見出し画像

全裸の王子様 #08


8話 『一対一の三つ巴』

普段、閑静で静かな岩本家の屋敷の前は、大勢の兵士達によって戦場と化していた。

兵士たちの怒号に傷つく屋敷の右翼側、戦いを行っていたのは美月だった。

剣を持つ兵士は、無謀にも真正面から美月に斬りかかる。

美月は容易に、剣でそれを受け止め、防ぐ。

しかし、槍を持った兵士は、美月を貫かんと、殺意を込め、背後に隙が生じた美月、目掛けて槍を突き出す。

槍兵:うあぁぁぁぁぁ!!

美月:はは、リンチじゃん…

馬鹿正直に怒号をあげ、突き進む槍兵が視界に移る瞬間、そう呟いた。

絶体絶命、槍が美月の腹部に突き刺さったかと思ったその瞬間――、

美月:なら…私も…《平行》……

美月は、自身の保有する天能の名を呟いた。

剣兵:うぐぁ、ぐあぁぁっ!

槍兵:あれ?どうしてお前に?!槍が…

美月を貫こうとした槍は、先程まで美月と剣で対峙していた剣兵を貫いていた。

そして剣兵の右手にある剣は、勢い余り槍兵の左肩から斜めに右腹部へと一閃。

二人の間にいたはずの美月は消え、美月を挟んでいたはずの兵士は、息絶えた。

弓兵:どうして…二人の間にいた…女は…?

兵士:うぎゃあぁぁぁ!!

兵士:どうしてお前がここっ、あがぁ!

兵士:どこだ!あの女は一体…ぐごぉっ!

次々と兵士達の声がしたかと思えば、全員理解し難い奇声を上げたのち、血飛沫を上げる。

一人、二人、三人、気がつけば五人、いつの間にか十人と、テンポよく兵士達は屠られていく。

弓兵:なんなんだよあの女…

弓兵:いきなり現れて、いきなり消えて!聞いてた天能とは違うじゃんかっ…あがが…

美月:なに?私の天能、もしかして漏れてんの?

弓兵:ぎぃやぁぁあぁ!!

そしてまた一人、弓を持った兵士はその場に眠る。

美月:ふぅ…今何人やった…

額に滲み出た汗を拭い、大きな息を吐く。すでに美月は五十人と言う人間を切っていた。

しかし敵の数は膨大。前を見るも、後ろを見るも無数の人間の数は未だ変わらない。

美月:やるっきゃないよね…〇〇…
 
美月:ふぅ…行くよ…《平行》!!



史緒里:「Vermehre dich entsprechend der Anzahl der Feinde」

宙に舞った一本のナイフは、少女の声に反応し、眩い光を発する。

剣兵:何が天能だっ!所詮数の前では無力!今だお前ら!畳みかけろ!

史緒里:ふむふむ、ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ…

四方八方から兵士が、史緒里を殺さんと、手に持った刀を構えながら走るにも関わらず、史緒里は呑気に兵士の数を数えていた。

剣兵:生意気な女め!しねぇ!!

圧倒的戦力差に怯まない史緒里に怒りを覚えたのか、兵士達の殺意は本格的だった。

決して史緒里は油断などしていなかった。

むしろ、彼女は自分自身の命を守るために、そのような行動を取っていた。

史緒里:なるほど!全員で十五人ね!じゃあ…

史緒里:「fifteenth werden」

それは、あまりにも鮮やかな発音をした詠唱だった。

そんな丁寧な詠唱に呼応するように、宙に舞ったナイフは眩く光、あっという間に十五本のナイフへと増殖した。

兵士:ナイフが…増えた…?あぐぁっ!

四方八方の囲いは、一人の人間の突如放った声により勢いが死んだのだった。

奇声の震源地に目を向けると、そこには長い髪の毛をゆらゆらとゆらめかせた肌白い少女が、指揮を取っていた兵士の首に、ナイフを突き刺す瞬間だった。

兵士:た、隊長……っぐあっ!

