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全裸の王子様 #11


11話 『鉄の剣、石と鎌』


仲間達は自身と同種の人間を討ち、残された美月は、交戦しながらも焦りを感じ始めた。

美月:あちゃー、美波と史緒里…私より先に決着ついてんじゃん…

剣と鎌が鍔迫り合う中、集中力が途切れ始めたのか、美月は目前の敵よりも仲間達の死闘の幕引きに意識が向いた。

ファジル:私との戦闘中に…余所見…ですか!
 
よそ見をする美月にファジルは大きく鎌を振り下ろす。しかし美月もそれを危なげなく躱す。

そして生じた隙を見逃すまいと、美月も大きく振りかぶり、剣を振り下ろす。

ファジルは鎌を横に待ち、刃で受け止める。かなり硬い手応え。このまま鎌ごと切り落とすのは困難だろう。

――だったら……

タイミングを見計らい、押し合いの中、少し力の緩んだ瞬間、美月は天能を駆使し、ファジルの背後に平行移動し、回り込む。そして、隙をついたかのようにガラ空きの背中に剣を振り下ろす。

しかし、ファジルは予知していたかのように、鮮やかに回避する。

まるで踊るようにしなやかに躱しつつ、攻撃を絡めてくるファジルは、まるで舞を舞うようだった。

それでも美月は、鋭く追い詰める。

斬撃、打撃、袈裟斬り、打ち下ろし、そして立て続けに剣を突きつける。

すでに設定されていたかのような流れるような攻撃を、ファジルは鎌のリーチを生かし、間合いをうまく使い、捌く。

一合、二合、そして三合。数多の撃ち合いが、戦場の中に響き渡った。

ファジル:やっぱり貴方……強いですね…うふふ、素晴らしいですよっ

鍔迫り合いの最中、語りかけるファジル。上から目線の発言に美月は腹を立てる。

美月:そんな素晴らしい私と互角の勝負してんじゃん!何なの?!なめてんの?!煽り?!あんた史緒里?!

ファジル:うるさい所は……マイナスですね…

美月:女にとって"よく喋る"ってのは美点…なんだよっ!

力任せの横振りによって、ファジルの鎌と体は宙を舞った。

――チャンス、着地さえ潰せばっ!

ファジルがどんな天能を持っていようが、"空を飛べない限り"この攻撃は必死の一撃だ。

人は何があろうと重力には逆らえない。つまり美月は、敵の天能に一手を賭ける事にした。

――飛ぶなら殺せない、飛べないなら…私の勝ち!

着地点に先回りした美月は確信した。

――着地態勢…!勝った!

ファジルが着地するタイミングを見計らい、美月は首元を狙い、正確に斬撃を放つ。

一寸の狂いもなく、タイミングは完璧だった。の、だが――、

美月:か、硬っ!!

まるでダイヤモンドの如く、何か、硬い何かがファジルの首元に"置いて"いたのだった。

ファジルの首元に切りかかった美月の剣は、反発力により後方へと跳ね返る。

剣先に全ての全体重を乗せていたため、美月は、剣と同様に反発力には抗うことが出来ず、後方へと数歩下がる。

ファジル:今度は……私の番ですねっ!!

一度当たれば首が飛びかねない、ファジルの使用する、長さを特徴とする鎌。

そんな禍々しい"凶器"は、美月の首を刎ねるため、四方八方から攻め込んでくる。

つま先だけが地面に接している軸足のかかとが着地、その行動を終えた後、浮いた片足で地面を蹴り上げ、後方に回避。

きっとこの動作を行うのには二秒も要さない。

しかし、この確殺攻撃を交わすには、そんな悠長な時間を過ごす暇はなかった。

美月:仕方ない…切り札だったんだけどな…

美月:"我が平行なる力よ、我含む数多なる物に一定なる力を!"

ファジル:ほうっ!天能!切り札!まさか今までとは違う新たなっ…?!

美月の言葉を聞き、期待に胸を膨らませながら、ファジルは、美月の天能に恐れることなく、攻撃を続ける。

ファジル:さぁっ!見せてくださいっ!!

