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全裸の王子様 #20



20話 『死と称された理』


人間には、いつか"死"が訪れる。

死を回避する事は簡単であり、困難でもある。そして、結論で言えば、その事象を回避する事自体は"可能"だ。

しかし、人間は、一度死を経験してしまうと、そこから黄泉還る事は、"不可能"だ。きっと出来ない。

だが、そんな"理"は、今しがた一人の人間の天能により全て"否定"された。



団長:はぁ……はぁ……はぁ……

団長:これで……何回目だよ……

岩本家屋敷、城門前。屋敷の敷地内の入り口に置かれた両開きの大きな門の前。

突如としてやってきた蒼乃薔薇を退けた後、三十分ほどが経過した時、息切れをした天能騎士団西地区、団長こと菅原光輝の姿がそこにあった。

団長:おかしい……コイツは一体……何なんだよ……

目の前に転がる死体を眺め、無傷だったはずの団長は、体のあちこちから流れ出る血を拭き取り、呟いた。

結論から言えば、蒼乃薔薇は死んだ。

菅原光輝の天能である《放出》により、身体のあらゆる箇所が破裂し、場所によっては、内臓が体内から飛び出していたりもしていた。

そして、蒼乃薔薇は、出血多量と人体の破損により、死に至る。

しかし、その"死"は、四十九度目の"死"だった。

団長:頼む……これで……死んでくれ……

目の前で、大量の血を流した蒼乃薔薇の死体を眺め、神に縋る思いで、終幕を望む。

しかし、どうやら団長の望む“終幕"は、まだらしい。

蒼乃:……ガハッ!!イ、イテェ……い、でぇ…

死んだはずの男が、唐突に咽始める。

団長:なぜ…なぜコイツは生き返るんだよ!

頭部、左目、右肩、左手、腹部、腰……上げ始めるとキリが無いほどの箇所を破裂したはずの蒼乃薔薇は、みるみると体のちぎれた部分から繊維のようなものを伸ばし体の細胞が異常な速度で修復を行う。

蒼乃:あ、あがっ、あがが…これで…おれがじぬのばっ…なんが…い……めだっ……

少しずつ脳が回り、体内に酸素が行き届き、潰れた眼球が元の形を取り戻し、言葉を話す。

蒼乃:ごれで…

蒼乃:ふぅー……記念すべき五十回目…?くらいかなっ?

おちゃらけたような態度と表情で、元通りになった体で蒼乃薔薇はそう聞いた。

団長:あぁ、丁度五十だよ…

団長:目覚めた瞬間悪ぃ、もう一度……消えろ!

蒼乃:あ?

生き返るほぼ同時に、蒼乃薔薇の首は体と分裂した。

蒼乃:あがっ……復活……早々か……よ……

一向に死なない死体が息を吹き返した時、団長は首を刎ねるため、抜刀の準備を怠ってはいなかった。

――奴の天能は、未知数の天能だ…

――"死を回避"する天能なんて、未だ聞いた事がない

――それに、そんな能力が実際に存在してしまえば、代償との釣り合いが合わない…

死闘中とは言え、冷静に分析する部分は妹に似ているのか、未知数の物にエンカウントしてなお、団長は冷静さを欠く事なく、目の前の敵を葬る策を思考する。

――おそらく"回数“に制限があるはずだ…

――これで五十回目、頼む…これで…死んっ…

切実に願い、懇願した。それでもなお、彼の一つの願いは、無慈悲にも"否定"された。

蒼乃:いきなりはズリぃよ、団長さんよぉ!!

目を開けた時、蒼乃薔薇の千切れたはずの首は、元通り。完全に無傷の状態に戻った蒼乃薔薇は、刀を片手に斬りかかる。

団長:くそっ!このバケモンが!!

五十回目の死闘の初撃を紙一重で回避した団長は、体制を立て直し、すぐに臨戦体制に入る。

蒼乃:まだまだ楽しもうぜぇ!団長さんよぉ!!

――少しでも、こいつを殺すしか無い…

――あいつが来るまで…

団長:風呂が長ぇんだよ…

団長:俺が死ぬ前に帰って来なかったら祟るぞ、山下……



同時刻、岩本家屋敷、書庫。

「少しだけお風呂に入る」と告げ、屋敷内に入り込んだ美月だったが、彼女はお風呂には入らず、屋敷内の二階にある図書館のような部屋に篭り、何かを探すように本を読み漁っていた。

その時、重々しい扉が音を立て、開いた。

美月:楓?どうしたの?