史緒里:はい、二本目〜

囲われていた兵士に飛び付き、トドメを指すと、手に持っていたナイフは消え、また新たなナイフを手にすると、隣の兵士に飛び移る。そしてトドメを指す、またナイフは消え、新たに補充、そして、兵士は消え、ナイフも消える。

洗練された動きにより、史緒里は、ダメージを負う事なく、次々に兵士を屠る。

そして気がつけば、いつの間にかナイフはオリジナルであった一本になっていた。

その代わり、彼女が消滅させたナイフの分、兵士達はその場に転がっていた。

兵士:ば、化け物…

次々と仲間たちが倒れていく光景に、後衛としてその場にいた兵士達は、震えながら終始傍観するしかなかった。

しかし、一人の兵士が彼らを鼓舞する。

指揮:怯えるな!怯えたら負けだ!奴は化け物だ!しかし!数の前には圧倒的不利だ!

兵士:仕掛けるぞぉ!!

二十、いや三十は余裕に超えていた。そんな大人数が史緒里を囲い、攻め立てる。

――いくら私でもこの数は…

史緒里が見立てを立てるように、先程と同じ戦法を使えば、朽ちていたのはおそらく史緒里の方だった。

数の有利、と言うものは、どれほど能力のある者でも簡単に覆せるものではなかった。

史緒里:仕方ないですね…

史緒里:つまんないですけど、あれ使います

少し不満そうな声と表情でそう言うと、既視感のある詠唱を、史緒里は唱え始めた。

史緒里:「Vermehre dich entsprechend der…

兵士:いけるぞ!お前ら!奴の手は先程までとなんら変わらん!このまま落とすぞ!!

史緒里:なめてもらっちゃ困るなぁ……

そして史緒里は、先程よりも気持ち高めにナイフを上空に投げつけた。

史緒里:「Diffusion, Regen von Messern」

指揮:全兵!気をつけろ!奴は奇襲が…あがっ…

史緒里の奇襲にさえ警戒すれば、彼女を屠る事は最も容易い。指揮を取る兵士はそう認識していた。

しかし、彼女が"つまらない手"を使ったその時、距離を取らなかった時点で彼女の勝利は確信していた。

兵士:あ、あぐぁっ!!

その場で立ち尽くす史緒里の周りの兵士は、次々と倒れて行く。

兵士:お前…反則だぞ……あがっ…

地べたを這いずりながら、大量の血を吐き出した兵士は、史緒里に訴えた。

兵士:ナイフを射出…出来る…など…

史緒里:戦争において反則?そんなの知りませんよ

価値観の相違か。史緒里にとって、新たに披露した戦法は"つまらない"が"反則"ではなかった。

史緒里:じゃあ、トドメ行きますね

その一言を残し、史緒里は、再度ナイフに天能を施して二本ナイフを生成する。

兵士:この…クソ女がぁぁあ!

死の間際の怒号を憐れむような瞳で見つめた後、宙に浮いたナイフの分身は、史緒里の指示通り、寝転ぶ男の頭部目掛けて、空を切った。



美波:相変わらずあの二人は…

熾烈を極める戦場の中、美波は、美月と史緒里の天能の発動反応を察知した。

安心と焦りが彼女を取り巻く。

それは、現在起きた一つの出来事によって。

"美月と史緒里が天能を発動した"

…と言う事実だった。

史緒里の天能は目立つ、彼女の持つナイフを複数個新たに《用意》するためには、眩い光が走る。

――おそらくさっきの光は、史緒里の…

そして右翼側から響く、多数の悲鳴。これも間違いなく美月の《平行》の力、と仮定する。

――つまり二人はまだ生きている

二人の力を侮るつもりなどないが、生存が確認できた。その事実が何よりも安心の種だった。

しかし危惧せねばならないのは、天能を使わなければいけないほど、追い込まれていると言う事だ。

天能とは、等価交換だ。

天能を使用できる者は、出来る限り使用するタイミングは削減したい。

つまり、今の二人は、"使わざるを得ない状況"に置かれていると言う事だった。

美波:相手に天能保有者がいると…少しマズイな…

かろうじて天能を使用せず、素の力のみで数百の兵士を屠ってきた美波は、息を整える。

兵士:なんだこの女…化け物だ!!

美波:化け物?私は天能をしておりませんよ?まぁ、複数人と対峙する時、大した効果を得ないから使わないだけですが…

説明はしたものの、兵士は全て、美波が振り回す薙刀の餌食となっていた。

美波:あら、誰も聞いていない…

美波:早くこっちを片付けて、〇〇様の元へ…これで〇〇様の手伝いをした時…私は…ふふふ…けっこ…

いつも通り、〇〇に対する愛情が溢れ、余計なことを口走りそうになった時だった。

豪快な爆発音が響き、砂埃が舞い始めた。

美波:爆発?!あれは…敵陣…まさか…!

