全裸の王子様 #26
26話 『チェックメイト』
月下:蒼乃薔薇、君に話しておく事がある
継承戦が始まる前日、王宮襲撃を企てる月下達は作戦の最終確認の会議が終わった時、月下は蒼乃に声をかけていた。
月下:君の天能は確かに"無敵"だ
蒼乃:あ?
月下:でも気をつけてくれ、あの屋敷内で、君にとっての"脅威"、つまり"君を殺せる"人間が二人いる
蒼乃:っ?!
予想もしていなかった月下の発言に、会議中終始つまらなそうにしていた蒼乃薔薇は大きく反応を示した。
月下:君の《否定》を上回る強さじゃない、君や私が持つ天能を度外視した奴が一人いる、そして、もう一人が決め手となる……と思う……
月下:だから一応、やばいって感じたら、君は何がなんでも勝つ事だけを考えろ…
*
《領域》
作り出された天能、聖天と呼ばれる代物。
能力は一見複雑に見えて単純。保有者が決めたルールを元に"領域"と呼ばれたドーム状の空間を形成、その後内部にて"ルール"に従い勝負を決する。
この能力は、最強だった。
"死なない"や"怪我を負わない"、"動けない"などのルールを"設定"すれば、誰も死なず、ただ空間の中で時間を潰す事も可能と言うわけだ。
しかし楓は、それをせず蒼乃薔薇と言う人間を殺すためだけに天能の根幹を覆した。
三本の"ゲージ"と呼ばれる"命の核"を作り出し、それが無くなった時、領域内の人間は"死ぬ"。
たったそれだけの設定を作り出していた。
蒼乃:つまり俺が残り二回殺されたら俺はそのまま死んでしまう、でも、俺がお前らを三回ずつ殺せば、お前らが死ぬ…
蒼乃:そしてお前がさっき生きてたのは"一つ目のゲージ"をタイミングよく消費したってわけか…
敵の策にハマり、自身の強みである"天能"に対策を打たれ、圧倒的不利的状況に陥ってもなお蒼乃薔薇は、冷静さを失う事なく淡々と状況を把握する。
蒼乃:ようは命の数はイーブン、お前らが二人分人数が多いだけ…それだけだ…
蒼乃:つまり…俺が死ななきゃ良い話っ!!
場が整い、自身の天能すらも無効とされ、絶体絶命かと思いきや、戦いに愉悦を見出す蒼乃薔薇にとって現状は、彼の求める愉快そのものだった。
珠美:楓!来るよ!!
楓:うんっ!
姿勢を前方に傾け、手に持った剣を大きく振りかぶり、蒼乃薔薇は勢いよく走り出す。
それに呼応するように二人が剣を構えた。
その時。
美波:あんただけは殺す……
史緒里:このクソテロリストがぁ!!
二人の鬼が、領域内に舞う。
楓:美波?!史緒里?!
聖天である天能、《領域》は内側からの耐性を上げれば上げる程、外からの力に弱くなる。
"閉じ込める"事に特化した《領域》は、逆に"侵入する事"は容易い。
何故なら、侵入者にメリットがない。
だが、今の彼女達は違う。侵入する事で圧倒的に有利な勝負へと成り変わる。
蒼乃:また乱入者かよ!!いいよ…お前ら…ほんとたまんねぇなぁ!今度こそは死ぬかもなぁ!!
蒼乃:はははっ!さぁさぁ!殺し合おうぜぇ!!