楓:どうしたのじゃないよ、さっきから何してんの?

楓は美月の質問に答える前に、仕事をサボり、本を読み漁る美月を問いただした。

美月:いや、ちょっとね、気になる事があって……

楓:気になること…?

美月:まぁ、たいした事じゃ無いよ

話を深掘りされる。そう感じたのか、美月は手に持っていた本を早急に閉じ、話題を逸らす。

楓:気になる事って……一体何?

その場をやり過ごそうと、美月は足早に書庫から出ようとするが、何かを察した楓により、美月は引き止められてしまった。

美月:いや、本当にたいした事じゃないの

美月:あの、あるでしょ?ふとした瞬間、あの物語の主人公ってどんなセリフ言ってたっけ?って

楓:そのわりには、今美月が読み漁るのは小説じゃなくて、天能の伝承記録書なんだね

手に持っていた本に視線を移す。

美月:はは……やっぱり勘が鋭いね、楓は……

観念したのか、美月は目の前にあった椅子に腰掛けた。

美月:私が探してるのはね…

楓:これでしょ?

勘の鋭い楓を前に美月は騙し通す事が不可能と感じ、全てを白状しようとした時、楓は声を被せ、何も無い空間から二つの本を取り出した。

楓:"天能ホルダーリスト"と"人体触媒による遺骸器の錬成術"

美月:……あはは、全部バレバレなんだね

思わず笑いが溢れた。

楓:まさか見たの…?

美月:うん、見たよ

美月:あれは間違いなく、"父さん"だったよ



美月達が新たな謎の核心に触れようとした時、団長こと菅原光輝は未だ、蒼乃薔薇と対峙していた。

七十九度目の死を経た蒼乃は、今までとは異なった戦い方を繰り広げていた。

蒼乃:あははは!いいねぇ!!団長さん!あんたもうボロボロだろ?!なのにまだやんのか?!

何十回もの死を経てもなお、蒼乃は怯むことなく刀を振い続ける。

そして八十回目の死を超えた時、身体が治り、起き上がった蒼乃薔薇に異変が起きた。

蒼乃:ダメだ……お前もう……飽きたわ……

突然、戦いの中にヒシヒシと感じていた"楽しい"と言う感情が消え果てたのか、鬼のような笑みは消え、死んだものを見るような目で、団長を睨んだ。

蒼乃:よく見たら、お前……ガリガリじゃん……

蒼乃薔薇の言葉を受け止め、団長はハッとした後、自身の体に限界が来ていることに気が付いた。

――くそっ…このタイミングでキャパオーバーか…

蒼乃:見たところ、あんたの天能は《放出》ってとこか

団長:っ?!

蒼乃:自身の体内に蓄えられた栄養かなんかを自分の筋力や握力的なのに変化出来る

蒼乃:もしくは手のひらからその力を一気に押し出せる

蒼乃:これが立証されれば、さっきの俺の体を何箇所も破裂させたのも合点が行く

今すぐにも倒れそうな団長は、途切れそうな呼吸を何とか繋ぎ止め、蒼乃薔薇を評価した。

団長:お前……一体何者だ?

蒼乃:あ?

団長:お前は、一見暴れるのが好きな自殺志願者に見える…でも、決して弱くない…

団長:何より頭もキレる…

団長:だから気になるんだ、お前は一体何を目的として、ここを襲撃したんだ?

小一時間前とは見違えるほど、頬の肉がこけ始め、痩せ細った団長は、掠れた声でそう問う。

そして、男は、蔑んだ瞳で言った。

蒼乃:は?意味なんかねぇよ

蒼乃:ここに来たら強ぇ奴と戦えるって聞いたからよ、全員ぶっ殺してやろうと思って…き……あがっ…

そう、言い終える前に、蒼乃の体は、爆散した。

団長:あぁ、そうかよ…じゃあ消えろ…クズ…が……

団長:ガハッ…!あ……ぐ、くそ…やっばり限界か…

大量の血を吐き、団長は倒れた。

団長:くそっ…

何度力を込めても、体は動かず、ただただ、朦朧とする意識の中、菅原光輝は、何度も抗う。

自身の限界に。

団長:まだだっ…

団長:俺は帰るんだ、咲月と…和の元へ……!!