その一声と共に、ファジルは美月の細長く、色白い首元を目掛け、鎌を大きく振るった。

しかし、案の定美月は――、

ファジル:…あらら?いませんね

――消えた。

美月:危なぁ…

咄嗟の判断とは言え、美月は自分自身に"後方へと平行移動する"と言う運動を与え、ファジルの必殺となる一撃を回避していた。

美月:はぁ…新しい物って喜んでたよな、あいつ

美月:切り札とか言っておきながら…さっきからずっと使ってたな…やらかしたな…

ファジルが勝手に勘違いしたとは言え、彼の期待した新たな手札ではなく、使い古された技で回避した事を少し申し訳なく思っていた。

ファジル:その技はさっき見ましたよ、つまんない…

既視感のある美月の切り札にファジルは分かりやすく落ち込んでいた。

美月:いや、勝手に落ち込まれても…困るってか…

ファジル:ならばあなたの、新たな天能の使い方を見せてくださいよっ!私は貴方の天能に興味があるのです!!

まるで駄々をこねる幼い子供のように、ファジルは無邪気に怒り散らす。

美月:も〜、あんたが相手だと…気が抜けるってか、なんというか…

美月:本気になれない……ねっ!!

言葉とは裏腹に、美月は、足元に落ちていた剣を拾い上げ、殺意を込め、ファジル目掛けてぶん投げた。

ファジル:嘘つきですねぇ〜

美月のあらわになった殺意に、臆する事なく、ファジルは満遍の笑みで飛んでくる剣を待ち構えた。
 
角度に威力、スピードにコントロール。全て完璧。

残り数秒後には、ファジルの体を貫き、大ダメージを与える一撃となるだろう。

しかし、そんなに甘くはなかった。

ファジル:投擲としては完璧です、しかし……

その言葉の続きを言い終える前に、ファジルは、ひょいっと右に避け、飛んで来る剣の到達点から抜け出した。

ファジル:見切ってしまえば、問題はな…

美月:だから"平行移動"だつってんでしょ?
 
美月が冷酷に言い切るのと、彼女の指先が飛んでいく剣に指示を促したのは同時だった。

美月の投擲により直線上に進む剣は、新たな運動を加えられた事により、姿を消す。

それは、美月同様、少し横に平行移動しただけ。

つまり…。

ファジル:直線上から避けた私に、照準を定め、平行移動させる事で、再度私の直線上に剣を?!

美月の天能と戦闘センスに驚きを隠せず、ファジルは後手へと回る。

――正直、これは想定外です…

〈奇怪な傭兵〉として名を爆ぜるファジルは、自分を殺せる人間など、この国にはいないと決めつけ、自身の人生に退屈をしていた。

だがしかし、こんな小さな王族の屋敷で、思わぬ強敵と邂逅した。

敵の天能により二度も死を直感した事。自身のオーラに気圧されず、正面からぶつかって来る者。そしてとてつもなくレアな"天能"と"解釈力"を持った女と出会える未来。

そんな事、全く予想などしていなかった。

だからこそ、彼は――。

ファジル:口の横暴な小娘さん、貴方には最上の敬意を込めて天能を発動します…

ファジル:"我が解釈により、万物よ、あるべき場所にあるべき姿でその場に置かれよ"

迅速に詠唱を唱え、自身の天能を発動すると、ファジルは、自身の懐から何かを取り出した。

それは先ほど見た、ダイヤモンドのような強度を誇る石のような者だった。

しかし、それを取り出したからなんだ。

依然としてファジルには、死の危険が迫っているのには変わらなかった。

――あの石を取り出したからなんなんだ?

なかなか読めないファジルの行動に、美月は戸惑いを見せる。

そして、投げ飛ばされた剣がファジルの腹部と言う到達点に達しようとした時だった。

鉄と鉄。もしくは鉄と石。二つの物がぶつかり、相反したような鈍い金属音が響きわたった。

それは、空気中に"置かれた"石、つまり"宙に浮いた"石により、投げられた剣が跳ね返る音だった。

美月:っ?!

――剣が……いや、今はそれより、なぜ…

美月:なぜ、石が……浮いてるの……?

あまりにも不可解な出来事に、美月の思考は少しの間フリーズする。

――あれはなんの能力だ?浮遊?だとしたら自身も飛べるはず、いや、条件?まさか…

美月:無機物のみの限定条件付きか…

ファジル:ご名答!私の天能は《置物》、"無機物"ならなんでも一時間、空中に"置く"事が可能なのです

ファジル:そして、私の作り出した制約により、無機物のみとなりますが、私が"死ぬ限り"!つまり永遠に置く事が可能です!

