の名前を知らない、そして天能も見ていない…つまり…

お互い、間合いを詰めず、見つめ合って三十秒ほどが経過した頃か、フロックは呟いた。

長男:この勝負…俺の勝ちだ……

〇〇:へぇ、それはどうして?

勝利を確信した相手に、〇〇は動揺する事なく、言葉の真意を尋ねた。

長男:そんなの単純な話だ、それはな…

長男:お前の天能は俺に割れて、俺の天能は未だお前に見られていない…

長男:この二つが重なる事で、お前に勝ち目はもう無くなった…これ以上説明はいらないだろ?

長男:じゃあ、終わらせようか…

勝利への確信。

弟と自分自身の尊厳を踏み躙った愚かな人間への報復。それがついに達成する。その思いがフロックの口を開かせる。

絶体絶命、きっと〇〇の状況を表す一言。と、フロックは決めつけた。

〇〇:あっはっはっは!

長男:あ?何笑ってんだよ…負けが確定して頭でもおかしくなったのか?

――やはりこの男、バカだ。

目の前の人間の頭の悪さに、〇〇は笑う事を堪えきれなかった。

長男:じゃあ…お望み通り…殺してやらぁっ!!

〇〇の高らかに笑う姿に怒りが芽生えたのか、フロックは殺意を込め、一歩踏みこんだ。

すると…。

次男:ダメだ…兄貴!!違うんだ!コイツは…!

長男:あっ?

突然呼ばれたため、フロックは足を止め、声のした方向に視線を向ける。

次男:さっきから俺の《治癒》が発動しねぇ!コイツの天能は模倣じゃない!

天能を使用したはずが、トップの左腕は癒えることなく先程のままだった。

長男:じゃあ、こいつは…

次男:あいつは、多分…

〇〇:ネタバラシされるんなら、しゃーない、せっかくだから見せてやるよ

〇〇:俺の天能…《立替》をよぉ!!

…to be continued

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