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全裸の王子様 #10


10話 『甘々上等ッ!』


一つの死闘に決着がついた時、また、一つの死闘に結末は訪れようとしていた。

天凱:ぬぅぅうん!!

五十代後半とは思えないほど、天凱と呼ばれる初老の男は、豪快に、かつ正確に、史緒里を切り刻まんと、太刀を大きく振るう。

しかし手応えはない。

史緒里は、大きな構えを見せる天凱の必死の一撃を難なく躱す。

史緒里:おぉ〜っ!今のは惜しかったかもね〜

本人は何の気無しに行ったつもりだが、対峙する者にとって史緒里の態度は、煽り以外の何者にも聞こえなかった。

天凱:お嬢さん…それはわざとでごぜぇやすか?

地面をも砕いた太刀を、容易にすぐさま振り上げ、、天凱は皮肉のようにそう言った。

史緒里:わざと…?え?何が?

先程も告げたが、史緒里本人にはそんなつもりなど一切なかった。

少しマイペースな彼女の行動は、毎度毎度、誰かを腹立たせる事が目に見えやすかった。

史緒里:もしかしてあれ?よく美月に言われる"天然煽り癖"?まさか……いや、出てたかな…?

豪快な一撃を回避した後、天凱の背後に回っていた史緒里は、トドメを刺すどころか、攻撃すらせずに、自身の行動を振り返っていた。

史緒里:いや……してなくない?

もうお気づきだろう。彼女の悪癖は、もはや天才の域を超えるほど、人を逆撫でする物だった。

天凱:あくまで天然だと……

天凱:ならばその悪癖……今のうちに直している方がよろしい……かとっ!!

煮えくり返る腸も限界を迎えたのか、天凱は振り返りざまに史緒里の頭部を刎ねようと、太刀を振るう。

しかし、また、手応えはない。

――このお嬢さん…なぜこんなにも早い…

分析をする天凱は、改めてその女がとても厄介な人間である事を悟る。

やはり、対峙した瞬間感じた通り、天凱にとってこの戦争、史緒里こそが天敵だった。

天凱:あなたがそのつもりなら…拙者もそろそろ、本気を出すとします…

わざわざ宣言をした後、天凱は太刀の刀身を鞘に仕舞い込み、目を瞑り、構えを取った。

天凱:"我が眼光に変わりし新たなる世界を…"

史緒里:流石に…もう時間稼ぎには付き合ってはくれなさそうだね…

長ったるい死闘に痺れを切らした天凱の姿を悟ったのか、史緒里も詠唱を唱える。

史緒里:"我が力を持ってして、我が力に平等な力を用意したまえ…"

互いのボルテージは上がり、天能を使用する者達がぶつかり合うひりついた空気がその場を支配する。

天凱:「光を映せ…複眼よ…」

史緒里: 「thirty werden」

二人が詠唱を唱え終える。

天凱には新たな瞳が。史緒里には無数のナイフが。

互いが互いの新たなる武器を"天能"により、手中に収めた二人の死闘は再度繰り広げられる。

史緒里:じゃあ…まずは三十本!全部耐えられるかな!!

天高く掲げた左腕が、勢いよく天凱に目掛け、振り下ろされた時、宙に舞う三十本の刃が、天凱を貫かんと、勢いよく降り注ぐ。

天凱:やはり…あなたとは…相性が良いっ!

天凱が、ギョッと目を見開くと、彼の瞳は明らかに人間とは異なる形状となっていた。

しかし驚くべきは、そこではない。

史緒里:はぁ?!飛んでくるナイフを…全部弾いてる?!

四方八方から飛んでくるナイフに、的確に太刀を当て全て弾く。

そんな芸当を並の人間がやってのける。

そんな話、どれほど信頼した者から話されても、信じられるような話ではなかった。

だが、それを可能にしているのはそう、おそらく彼の天能、あの"眼"だ。

彼の開かれた目には、黒い瞳はなく、トンボのような無数の穴が集まったような瞳をしていた。

――何あの眼、気持ち悪っ……

心中では、蔑みながらも、彼の瞳と行動により、史緒里の中で彼の天能は丸わかりだった。

――あの男の天能……あれはおそらく《多眼》だ…

天能を扱う者であれば誰でも知っているであろう、一子相伝で有名な天能《多眼》。

状況に応じて、単眼に複眼、遠眼に識別眼など、様々な眼に切り換えられることが出来る天能。

対峙する者の天能は、これで間違いない。…と、史緒里は確信づけていた。

だからこそ、手を緩める事をやめた。

史緒里:じゃあ…次は…!百発行ってみようか!!