美波は早急にポケットに仕込んでいた双眼鏡を取り出し、爆発がした場所を覗き込んだ。

するとそこには…。

〇〇:大爆発じゃー!!あははは!くらえー!

と、狂気的に満ちた大きな笑い声で、敵陣の本軍に爆発攻撃を仕掛けている〇〇だった。

――かっ、かわいいっ!

――いつものように冷静だけど笑顔と優しさの絶えない〇〇様と違うあの狂気的な笑みと無邪気さ!あぁ!ギャップたまんない!好きっ!!

ご主人様への、愛情が溢れ、溢れ、溢れる。

兵士:隙ありっ!しねぇぇぇ…ぐぎゃはぁ!!

しかし、ここは戦争だ。わざわざ声を上げながら先制攻撃を仕掛けてくれたおかげで、彼女は冷静さを取り戻せていた。

美波:いけない…目の前に集中しなきゃ…

〇〇に対する愛が溢れ出しそうな思いを堪え、目の前の憎き敵を屠る事を覚悟に集わす。

美波:〇〇様は大丈夫そうだし!よしっ!あと一仕事!行きますかっ!!

意気込み、なおかつ〇〇のために〇〇への愛を一旦断ち切った美波は、再度臨戦体制に入る。

美波:流れ的に私は……っ!

背後に、気配があった。

美波はハッとしつつも、あくまで冷静に。気配のする方を振り返った。

そこに、一人の男がいた。

ゼファルド:なるほど…近くで見ても良い女だ…

男が美波の、頭の先から足の爪先までを舐めるように眺めた後、呟いた。

突然の事に、美波は、彼の言葉を受け止める前に疑心暗鬼になる。

――今のセリフ、私の天能を知って?いや、考えすぎだ、私の天能が漏れるはずがない…

美波:お褒めいただき大変光栄です、ちなみにあなたは……敵?という認識でよろしくて?

必死に取り繕い、冷静さを醸し出す。

ゼファルド:あっはっはっは!やっぱりお前は見込みがある!気に入った!気に入ったぞぉぉ!!

そう言って男は豪快に笑った後、腕そのものを胸の前に構え、美波と対峙する。

ゼファルド:さぁ、早くやろう…女ぁ!

――はぁ?“女ぁ?"

ゼファルドからの呼ばれ方に、少し腹立ったのか、笑顔で取り繕われた美波の表情は、一瞬眉をひそめ怒っていた。

しかし、すぐに平静を取り戻し、まるで何もなかったかのような表情で言った。

美波:ふふっ、よかった…

美波:あたし、あなたの事が"嫌い"になれそうです



史緒里:へぇ、なるほど…

美月:私たちが疲弊したところで天能使いと当たらせてくるとか…やり口上手いようでこすいな

美月と史緒里も、美波同様、天能を使用することのできない兵士たちをそれぞれ蹴散らし終えた後、一人の人間が姿を表した。

天凱:ふっふっふ、肌の白いお嬢さん、貴殿も全力を尽くしなさい

史緒里:肌の白いって…特徴枠で抜粋される所そこかぁ…

天凱:安心なさい、拙者の好みではございやせんが十分お綺麗かと…

史緒里:じゃあ、私と言う美人があなたを堕としてみせるよ



ファジル:んん〜、やはり感も鋭い上にめんどくさそうときた…私もあちらの美人二人にすれば…

美月:おいこら、美人を選べばよかったって点なら私で正解だぞ?よかったな?

ファジル:あなたは美人ですが、口うるさっ…

この戦闘を〇〇が目の当たりにすれば、彼も日頃、美月に対する悪態を改めるだろう。

ファジル:だから嫌だったのに…

心の底からの本音なのか、呆れながら、顔の横を飛んできた刀を受け止め、そう言った。

美月:美人に対するマナーがなってない、次余計なこと言ったら右腕ね?

ファジル:あーあー、だるいなぁ…



長男:はははっ、あいつら死んだな…

長男:なんたってソイツら…神殺しを殺してんだからなぁ…あははは!!
 
…to be continued

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?