残された全ての力を込め、立ち上がった時、彼の弱々しい体に男の声が届く。

蒼乃:へぇ…咲月と和…

蒼乃:その女達、嫁か?それとも娘?いや…妹あたりか?

驚きのあまり、大きく見開いた団長の瞳に映ったのは、《放出》により、跡形もなく破裂した蒼乃薔薇だった。

団長:なぜ?お前は…さっき…粉々に……っ…ガハッ…

掠れた声を絞り出す団長の胸元に、短剣が刺さる。

蒼乃:残念だったな、菅原さんよ

蒼乃:俺の"天能"はそんなもんじゃ破れねぇよ

蒼乃:俺の《否定》に、勝てる奴は所詮いないんだよ…



美月:はぁ……はぁ……はぁ……

書庫を飛び出し、無駄に長い廊下を走り抜け、少し急斜面な階段を下り、扉を開け、屋敷の外へと飛び出る。

美月:マズイ…二十分って言ってたのに、なんやかんやあって一時間経っちゃった……

美月:絶対怒られるわぁ…

美月:あの人怒るとほんと怖いからなぁ、あぁ、やば、嫌になって来たな、このままトンズラしようかな…

などと、自業自得得のくせに、元いた場所へと全速力で向かいながら、呟いた。

美月:怒ってなきゃいいな、団長…



団長:あぁ…あがっ…さっ、咲月…は……い、今頃…が…がん…頑張ってる……かな……ぁ…

死闘の最中、団長はふと、思い出す。

団長:だ、誰かに……やられて…なきゃ…いいけど…

頭部から腰にかけ、彼の体は半分は焼けきっていた。

左目はすでになく、毛根すら消滅し、彼の頭部は、半分以上骨へと成り果てていた。

左腕は肘に到達する前に千切れ、皮膚は焼け爛れ、捲れた部分から骨が露出する。

そんな、状態で、彼は何かを目指し、歩く。

団長:は、はやぐっ…さ、咲月を…迎えに行かなきゃ…

団長:それにっ…ぞ、そろぞろ……和の…加護の…けっ、稽古も…して…やんな…きゃ…

団長:だっ、だ…だから…

――早く、家に帰ろう

団長:い、今っ…帰るから…待っ、、

最後の言葉を言いかけた時、彼の口から漏れ出たのは、続きとなる言葉ではなく、少量の血だった。

――痛い…胸に何か…刺さっ…

蒼乃:待てよ、団長さんよ…

何も見えない暗闇の世界から、誰かが呼んだ。

団長:な、なんだ…お前……まっ、まだ生きて…たの…かよ…半端…者が…

胸に刺さった短剣を掴み、呼びかけたのは蒼乃薔薇だった。

蒼乃:アンタ、よくそのガイコツみたいなナリして、俺の事を半端者呼ばわり出来るなぁ…

皮肉のように、そう言うが、彼の耳には、もう誰の言葉も届いてはいなかった。

――山下、梅澤、久保、団員のみんな…山下先生…

――ごめんな…

――俺はここで…先に行くよ……

――〇〇様、和、そして…

山下:何をぬるい事を言うとる、クソガキが

団長:えっ…?山下先生……?

朦朧とする意識の中、声をかけ、姿を現したのは、三年前、亡くなったはずの山下総隊長の姿だった。

山下:何を諦めようとしとる…

山下:お前のその"心"は、お前と共には死なせん

山下:託すんじゃ、皆へ

そう言って、山下総隊長は、どこかを指さした。

その指の先にいたのは、彼の一人娘である、山下美月だった。

蒼乃:あはっ!さっきの女!!

美月:団長?!

最後に、彼に届いたのは、美月の声だった。

団長:山下…後は頼んだ……

そう言った後、彼の体は、下半身から上半身にかけ、おぞましい音を立て、破裂した。

美月:団……長……?

バラバラになっていく、団長の体の破片を眺め、山下美月は、刀を抜いた。

美月:お前は……お前だけは!!絶対に殺してやる!このっ半端者がぁ!!

その怒号に呼応するように、蒼乃薔薇も応えた。

蒼乃:あぁっーたくっ、うるせぇな、そんなにデケェ声出さなくてもちゃんと聞こえてるよ!!

蒼乃:天能騎士団内最強ぉ!!

互いに怒声を上げ、目の前の人間の首を刎ねることだけを目標に、走り出していた。

…to be continued

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