*
祐希:外……かなり騒がしいね……
少しずつ曇り始める空を眺め、〇〇の指示により屋敷内に立て籠っている祐希はそう呟いた。
蓮加:うん……そうだね……
祐希同様に屋敷内にいる事を指示された蓮加は、祐希の声を聞き、同調した。
突然聞こえたその場にはいない〇〇の声。継承戦の最中であるはずの〇〇の声が、屋敷内で夕食を作る彼女達の耳に届いたのだった。
"蓮加、祐希、あやめ"
"お前ら三人は、今から何があっても屋敷から出るな"
"別に危険な事は何も起きてなんか無いよ、でも、外に出るのは絶対にダメ"
"俺の忠告を守れた奴には王都のプリンを授けよう"
"だから三人共……頼んだよ……"
蓮加:なんて言ってたけど、大丈夫かな
どう聞いても"外が危ない"と言う意味が伝わってくる言葉に二人は戸惑いながらも忠告を守る事にした。
蓮加:て言うかあやめ……あの子どこ行ったんだろ……
危険信号が届いてから十数分が経過した時、姿を見ていないあやめの事を蓮加は思い出していた。
祐希:そう言えば……見てないね……
蓮加:でもたしか朝はいたような…う〜ん……ダメだ、なんか最近の記憶が曖昧すぎる…
"朝に見たあやめ"を思い出すどころか、"ここ最近のあやめ"すらを思い出せずにいた。
蓮加:あやめ……どこ行ったんだろ……
深く深く、彼女の事を頭の中で考えようとすると、少しずつ彼女との記憶が溢れ出す。
混濁する記憶の中、少しずつ過去に遡る途中、蓮加の頭に強い頭痛が走る。
蓮加:うっ、痛いっ……
頭を抑え、蓮加はその場に座り込んだ。
祐希:蓮加?!大丈夫?!
蓮加:違う……違う……この記憶の相手は……あやめとじゃない…
蓮加:あの……お、お姉さん達……だよ
祐希:蓮……加……?
激しい頭痛に悶え苦しみながら、蓮加は要領を得ない言葉を呟き続ける。
蓮加:違う……うぅ、あれも……はぁはぁ……これも……
蓮加:あやめ……じゃない……
祐希にとって理解出来ない蓮加の独り言が終わりを迎えた瞬間、蓮加は疲れ切ったかのように突然意識を失い、その場に倒れ込んだ。
祐希:蓮加?ちょ、ちょっと蓮加?!大丈夫?!
突然倒れ込んだ蓮加を何度もさすり、起こそうとするが祐希の声は届かない。
そして、蓮加の確信を得た一言も、祐希には届かなかった。
蓮加:あの子は……私の本当の妹じゃない……
*
《領域》と呼ばれた暗い空間の中、数多なる鉄の打ち合う音と摩擦による火花が空間内に響いていた。
美波:なんで?!なんで団長と美月を殺した?!
鍔迫り合いの中、剣と剣を打ち合い、押し合いでの勝負になった時、美波は強く問う。
蒼乃:なんで?そんな決まってんだろ?俺の命が狙われたから返り討ちにしただけだよ
美波:違うっ!
蒼乃:違わない!!
蒼乃:何も違わないっ……ね!
言葉の勢いのまま、力強く刀を振い、美波との剣戟の押し合いを制した。
蒼乃:だってお前もそうだろ?自分の命や大切な者の命が狙われた時……お前も相手を殺すだろ?
蒼乃:て言うか……殺してたじゃん、お前ら
蒼乃薔薇の的を得たかの様な言葉は、鋭い狂気の様な棘を持ち、彼女の心に強く刺さった。
美波:それでも…それでもっ…
限界に迎えた怒りと理解せざるを得ない一言に美波の心は揺らぎ、混濁する。
美波:二人は……二人は……!!
史緒里:美波……もう良いよ……
史緒里:お前が死ねば、全部解決なんだよ
"鬼"と呼ばれた一人の"少女"が珍しくも涙を流しかけたその時、もう一人の"鬼"は、珍しく粗暴な言葉を用いた瞬間、"一つの命"を消費させた。
蒼乃:う、うぅっ!
蒼乃薔薇の呻き声が聞こえた瞬間、右肩から左脇腹あたりにかけて大きな切断面が入る。
一対四と言う数的不利に奮闘しつつも、ガタが来るのも時間の問題だった。
美波の剣に応戦しつつも、死角から攻め込んでくる史緒里や楓、珠美に反応すると言う神業は、永久的になせる訳がなかった。
蒼乃:あ、ガハッ……
鋭い痛みに声を発する共に大量の血飛沫を上げた蒼乃薔薇は、その場に膝をつき、倒れた。
蒼乃:く、くそ……
美波:やっと二ゲージ目……
珠美:あと……一つ……
楓:いける……
史緒里の作り出した状況に希望を見出した瞬間、その場にいた全員が安堵の声を上げる。
ただし、一人は違った。
史緒里:膝をついた…今…チャンス…殺れる!