ファジル:一見弱そうに見えても…

ファジル:貴方の能力を打ち破るためには、こういう事も出来るんですよ?

自身の保有する天能の性能をベラベラと話すファジルは、そこらかしこに落ちた兵士たちの剣を何本も、何本も、拾い集め始めた。

そんなモタついてる現状に嫌気がさしたのか、それとも戦い終えた仲間達に追いつくため、冷静さを欠いたのか、美月はファジルの誘導とは気づかずに、一気に攻め立てる。

美月:話がいちいち……長いんだよっ!!

美月が飛び出してゆく。

殺意に満ちた瞳が、薄く残光を残す。

――速い!

明らかに先程までとは違う加速。

平行移動を直線に加えた上で、自身の身体能力を見事駆使し、一瞬にしてファジルの目前まで迫る。

手に持っていた剣で、目前で剣を構える美月を叩き潰そうとしたファジルの、脇をすり抜けるようにして、美月は死角である、背後へと滑り込んだ。

完全に取った。もう二度とない好機。

――この一撃でこの変人を屠る。

美月は長く続いた死闘を終わらせるべく、手にした剣に、全ての想いを乗せ、振り下ろす。

だが、人間とは、みな上手くいっている時、自身の身に何が起きているのかなど、分からなくなる。

特に今、彼女にはそれが言えるだろう。

ファジル:いひひっ!残念でしたね?口の悪い剣士さん?

美月:はぁ?!何…負け惜しみしてんだ…うっ!

広角の吊り上がった笑顔でファジルが振り返ると、美月は身体の異変に気がついた。

頬、右肩、手の甲、左腕、脇腹、身体中の至る所から走り出す痛みに。

美月:くっ…痛い……

剣を振り下ろす前に、美月の身体の血液は過度な欠損を起こし、その場に倒れてしまう。

ファジル:あははっ!なぜ身体中に切り傷が?!分からないでしょうね?!それはですね?

ファジル:貴方の天能には、"道がある"

ファジル:瞬間移動ではなく、高速移動!つまり、貴方が辿るべきであろう場所に、ただ"置けば"良いのです

ファジル:屍達が残した!無数の剣を!!

そう言って、無数の剣を宙に置いたファジルは勝ち誇った表情で、地面に倒れた美月を見下ろす。

少しでも足を前に出せば、美月の顔を蹴り上げれる。

足元に転がる、苦戦した相手を見下す。

ファジルにとって今は、この上なく興奮するシチュエーションそのものだった。

しかし…。

ファジル:あぁ?

頬に何か、水のような物が付着した感触が走った。

ファジル:悪あがき……のつもりですか?

地面に倒れる美月は、肩から流れ続ける自身の血液を、ファジルの顔に目掛け、投げつけた。

ファジル:顔に血をつけて何がしたいのです?

ファジル:あなた…やっぱり面白いですねぇ!!あははは!死の間際の人間!やはり堪らないっ!

なす術なく、美月の奇行に、ファジルは一通り笑い終えた後、息を整え、鎌を手に持った。

ファジル:さて、そろそろ終わらせますか…

情けをかけたのか、ファジルはすぐにはトドメを刺さず、地面に"伏せる"美月と視線を合わせるため、その場で膝を曲げた。

ファジル:何か最後に…言い残す事は?

美月:じゃあな変態、仲間とあの世で仲良くしろよ

あと数秒もすれば、美月は死ぬ。しかし、彼女は自分自身を曲げる事なく、別れ台詞を言う。

そんな彼女が気に入ったのだろう。

ファジル:やはり…貴方は素晴らしい…

敵ながらも、曲げられない信念を持つ美月に、ファジルは、感動し、慈しみ、敬う。

ファジル:貴方のことは…忘れません…

ファジル:だからどうか……

ファジル:安らかに…

立ち上がり、白く細い右腕で、大きな鎌を軽々と持ち上げ、そう呟き、彼は美月に敬意を込める。

ファジル:さようなら…

そして血は、激しく噴き上がる。

…to be continued

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