一人の敵に対し、百本の刃。

史緒里の《用意》とは反する条件のはずだった。しかし、史緒里の投げたナイフは、宣言通り百本ほど用意された。

天凱:なるほど……そうか……

史緒里の天能を知らないなりに、使用条件と能力のリターンに疑問を抱く。

そして、一つの結論に至った。

――お嬢さんは、周りに転がっている"死体"を敵に見立てている

史緒里と天凱が対峙する場所。それは先程まで無数の兵士と史緒里が乱戦を繰り出していた。

つまり、その場には、史緒里の手によって葬られた何百人もの兵士の姿があった。

史緒里にとって彼らは"敵"。つまり、死んでるからと言って彼らを利用し天能に繋げることも可能なのであった。

天凱:相変わらず…厄介な解釈だっ!!

太刀を大きく横に薙ぎ払い、遠心力と勢いのまま片足を軸に回転し、四方八方から飛んでくるナイフをさらに弾く。

天凱:ぬぅぅぅんっ!こんな程度っ!!

史緒里:ならまだまだ追加っ!!

無慈悲にも、史緒里は、天凱によって弾かれ、消失したナイフの分、再度敵を読み込み、用意し、放出する。そして、永久機関を完成させる。

――この物量で押し切れば……いけるっ!

一瞬見えた勝機に目が眩んだか、ほんの一瞬、ほんの一瞬だけ史緒里の心から生じた隙を、天凱は見逃していなかった。

天凱:気が緩みやしたね…

史緒里:なっ……!

背後からの声。咄嗟に回避をするため、爪先に力を込める。しかし気付くのが遅かった。

史緒里:うぅっ……痛っ……

致命傷には至らなかったものの、史緒里の背中には太刀により出来た一本の傷が浮かび上がる。

天凱:ナイフの雨……なかなかですが、あの戦法ごときで勝ち誇るとは……

天凱:なかなかに甘い人間だ…

史緒里:へへ…痛たたた…

史緒里:甘いのはお嫌い?そりゃそれくらい歳取れば血糖値は控えめがいいよね…

背中に負った一撃に痛みを感じながらも、史緒里の天然煽りは本調子を奮う。

天凱:はっはっは、あれほどまで痛い目を見ても貴殿の悪癖は直らず…か……

怒るどころか、天凱は高らかに笑う。まるで子の成長に喜ぶ父のように。

天凱:我が子が生きていれば…貴殿のように…反抗期と言うものを迎えていたのであろうか…

史緒里:へぇ…お子さんが…だから傭兵を?

独り言のつもりが、史緒里との会話に繋がった事に驚いたのか、一瞬表情を曇らせた後、太刀の持ち手から手を離し、天凱は優しく語る。

天凱:えぇ…でも、あの戦争でね……

史緒里:どうりで、貴方が和国出身なのは、見た目で何となくわかりました

天凱:やはり同郷なだけありますな、互いが互いにそういった物は感じ取れるわけだ…

直感的に何かの縁を感じ取れた二人は、笑い合い、獲物を手に取った。

史緒里:私は…ご存知の通り…甘々です

天凱:ほう……

史緒里:屋敷でも、私にとっての妹が二人、弟が一人いるのですが、私は三人が特に大好きです

史緒里:同期の兵士や召使いも好きです…クールぶってるけど、超好きです

史緒里:まぁ、あの三人には及びませんが!

天凱:ほ、ほう…?

突然のカミングアウトに流石の天凱でも、意図は汲み取れず曖昧な返事を返す。

しかし、史緒里は着いて来れていない天凱を気にする事なく話を進める。

史緒里:そして今、私はあの三人に猛烈に抱きつきたい

史緒里:抱きついて匂いを嗅いで、頭を撫でたいっ!

史緒里:そのために…私は…家族を守りたい…

天凱:は、はぁ……

ふざけていたような表情から一変、真剣な眼差しで天凱を見つめる。

史緒里:だから私は、貴方を殺さない…

天凱:む?

チグハグな話しながらも、真剣に聞いていた天凱は、史緒里の言葉に疑問を抱く。

史緒里:貴方の出身が和国であるなら、あなたも私の親戚…いや、同胞です……家族です……

史緒里:私が憎いのは、家族に…和国にちょっかいを掛けるバカ、…とそのバカの国の人間だけです…

史緒里:だから、ここで引いてくれるなら、私はあなたを殺さない

史緒里:いや、半殺さない…かな?