連想パズルのように思考力を巡らせた史緒里は、安堵に要する時間さえも省き、走り出した。
美波:史緒里っ?!
史緒里:今しかチャンスはない!殺すっ!
地を蹴り、一人前に出た史緒里に三人は大きく動揺しながらも、共に走り出す。
完全に追い詰めた。蒼乃薔薇の体の修復が終わり、残りの一ゲージが始まった瞬間、殺す。
全員がそう考え、剣を構えながら走り出した。
蒼乃:あぁ…こりゃやべぇな……
蒼乃:ここが……瀬戸際か……
覚悟を決めたような言葉の後、笑みを浮かべ隣に置いていた刀を持ち上げた。
史緒里:もう意識が!早くっ!
史緒里の間合いまでおよそ二メートル。あと数歩踏み込めば殺せる。
そう確信し、足を振り上げた瞬間、蒼乃薔薇の刀は、未だ修復しきってない自身の胸のキズを貫いた。
蒼乃:へへっ…イチかバチかだ……ガハッ……
史緒里:っ?!
蒼乃:"我が血潮を元に成れ「青炎」"
蒼乃薔薇の詠唱が読み終わった次の瞬間、赤い炎を纏った刀は、蒼乃薔薇の血を吸いあげ、青色の炎と変色し、大きく燃え盛った。
史緒里:みんなっ!下がっ
蒼乃:遅ぇよぉ!!
何かに気づいた史緒里の声は、全員に届く前に青い炎に掻き消された。
蒼乃:ははは!!やっぱり強ぇなぁ!親父さんよぉ!
自身の刀から発された青い炎が目前の敵を包み込む惨状に、蒼乃薔薇の笑い声は響く。
山下美月の父である天能騎士団初代総隊長、山下茂正の聖天である天能。
《色炎》
四つの色の炎を使い分ける単純な天能。
刀身に炎を纏わせる「赤炎」。血を吸う事で生命力を炎の出力に変える「青炎」。切先から大きな炎の柱を作り出す「黄炎」。そして、この世で最も忌まわしいと言われた「黒炎」。
遺骸器となっても彼の力は衰える事を知らず、未だ自然現象系最強の天能と称されていた。
そんな彼が実の娘と主人である蒼乃薔薇の血を吸い上げ、その生命力を媒体とし、攻撃した。
親和性の高い美月、生命力に長けた蒼乃薔薇。
二つの血と一つの能力が混じり合い、「青炎」は、火災レベルの出力へと変貌した。
蒼乃:ははは!すげぇ…レベルが違う……
自身の手にした凶暴な武器に、蒼乃薔薇は珍しく動揺していた。
もしも山下茂正が生きていたら。きっと自身は殺されていた。そう、恐れていた。
史緒里:はぁ……はぁ……
美波:私達……今死んだ……?
彼女達を包んでいた炎は消え、美波達は意識を取り戻した。
楓:全員、即死だった……
領域内の設定を構築した楓だったからこそ把握した。あの技を喰らえば死は確定する事を。
一瞬にして終わった一ゲージ目、そして二ゲージ目に突入するまでの一秒もなかった思考時間。
次のゲージに突入するまでの間、傷を修復するための思考時間および待ち時間が存在する。しかし、彼女達は炎に包まれ、気づけばそこに立っていた。
もしもあの技を連発出来たら。領域外であの技を喰らわされていたら。考えれば考えるほど、楓の足はすくみ、震え始める。
楓:私達じゃ…あいつは……
史緒里:あっはっはは!
諦めかけたその時、史緒里の高らかな笑い声がその場に響く。
蒼乃:あ?何がおかしい?
史緒里:勝てる。私達ならあんたに勝てる
自己暗示をするように自分に言い聞かせ、史緒里はナイフを取り出した。
史緒里:これで最後なんだ……これが、最後なんだ…
蒼乃:ははっ!やっぱりあんたも山下美月も最高だよ…何回戦っても死なないその目!!
蒼乃:お前なら俺の願い、叶えれるかもな
史緒里の不敵な笑い声に呼応するように、蒼乃薔薇の歪な笑い声を発する。
史緒里:じゃあ!最後の戦いと行こうか!
蒼乃:あぁ、見せてやるよ、俺とコイツの最大解釈の力をよぉ!!
…to be continued
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