ナイフを逆手に構え、真剣な眼差しで訴える史緒里を、前に天凱は再度笑う。

天凱:あっはっは!!たしかに…これは甘々ですな…

天凱:しかし、貴殿にも貴殿なりの信念があるように!拙者にも、拙者の信念があるっ!

天凱:武士として、貴殿を殺す!!

史緒里:いいね…殺してみなよ!!

史緒里:甘々で上等!!やってやるっ!!

そこからの勝負は異常だった。殺すために太刀を振るう者。生かすためにナイフを握る者。

互いの信念をぶつけ合い、笑い合った。

天凱:ぬうぅぅぅんっ!!

豪快に太刀を振るう事で生じた強風は、飛んでくる無数の刃を史緒里へと吹き飛ばす。

無数のナイフの雨は、追い風により、射出地点である史緒里の方へと進路を変えた。

天凱:避け切れますかな…お嬢さん!!

豪快な大振りをしたにも関わらず、天凱はすぐさま態勢を立て直し、史緒里目掛けて飛び出した刃達の跡を追いかける。

――もはやこの一撃、必死!!

無数の刃を避けたとて、後を追っていた天凱により一刀両断。それを避けるため、ナイフを受け止めたとて、まずこの数ではタダじゃ済まない。

何十年間も戦い抜いた天凱にとって、自身が繰り出したこの状況は、勝利に繋がる大きな一手であると自覚していた。

しかし、彼もまた、彼女の解釈を侮った。

目前の史緒里は、動かない。このままでは史緒里の体は無数の刃により、穴が…。

――違う!あれは!

そう、あれは……。

――偽物!!

天凱がすんでのところで察した通り、史緒里と思われた何かは、ナイフが突き刺さると、大量の煙を焚きあげ、消えた。

彼女が《用意》出来たのは、"自分自身"も含まれていた。

史緒里:よくぞお気づきで!でも…これで…!

二つのナイフを手に持った本物の史緒里は、偽物の史緒里に大きく太刀を振りかざそうとする天凱の後ろに回り込む。

そして、左右に持つナイフを、天凱に投げつける。

これで決着か。そう思われた時、真に一枚上手だったのは、天凱であった。

――拙者の《多眼》は、目を切り替えられるだけでないっ!指定した箇所に、新たな目を植え付けることができる!

――つまり、お前の居場所など…丸見えだっ!!

天凱:背後に……おることくらい見えっ……とるわぁぁああぁ!!

決死の大声を上げた途端、天凱の背中には、一つの瞳があった。

――背中に…目玉……

動揺する史緒里、そして体制を立て直す天凱。

太刀を振りかざした勢いを殺す事なく、太刀に全身の力を込める事で、利き足を軸に、太刀の薙ぎ払う範囲を、全方向へと切り替えた。

つまり…。

天凱:拙者の勝ちだぁぁあ!!

腹部に二つのナイフが刺さりながらも、勝利宣言と共に、後方へと振り返り、返す太刀で、史緒里へと斬りかかる。

しかし、それがなんだ。結局はこの読み合いを制したのは、史緒里だった。

史緒里:あれ?言ってなかったっけ?私の天能は"数的不利に対して平等を用いるため望んだものを適当数用意される"、だから二本待ってた…あなた一人に対して……

これぞ、史緒里の読んだ先の先。

――まさか、数的対象を…拙者一人ではなく、拙者の目に?!

天凱:では、もう一本はっ!…ぐぁぁっ!!

禍々しく、背後の隙すら見逃さない、天凱の解釈によって派生した《多眼》の新たなる瞳。

それは、史緒里によって、《用意》された三本目のナイフにより、失明へと追い込まれる。

背筋に移植された瞳に、ドンピシャにナイフは刺さる。

史緒里:一子相伝の天能…それを記述通りに扱うなんて…貴方は…そんな雑魚じゃない…

史緒里:貴方には貴方なりの解釈がある…そう見込んでよかった

史緒里:甘い見込みをしてたのは貴方みたいね?同郷のおじさま…

倒れる天凱に向け、史緒里はそう言った。

天凱:甘々だったのは…拙者の方か……

伝説の武士により、指摘された天然煽りは、彼女が負ける限り直ることはないのだろう。

…to be continued

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